2012年11月20日

思いやり

 『思いやり』とはどういう事をもって思いやりと云うのでしょうね?

 すべては子どもたちのために

 困っている人に優しくすること?
 傷ついた人を慰めること?
 いじめられてる子を守ること?
 働けない人に資金的援助をすること?
 罪を犯した人に就労の支援をすること?
    まだまだ沢山の思いやりが・・・・・・・。

 すべては子どもたちのために

 皆さんは「Be・Lieve」と云う歌を歌いますよね。あの歌の歌詞に

  たとえば君が傷ついて、くじけそうになった時は、
   必ず僕がそばにいて守ってあげるよ何時だって

 と云ったような歌詞がありますよね。この歌詞をもって『思いやり』を考えてみましょう。
 
 多くの人は「守ってあげる」ことが思いやりと受け止めているのではないでしょうか。ですから生活保護や就労支援や介護サービスや医療サービス、保育施設の増設など等、一般的に云えば福祉行政的な充実が思いやり行政として行われているのではないでしょうか。
 または、「くじけそうになった時」に気づいてやって手を差し伸べることが思いやりと受け止めている方も多いでしょうね。そのためにボランティア活動や慈善事業やNPO活動で、または職業訓練所で技術を身につける支援などが行はれ、これ等をもって思いやりと考える人もいるでしょうね。
 
 すべては子どもたちのために

 『本当の思いやり』とか、ましてや『嘘の思いやり』はありませんが、『思いやりの神髄』は、「たとえば君が傷ついて」にあると私は思うのです。傷ついた人に気づく事、その人がくじけそうになるのを励ます事、そしてその人を守る事、これらは『傷つける』現象があるから成り立つことで、『傷つけない』ことが事前にあれば、気づく必要も、励ますことも、守ることも必要ない事ですよね。ですから、思いやりとは『傷つけない』こと、生活保護をもらわなくても良い職場の充実、虐めや学業不振や非行の問題は子どもたちの生活環境が大きく関わっていますその生活環境の改善が、介護サービスを必要としない家族構成の構築が、戦争を必要とする軍事産業の撤廃絶滅が、そうでしょう、武器が無ければ戦争になりません、口喧嘩や取っ組み合いはストレス解消にやればいい、武器は無いからしれてるよ。私の得意な余談にそれましたが、『思いやり』を起きた現象の手当策として行うのでなく、それらの現象が起こらないように未然に手当てすることに向けていくことが大切ではないかと思うのです。

 すべては子どもたちのために

 もい一度みなさんで『思いやり』について考えてみませんか?

投稿者 femil928 : 07:08 | コメント (0)

2012年11月18日

感動

 霜月も半ばとなり、芸術スポーツ読書食欲諸々の秋も終わりに近づき秋冬の季節になりました。学校行事も方々の学校で学習発表会が行われて、子どもたちの成長の確認がされています。

 今日私の近所の小学校でも学習発表会があり参観しました。

 初めに5年生の「合唱と合奏」でした。普通の小学校の普通の5年生、当然ですよね、そのどこにでもいる普通の5年生が、わずか2週間ほどの練習で指揮者の先生の指揮に沿って、強弱、テンポ、リズムを真剣なまなざしで演奏する姿には思わず合奏コンクールにでも来たのかと勘違いするほどの素晴らしさ、演奏の上手さに感動すると伴に子どもたちの真剣な眼差しを引き出した指揮者の先生の指導力に大感激でした。当然子どもたちの素直さにも大々感激です。
 次に4年生による「リズム&タイミング」でした。私の記憶が間違っているかもしれませんが、昔私たちが子どもの頃体育の時間にやらされ、それは軍国主義を思わせる指導だと中止になってたような整列、行進、組体操、などが笛の合図で体制がピッピッと行われるものでした。現代社会、運動会の騎馬戦が危険だから止めるとか、一糸乱れぬ(まるで北朝鮮のマスゲームのような)行進は子どもの自由を奪うものだとか、戦後教育では欠落していた指導が見られ、子どもたちが笛の合図でテキパキ動く姿は、私には感動でした。何かにつけて軍国主義とか、時代錯誤とか、子どもの人権とかと決めつけないで良い事、好ましい事はどんどんやるべきだと思いました。そこの校長先生が父兄に対して『できた、できないを責めずに、ひとり一人の子どもの努力を認める事が可能性を伸ばすコツです』とおっしゃられていましたが、それこそが民主主義教育であり、できない子どもを罰したり罰ゲームを課したから軍国主義なのだと私は思います。
その後に、1,2,3年の発表があり、最後に6年生全員による劇「青い鳥21」がありました。この劇は、日本の歴史を振り返りながら、本当の幸せや平和について考えるという筋書きでしたあが、ひとり一人がすっかり役に成り切って、と云うか、その時代時代の当人になって真剣に本当の幸せや戦争のない平和な社会の実現に向かって考えている姿は、見ている私たちまでが考えさせられる迫力で、これが一学校の普通の6年生の劇かと思わせる素晴らしい内容と子どもたちの演技でした。奈良・鎌倉・江戸と『幸せと平和』を求め、大政奉還の16代将軍慶喜が戦争を避けて自らが将軍の地位を捨てて日本国の平和を守った姿に、「平和で幸せな世の中は、機械が作るものでは無い。ひとり一人の人間が助け合い、共に生き、祈りと思いやりと温かさ、そして勇気を持てば、きっと実現できる。みんなの力で心の中の『青い鳥』を育てよう!」と気づいたところで劇は終わりました。
 平和教育が脈々と続いていることに嬉しく思うと共に、子どもたちがしっかり内容を理解して演じている姿が声に表情に見られて感動し、この子どもたちの祈りが思いが本当に実現させてやりたいと痛切に感じ、私たち大人の責任を感じました。また、こんなに難しい劇を子どもたちが生き生きと真剣に演じるまでに指導された先生方の努力に頭が下がる思いです。本当にご苦労様でした。

 秋冬の日、本当に爽やかに心充実した一日を提供してくださったこの学校の校長先生はじめ教職員の皆様、そして、素敵な子どもたちに感謝します。ありがとう!!

投稿者 femil928 : 18:43 | コメント (0)

2012年11月13日

体験学習『スケート』が始まりました

 今年もウィンタースポーツの季節が来ました。

 すべては子どもたちのために

 エミール幼児園では沢山の体験学習の場を設定して子どもたちに遊びを通してエミール幼児園の『学育精神』【やればできる】を体で学んでもらおうとしています。
 
 その体験学習の一つとして、例年11月と12月の原則火曜日と木曜日の通算15~6回、集中的に郡山の磐梯熱海アイスアリーナで『スケート遊び』を行っています。
 このスケート遊びには3歳児から5,6歳児までの全園児が参加しています。小さなマイシューズで滑る姿は可愛らしさとともに感動も伴い、いつもの事ですが子どもたちに体験させられる事を嬉しく思います。
 
 すべては子どもたちのために

 先にも書きましたように、『スケート遊び』であり学育精神『やればできる』を体で学んでもらうもが目的ですので、子どもたちに少しの言葉かけは行いますが、指導らしきことは一切行いません。同じリンクにほかの幼稚園のお子様もいらっしゃっています。インストラクターが全園児に一斉に転び方、這い方、立ち上がり方、歩き方といろいろ指導して2~30分でおしまいにしていますが、あれはあれで、子どもたちにスケートを滑れるように教え込むのが目的ですからいいのでしょう。あれによって、子どもたちは、教えてもらい手伝ってもらえばスケートが出来た、と云う「できた!」喜びを学ぶでしょう。教え・育てるの教育の目的は達成していると思います。それ以上でもなければそれ以下でもありません。スケートが滑れただけです。

 すべては子どもたちのために

 私たちエミール幼児園では「できた!」喜びではなく、『やればできる!!』歓びが目的です。

 「できた!」は前記しましたが、それに伴う「よろこび」は喜びです。嬉しいのです。できた事が嬉しいのです。できなければ悲しいのです。できなければ教えた通りに出来ない落胆です。

 エミールの子どもたちは、『やればできる!!』歓びです。自分の体で、自分の努力で、自分の頑張りで『やればできる』自信です。エミールの子どもたちは自分の努力に、自分の頑張りに、『歓び』を体で感じて自信が付いた事への感動なのです。出来ないのは自分の努力が足りないからです。自分の工夫が無いのです。諦めてしまったからかもしれません。みんなのように滑りたければ諦めずに再挑戦するしかありません。そして、悪戦苦闘の結果『やればできた!!』の歓びです。この自信に対する歓びは、単にスケートだけでなく外の多くの事に対しても『やればできる!!』の心で立ち向かいます。

 すべては子どもたちのために

 時間がありましたら是非スケートリンクに遊びに来てください。

追伸、スケート遊びの最後、12月13日(木)にはスケート運動会が行われます。何方でも入場できますので是非是非お運びください。心からお待ち致します。

投稿者 femil928 : 07:10 | コメント (0)

2012年11月11日

私たちは『子育て』のプロ集団です!

 皆様は『子育て』で一番大切な事は何だとお考えですか?

 すべては子どもたちのために

 愛情でしょうか?それは子育ての必要条件です。でもそれだけでは十分とは言えませんね。
 家族でしょうか?それも必要条件ですが、それだけでは十分とは言えませんね。
 経済力?あれば越したことですが、必ずしも必要でもありませんが、現代の有名国立・私立大学の学生の8~9割の親さんの職業は年収1000万前後以上だそうですから、経済力も必要でしょうね。
 親さんの教育に対する関心度?それも、絶対に必要でしょうが、それも、十分ではありませんね。

 すべては子どもたちのために

 皆さんは、インドの洞窟で発見された「アマラとカマラ姉妹」の話をご存知ですか?
 そうです!アマラとカマラは10数年間洞窟の中でオオカミに育てられました。発見されたとき、姉妹はオオカミのように唸り、吠え、生肉を食い漁り、月を見つめては「ウワォ~」と叫んでいたそうです。当然話す事も聞き取ることも、人間としての当然の事は何一つできなかったそうです。その後について興味のある方はお調べください。

 すべては子どもたちのために

 お察しの通り、子どもはその子の育つ『環境』で、どうにでも育つのです。
 環境が良ければ良い子に育ちます。環境が生ぬるいと生ぬるい子に育ちます。環境が悪ければ困った子に育ちます。
 子どもにとっての良い環境とは、ひとり一人違います。当然ですよね!どの子も生まれ育った環境が違うのですから、育ち方が色々です。愛情たっぷりに育てられた子、一人っ子で周囲の多くの大人に舐めるように可愛がられた子、淋しい環境で淋しく育った子、厳しくしっかり育てられ甘えることのできない子、ひとり一人みんな違います。違って当然です。でも忘れないでください!どの子にも幸せに豊かに楽しく生きる権利があることを!どの子も幸せにならなければなりません!!

 すべては子どもたちのために

 一家庭でできる子育ては、その家庭環境としては必要十分な子育てができますが、その家庭には無い環境で子どもにとって必要な育ちが育てられません。
 例えば、心優しい子どもでも踏んばらなければならないときには頑張る心が必要です。厳しく礼儀正しく育てられても人間の潤滑油にもなる甘えも育つことが必要です。喧嘩も知らず、痛さも知らない子に育ってしまったら、我慢することも譲ることも知らずに育ったら、善悪の判断もできない子に育ったら、負けた悲しさ、思いが叶わなかった悔しさを乗り越えた経験がないまま育ったら、・・・・・・・。

 すべては子どもたちのために

 より良い子どもに育つには、喜怒哀楽のすべての経験がされることで豊かな人間に育つのです。
 それらの経験が出来るように環境を整えているのがエミール幼児園です。そしてどの子にもどのような経験でも体験できるようにそっと見守りながら心で励ましているのがエミール幼児園の保育士たちです。
 私たちは『子育て』のプロであると自負しています。

 我が子に、本当の意味での本当の良い子に育って欲しいと願うお父さんお母さん、是非皆様の可愛い我が子に私たちエミール幼児園のプロ保育士と共に子育てを楽しみませんか!!!

 夢のある子育て!楽しみな子育て!

 両親の喜び、それは子どもの健やかな成長ですよね!

投稿者 femil928 : 19:15 | コメント (0)

Can Women Save Japan Part-2-3

 Can Women Save Japan をもう少し展開したいのですがここらで一度閉めましょう。

 すべては子どもたちのために

 きっと、お母さんたちが社会で働きたいのは、お母さんたちが身につけた技能や能力を社会に提供したいと考えるとともに、家庭の収入を少しでも増やし、豊かな生活と子どもたちの教育に使いたいと考えての勤労でしょう。
 豊かな生活と子どものためにも、お母さんの社会進出はマイナスになると云ったら怒りますか?

 すべては子どもたちのために

 子育て中のお母さんには、子育てと仕事を両立させることは大変な苦労があると思います。ここでその大変さを一つひとつ書きませんが、仕事を普段通りに熟して普段通りに出勤・退社して、帰宅してから炊事洗濯をしてどうのこうのとしていたのでは、体がいくつあっても大よそ不可能です。それだから男女共同参画社会だから夫も炊事洗濯子育てに積極的に参加・協力して・・・・・・。との論が起こり、夫の育児休業の取得の推進とか、育メンパパの育児講座への受講とか、・・・・・・・・。
 これはこれで、大変微笑ましい事ですが、もし、もしですよ、お母さんが働かないで家庭に戻り、育児に家事に専念したら、専念と云うことばに不満なら、専業主婦、いやこの言葉の方がもっと不満かも、いずれにしてもお母さんが家庭に戻られたら、待機児童・乳幼児の問題は解決します。この問題解決に国の予算はどれほど費やされている事でしょうか?お母さんが家庭に戻ることで、パートタイマー労働者が、非正規労働者が、どれほど減少されるでしょうか?それによって起きる労働力の不足は何人のお父さんたちの正規労働者の雇用に結び付くでしょうか?育児休暇に育メンに振り向けてたお父さんの労働力を社会のために発揮し、お母さんたちが持っていた職場をお父さんたちに振り向ければ、お母さんの手取りをそのまま上乗せしてもらえば、お父さんの仕事は大変になるけど、今の安月給よりも多くの月給を持ち帰ればお父さんの鼻も少しは高くなるのでは、そして、そして、そして何よりも子どもたちはお母さんの愛情の下に幼児期を過ごし、放課後の宿題や家庭学習の習慣がついた学力アップの日本の子どもたちに育ち、非行少年や問題行動が激減することで、国の予算はどれほど節減する事でしょう。その浮いた予算を子育て支援金として、子ども一人当たり3~5万円頂けたら日本国中みんなハッピーハッピーとなりませんか!!

 すべては子どもたちのために

 Can Women Save Japan? Yes,You Can!
 
 お母さんが家庭に戻ることで Yes,You Can!なのです。
 お母さんの仕事をお父さんたちに戻してやってください。そして、お父さんの《父権》を取り戻させてください。これは昔の封建社会に戻すことではありません!!!これが本来の家庭の姿です!!
 
 すべては子どもたちのために

 これで一度 Can Women Save Japanをしめましょう。

投稿者 femil928 : 11:13 | コメント (0)

2012年11月06日

本当の保育を求める方だけ

 世の中を上手に生きることは大変難しい事です。ある時は自分を抑えて大勢に従い、ある時は間違っていてもみんなが求めているからそれを行う、自分としては反対だけど家族のことを思えば已むおえない、つまり、本音と建前を上手に使い分けることが世渡り上手と云うのかもしれませんね。現代の政治も然り、本音は自分の選挙のことしか考えていないのに、建前は国民の生活が豊かになるように私を国会議員に当選させてくださいと、自分の主義主張もなく下世話な大衆のご機嫌取りをしているのも世渡り上手議員様なのでしょうね。

 すべては子どもたちのために

 本音と建前があれば必ずそこには誤魔化しがあるのではないでしょうか?と云う事は上手に生きると云う事は、賢く自分を誤魔化して波風を立てずに穏やかに生きることなのでしょうか。

 すべては子どもたちのために

 私は、いつでも、この『すべては子どもたちのために』を心にとめて、一言ひと言、一行動いち行動、一行事いち行事、子どもたちが喜んでくれるかな、子どもたちのためになるかな、これは子どもたちに経験させたいなと思いめぐらせてエミール幼児園を今日までやってきました。

 すべては子どもたちのために

 しかし、エミール幼児園は良い園だけど、他の園と比べると、あそこが足りないね、ここが足りないねと云う声も聞かれ、私は終始一貫、その希望が本当に子どものためになるなら取り入れて来ましたが、重箱の隅を突っつくような、すべての子どもでなく我が子の子どものために自分の希望を要求する方もいらっしゃいます。
 例えば、食事は席について背筋を伸ばして静かに食べさせてくださいと、私は食事は感謝して楽しく美味しく残さず食べることが幼児期には大切な事と考えています。20人、30人の子どもたちがし~ンとした空気の中で黙々とご飯を食べている姿は、私には耐えがたい情景です。食事の指導で大切なのは「いただきます」「ごちそうさま」の心です。素敵な豪華な料理を「いただきます」ではありません。美味しいご飯に「ごちそうさま」ではありません。今食べるお米や、野菜や、肉魚の動植物の『命』に対して「いただきます」そして感謝の気持ちで「ごちそうさま」だと私は思います。

 すべては子どもたちのために

 礼儀作法やしつけの指導も大切です、しかし、これは各ご家庭で行うべきことであり、集団生活の場である幼児園は子どもたちに子ども社会を提供してその中で社会性や協調性、助け合い教え合ってともに伸びる環境を整えてやる場です。

 エミール幼児園は
  学育精神は『やればできる』です。
  学育理念は『健康で頭の良い子に育てよう』です。
   エミールで云う頭の良い子とは
    ☆意欲のある子
    ☆集中力のある子
    ☆創造性がたくましい子
    ☆社会性のある子
    ☆自分の意見をはっきり言える子
   です。学力はこの基盤があって身に付くのです。
  学育信念は『どの子も伸びる』です。
 そしてこれらの、精神、理念、信念を実現するために
  学育指針は
     『こころ放すな 手ははなせ
         まなこはなすな 手は放せ』
   子ども社会をそっと見守る保育をしています。

 すべては子どもたちのために

 本当の子どもの幸せを求めている方だけにエミール幼児園はありたいものです。
 
 形や格好やしつけや重箱の隅を求める方は、外にも良い園が沢山ありますのでそちらに通われることが親子の幸せだと思います。

投稿者 femil928 : 07:32 | コメント (0)

2012年11月04日

メモ School の語源

 Schoolの語源は、ギリシャ語の「スコレ」Scholeであり、このスコレの意味は『暇』leisureと云う事だそうです。
 つまり、学校とは子どもたちが日常の暇な時間を一か所に集い共に教え合い教えられて人間としての品格を高め合う場だったようです。そこで行われていた[education]は人(子ども)が知識や技能を身につけるその過程の意であり、[training]は一定期間にある目的を達成するための訓練、[instruction]は組織立てられた指導、だったもので、いつの日か[education]が『教育』と略され、学校で行はれる指導が『教育』になったようです。
 
 すべては子どもたちのために

 昨今、「今の子どもたちの学力が低下したのはゆとり教育の失敗の結果であり、ゆとり教育で育った社会人は会社で役に立たない」等と評価されているとも聞き漏れします。

 すべては子どもたちのために

 本当にゆとり教育は失敗だったのでしょうか?

 私は『失敗だった』と確信しています。

 失敗だったのは、ゆとり教育の意義の解釈に大きな間違いがあり、その間違った解釈の基に行はれたゆとり教育が子どもたちにされたことです。

 Schoolの語源にもあるように、学校は、教育は『ゆとり』が大切なのです。ここで云う『ゆとり』とは『こころ』の『ゆとり』です。心のゆとりを時間的ゆとりに執着して、週休二日にして、教える内容を削減して、「さぁゆとりだ」「それ休みだ」と子どもたちを学校から解放して、カッコよく言えば解放だけど、厳しく言えば放り出してしまったのです。放り出された子どもは行き場を失い、時間を持て余し、遊びほける子は学力が低下し、できた時間を『塾』に向けられる子は学力が、ここで云う『学力』については大きな問題が含まれますが今は学力とさらりと流しますが、上がり教育格差をより拡大しました。
 放り出された子どもが幸せなはずはありません。幸せになったのは先生方です。週二日の休みを有効に利用して心にゆとりができた、と云いたいところですが、二日も休んだ後の翌週の教育指導の確認や教材の準備など等時間はいくらあっても足りません。先生方も心のゆとりのないままに子どもの指導、文科省から義務付けられた指導時間の消化にキュウキュウして・・・・・・。
 こんな『ゆとり教育』では失敗だと云われても当然でしょうね。

 すべては子どもたちのために

 教育には『ゆとり』が絶対に必要であり、ゆとりのない教育は本当の教育の目的を達成できません!教育の目的は『すべては子どもたちのために』が根底になければなりません。

 一昔前、ある集会で『教師は聖職か労働者か』と云う話し合いがありました。その集会には多くの先生方も参加していて、その時の雰囲気は「教師は聖職である前に、それぞれに家庭を持っている労働者だから仕事も大切だけど、生活の基盤である家庭を大切にしなければ良い仕事はできない」と云う流れでした。

 教育を本来の教育に戻すことは難しいのでしょうね?
     難しいのですか?無理なのかな?

 子どもたちが本当の意味での『ゆとり教育』を受けられる日が来ることを心から願って

投稿者 femil928 : 13:50 | コメント (0)