2014年06月19日

ユートピア 『行政府』2

 今、集団的自衛権がどうのこうのと、挙句の果ては行政府の長が最高責任者として憲法解釈という姑息な手段で、日本国の根本を覆そうとしています。
 皆さん、考えてみてください!
 今の世界、あちこちで紛争が起こり静まる気配がありませんが、この紛争は何故起きていると思いますか?民族問題・宗教問題・領土問題、昔はイデオロギーつまり主義主張の問題でありましたが、主義主張を持った国や国民は世界中探しても北朝鮮とキューバぐらいでしょう。
 今の紛争は表向きは、民族間の対立だ!宗派の争いだ!領土の分捕りあいだ!と言いますが、本気で終結する気持ちを持たぬまま、単に『武器・弾薬の無駄遣い』のための紛争です。地球上に武器・弾薬を消費してくれる所が無ければ軍事産業は経営が成り立ちません。俗にいう『闇商人』の利潤追求の紛争です。終わってはいけないのです!?!
 今!政府が心配している、万が一我が国が他国から宣戦布告されたり、同盟国がそのような立場に立たされた時、私たちは憲法九条の戦争放棄を理由に傍観するのかと言いますが、今!もし、第三次世界大戦が起きたら戦争は一年も二年も続きませんよ。二日ないし三日のうちに地球上は、例えは不謹慎かもしれませんが、福島原発の真っただ中のように被爆して、人類社会は終焉を迎えます。戦闘機が何機あっても、空母が何艦あっても、地対空ミサイルや戦車や、何の役に立つでしょう?
 今こそ日本国の平和憲法をしっかり見直して戦争を放棄し、地球平和のために、日本国が武器を持たない、人類全体の永遠の平和を実現する旗頭としての誇りある民族になるべきではないでしょうか!
 子どもたちだけでなく、私たち全員が美しい自然の中で平和に楽しく生きるために!!
 上記の理由で、私は、防衛省とか国防会議とかの『戦争ごっこ』は行政府に、日本国には必要ないと考えます。
 そんな国では他国から・・・・と懸念するでしょうが、『ペンは剣よりも強し』、何事も『話し合えば』解決します。第二次世界大戦も最後はポツダム宣言の話し合いで終戦を迎えたのですもの。
 世界平和・人類平和・ひとり一人の平和には武器は要りません!

投稿者 femil928 : 08:10 | コメント (0)

2014年03月29日

ユートピア 『行政府』 1

 行政府の長、今の日本国では政党制内閣制で、立法府である国会の与党の党首イコール総理大臣イコール行政府の長と言う構図になっていますが、これには立法府と行政府の独立性に欠ける問題が内在しています。

 本来の『三権分立』とは文字通り、三つの府、つまり、立法府・行政府・司法府はそれぞれが独立した立場で行われるべきことで、現代日本の様に、一回の国民投票によって、つまり、国会議員の選出検挙、総選挙によって、多数与党が決まると、三権の長も自動的に決定される構図は、三権分立の基本理念としては間違っているのです。

 それぞれの長はそれぞれの『国民投票』で選ばれることが当然であり本来の姿です。この点においてもこの国の統治機構は原点に戻る必要があります。

 行政府の長は『大統領選挙』によって選出されるべきでしょう!

 大統領によって行われる『行政府』は『小さな政府』、しかし、国の方針を方向付ける『強力な政府』でなければなりません。

 今の政府の様に、何から何まで政府が口出しして、規制で縛り(この規制が現代社会を腐敗させている根源です。規制を上手く逃れて行くためにあの手この手で国会議員に便宜を図りその見返りに規制を潜り抜ける方策、つまり利権に絡む贈収賄が発生させているのです!規制は必要最小限に!)予算を振り分ける等は止めて、総務・外交・国土保全・医療・教育の主だった行政を行い、多くの権限は廃止又は地方の県・市・町に移譲してそれぞれの地域性に準じた行政が可能にすべきです。

 ちょっと待て、国防と福祉・通産・金融等はどうする?とお思いでしょうが、その点は追って展開したいと思います。

投稿者 femil928 : 10:36 | コメント (0)

2014年03月23日

『ユートピア』 立法府 2

 久しぶりです。三月は水泳運動会、二泊三日のスキー合宿、約二時間に及ぶ卒園式、修了式・進級式、そして、三泊四日の蔵王スキー合宿と行事が目白押しで、ブログに向かう時間がありませんでした。これから、四月からスタートする新年度の準備もありますが、『ユートピア』を出来る限り更新したいと思います。

 さて『立法府』ですが、前回も書きましたように、今の選挙制度の下で選ばれた国会議員には、国民の総意の反映には程遠い、わずか国民の四分の一の支持者による国会議員ですので、国民の本当の幸せを委ねる者ではありません!
 国会中継をご覧になっても、あの議員たちの質疑応答で法律を決められては、大企業や一部の富める者のための法律がどんどん決められて、国民の貧富の差は拡大する一方ですよね。
 
 『国民が人間としての理性をしっかり育まれていれば』むやみやたらに法律を制定する必要はないと確信しています。毎年の通常国会では法律が100以上決められ、臨時国会も含めると毎年150以上の法律が制定されて、世の中は何が何だかっわからない絡まった糸のように法律で私たちは縛られているのが現状でしょう。

 立法府は無くして!立案府にしては如何でしょうか?法律を決める府で無く、法律案を検討作成する府として、法律の決定は『国民投票』で決めるようにするのが国民の総意が正しく反映されると確信します。
 国民投票は、今や、何処の家庭にでもパソコンがある時代です、電子投票で行えば手間暇も掛かりません。

投稿者 femil928 : 10:51 | コメント (0)

2014年02月22日

『ユートピア』 立法府 1

 以前にも書きましたように、日本国の根幹的約束事は『日本国憲法』であり、日本国国民として守るべき法律は、

 一つだけ、日本国憲法の精神に則り、人間としての理性の下に各自が日頃から考えて行動する。
   附則、この約束事に反した者は、一回目は厳重注意、二回目は厳罰、再再犯は死刑。

  (この死刑には賛否両論があると思いますが、一度に懲りず、二度も懲りずに犯す犯罪には死刑ほどの厳罰で対処すべきではと思うのです。初犯から再再犯までには十分な期間があり、人間として理性を持って判断する能力は持ち合わせるべきであり、国としての教育でも最低限、『理性』について全国民に理解させておれば、その上での再再犯は死刑に処せられても仕方ないのでは)

 これで良いと思います。実に荒っぽい考えかも知れませんが、逆説的に云えば、これほど国民を信頼し認めた、一人ひとりを大切にした法律は無いし、国民としての自覚の大切さを求めた法律は無いと自負するのですが。

 法律が簡素であればあるほど規律や秩序は保ちやすいと思います。法の目をくぐってとか、解釈の仕方で等と言う言い逃れや誤魔化しが出来なくなります。

 しかし、理性ある行動を求めても、人間としての悲しい性、『欲』がある以上思わぬ出来事が起きたり、特に前記したように『選挙』については色いろんな問題が含まれています。そのために法律を作案する機関が必要でしょう。

 そうです!法律を決める機関では無く!法律を作案する機関です。現代社会の様に代表制民主主義では国会議員に法律を制定する権限が委ねられているが、前記しましたが、この国会議員は国民の約四分の一の得票数で選ばれた国会に占める議席数は四分の三の奇想天外・摩訶不思議な議員さんたちです。この四分の一の意見の代表者で大切な法律を決められては如何なものでしょうか?

 本来は国会イコール立法府ですが、前回書きましたような『選挙制度』で国会議員が選ばれるまでは、国会には立法府では無く、立案府として位置づけし、大切な『法律』は『立案』に止め、最終決定権は『国民投票』に委ねるべきです。

 本来の『立法府』が、国民の意見が正しく反映された選挙によって選ばれた国会議員によって正常に機能することこそが、子どもたちに夢と希望の持てる未来を提供できると確信しています。

投稿者 femil928 : 11:31 | コメント (0)

2014年02月08日

ユートピア 『選挙』 3

 前回は被選挙権について書きましたが、今回は選ばれた議員さんの身分の保障について書きましょう。

 厳しい資格検査を突破して、選挙と言う洗礼を受けて当選した議員の身分の保障ですが、ここには議員としての『誇りと自覚』をしっかり持ってもらう意味でのそれ相応の保障が必要と思います。
 首長は選出はひとりですが、議員は現行のようにムヤミヤタラニ多くは必要ないと思います。国会議員で言えば、衆議院では現行は450~60人ですが、精々200名、参議院(二院制は大切です、今の参議院は衆議院の傀儡院だから不要ですが、本来の二院制は大切にしたいと思います)は100名ぐらいで良いと思います。県会議員、市町村議員なども現行の半数以下、いや、もっと減らしても良いと思う。その代り議員報酬は現行の5倍も10倍も、お金の問題ではないがそれなりの報酬に恥じない誇りと理性を持って議員としての仕事に没頭してもらう意味からも、また、一銭たりとの贈収賄に係われば議員資格をはく奪するほどの厳しい高精神で執務しなければならない義務を持ってもらう。

 選挙区は現行の小選挙区制でなく、国会議員は全国を3~5区に分けた大選挙区制で、投票は政党名又は候補者名で投票され、当選者は得票率で各政党に議席が配分され、当選者は個人名の多い順に各政党内で決められることが、民意をはっきり反映した結果に繫がると思います。県議、市町村議員も大選挙区制にして政党名で無く個人名で投票されて当選者を決めるとよいと思います。

 任期も、一期5年、再選は妨げず、二期10年とし、研修期間として最終の1年は後任者との重複とすることで、政策の継承と不慣れによる停滞を無くすようにすべきと思います。

 選挙期間は現行の一週間とか、十日、二十日等の短期選挙でなく、大統領選は一年間、首長も半年、議員選でも2~3か月の選挙活動で選挙民に選択すべき候補者の考えをしっかり理解されるように周知徹底されるべきと考えます。

 選挙費用は最低限の費用に止め、現行のように億単位の選挙費が掛かるから当選後にそのお金を取り戻そうとして裏取引が横行し、贈収賄だ闇献金の見返りだと政治が私たちの目の届かないところで繰り広げられるのです。選挙運動はテレビ・新聞と辻説法で行われ、演説会も決められた会場でしか出来ず、個人の演説会などは認めない、これ等の費用は全て公共の費用で賄い候補者の移動費や食費等は各自負担とすることで、清く正しく公明正大な選挙が行われ、ひも付きの雇われ議員が居なくなれば政治は完全に国民の下で行われます。お金は絶対に使ってはいけません! 

 選挙の投票日は平日の午前8~12時までとし全国的に有給休暇として、この限られた時間に全国民が投票すれば、投票率は限りなく100%に近いものになります。

 そこで、投票の内容ですが、現行のように当選させたい人の名前しか書けないと興味のない人は投票を渋るでしょう。今の選挙の投票率が低いのはここに大きな原因があると思います。そこで、当選させたい人で無く、【この人は絶対に駄目だ!】と言う人の名前も書ける、当選させたい人とさせたくない人の二名分が書ける投票用紙にすれば投票者の意向も明白に読み取れますし、白紙投票も『積極的無関心票』と受け止めることで選挙の意義が高められると思います。当然、各候補の得票数は、支持票マイナス不支持票とすることで、全国民的には不適任者と思われても一地区では絶大なる支持を持つ摩訶不思議な議員の創出を止められます。

 また、当選者は、前回の大統領選でも書きましたが、首長は有権者の過半数以上!議員は有権者総数÷議員定数の半数以上の得票数で当選とし、その得票数に達しない場合には決選投票とか再投票をして、無投票当選とか、有権者の半数以下の選挙で過半数、つまり、有権者の四分の一程度の得票数で首長に等と言う結果はあってはいけないと思います。首長は決まるまで何回も選挙を繰り返しますが、国会議員を始め議員は二回の再選挙でも条件に達しない場合には定数割れでも選挙を終わらせます。

 これでこそ代表制民主主義だと思います!

 

投稿者 femil928 : 10:50 | コメント (0)

ユートピア 『選挙』 2

 『選挙』で前回は大統領制について書きましたが、それ以前にもっと大切な事を書き忘れました。

 現行の選挙制度に問題が無ければ何も書くことはありませんが、残念ながら問題だらけの選挙のお蔭で今の世の中が問題だらけになっていると言い切っても過言ではないと確信しています。

 まず初めに、20歳になったら選挙権、25歳になったら被選挙権が国民平等に与えられますが、ここに問題があります。選挙権を20歳から18歳に引き下げようと企んでいますが、とんでもない事です!選挙の投票率が低いから、もっと若者にも関心を持ってもらい若者の意見を政策に反映したいからと聞こえの良い事を言っていますが、選挙権は現行の20歳で十分です。むしろ、被選挙権が大問題です!25歳になったら誰でも「被挙権」がと言うところに問題があります。選挙権は平等に誰にでも与えなければならない権利ですが、被選挙権は25歳ならだれでもがと言う事になっているために、甘えん坊のばかボンボンが親の七光りやおじいちゃんの地盤やシッカリため込んだ悪銭で、先祖代々世襲的に代議士様になれるシステムが悪政をのさばらせているのです。被選挙権は一定の厳格かつ公正な検定試験を合格した、本当に国政に、政治に携わる資質を有した者だけが初めて被検挙権を得る制度にしなければなりません。ご覧ください!今の政府はお坊ちゃまたちの仲良しグループの苦労知らずで構成されているから、理性も誇りも無くお金のために国民の生活を無視した大企業一辺倒の政治が、挙句の果てに子どもの頃の戦争ごっこの延長線上に国防を考えてもっと拳銃が欲しい、戦車も戦艦も、相手に負けない軍事力が欲しいそのためには憲法の解釈を捻じ曲げて兵隊さんを育てたいと仲良しさんの学識経験者に諮問会議を委ねて自分たちの都合のよう答申を得てこれぞ国民の意向と、飼いならしたマスコミに報道宣伝させ国民の気持ちを誘導しようとするナンセンスな政治が行われているのです。
 医学に携わる人は医師免許を取得しなければなりません!先生になる人は教員免許を取得しなければなりません!弁護士になる人は厳しい国家試験に合格しなければなりません!なのになぜ?政治家は【お金と地盤と有名】があればばか(敢えてひらがなにしました)でもチョンでもなれるの?これって七不思議にも劣る不思議ですよね。
 二世、三世、先祖代々の議員はやめさせましょう!!いや、私たちひとり一人の国民がこれからの選挙の時にしっかり確認して投票すれば良い事です!!

投稿者 femil928 : 09:50 | コメント (0)

2014年02月06日

ユートピア 『選挙』 1

 国を改革するにはその国の為政者を変えなければなりませんね。国民がどんなに願っていても、為政者にその願いが届かず、為政者が政策として行ってもらえなければ一向に世の中は良くなりません。

 民主主義の世の中、為政者を決めるのは『選挙』と言う手段です。

 この『選挙制度』を考えてみましょう。

 むかしのある学者が、「その国の有り様はその国の国民性の反映である」と言ったそうです。言い換えれば「現代の日本国の有り様は日本国民の国民性の反映っだ」と言えます。しかし、その話を五十歩譲っても現代日本の為体は全ては国民性に決めつける事にはいきませんよね。

 ここに『選挙制度』の問題が潜んでいると私は思うのです。

 現行の選挙制度には沢山のミスマッチがあります。現行の選挙制度の第一のミスマッチは国民の意識が正しく反映されていないことです。

 一国の長は総理大臣ではなく大統領にすべきです。現在は政党政治で最大多数の与党の党首が首相になる制度ですが、一国のリーダーを国民は間接的にしか選べません。支持政党だからその党首が必ずとも支持党首ではありませんよね。紆余曲折すれば与党になる政党を選んだのは国民であからその党首も国民によって選ばれた人と言えますが、支持政党の投票者がすべて支持政党の党首を首相にしたいと考えての投票ではないと思います。このミスマッチが不幸の第一歩です。
 そこで一国の長は大統領として国民の直接選挙で決めるべきです。しかも、大統領の選挙では投票率を90%以上でなければ無効とし、当選者の得票率は国民の50%以上でなければ無効とし、それらの条件が整うまで何度も選挙は行われ、決選投票まで行われるべきです。願わくば決選投票が行われるほど国民が関心を持てる選挙になって欲しいと思います。

この大統領選の時に、司法の長でもある最高裁判所の裁判官の選出、と国政に関する民意を問うべき投票も同時に行うべきです。例えば今話題の原発問題や集団的自衛権や消費税、秘密保護法案等々は、(私は前回も書きましたが基本的には立法府としての国会は不要だと考えています、この国民投票で賛否を決める大切な事案を検討して提案する国会で十分で議決権は国民投票に委ねるべきと考えています、そうすれば間違った法案は成立しません。附着や贈収賄など起きません!)国民投票で決めるべきです。

投稿者 femil928 : 10:12 | コメント (0)

2014年01月26日

ユートピア 『法律』 2

 モンテスキューが説いた『法の精神』における法律の意義・概念は前回に書きました。モンテスキューは強者から弱者を守るために法が必要だと説いているのに、現行の法はどうだろうか?

 確かに弱者を守るための法律があることはあると言えますが、法律の条文を見ると、「・・・・・をしてはいけない、違反者は・・・・・の刑を科す」と言った類の罰するための法律がほとんどです。そして、次から次と制定されてくる法律は、その前の法律の不備を補てんする法律や、法の網をすり抜けて行われる悪事に対応するよりきめ細かな法と言った具合に、法が法を取り締まり、その法をより厳しく取り締まる法が・・・・・と言った具合。

 今や大げさな不謹慎な表現と御叱りを頂くでしょうが、守るべき法ではなく、『すり抜ける道を指導する法』つまり、これとこれは法律で縛られるから、これには法律が定められていないから・・・・。と言ったように犯罪者はより巧みに法の抜け道を駆使して複雑な犯罪を犯すようになりました。

 法律はどうあるべきでしょうか?

 極論になりますが、我が国は『憲法』と言う立派な日本国民として心の支えとなる約束事があり、そこには私たちの最低限且つ最大遵守すべき基本が網羅されていると思います。その憲法の細かい点を補足するために法律があるわけですから、補足は止めて、つまり法律の制定は止めて、また、今までに公布されている法律も緩和して、法律の条文はただ一つ、現行のように国民の多くが理解していない巨万の条文から、ただ一つ、国民全員が知っている条文ただ一つにすべきです。

 明るい社会を築こうとして制定された法律が次から次と制定されても犯罪は無くならず、前記したように法と犯罪はイタチゴッコ!なぜ、犯罪は絶えないのか?突き詰めれば国民一人一人の問題ですよね。国民一人一人が悪い事はしませんと自覚すれば、そして、悪事を行わなければ法律は不要になります。

 『悪事を行わない国民』そんな国民にするには【学育】しかありません。

 話がちょっと逸れますが、教育と書くべきところを【学育】と書きましたが、私は現代の子どもたちが抱える多くの問題の元凶は教育にあると考えています。大切な問題ですので後でしっかり書きたいと思いますが、取りあえずは学育の部分を教育と置き換えてお読みください。

 つまり、【学育】で自ら学び考える、そして、自ら育つ人間に国民がなれば、何が良い事か、何をしてはいけない事か、どのように対処すれば良いかを考えて行動できる人間に育てるには【学育】しかないと思います。夢物語で実現不可能で時間が掛かると一蹴されるかもしれませんが、【国家百年の計は学育にあり】と言われるように確実な改革の道筋です。

 学育で育った国民が、『憲法』と言う心の拠り所に従って行動する時の規範は何か?言い換えれば今の法律に変わるものは何か?という事ですが、
 日本国民のただ《一条の法律》は
  憲法の精神を尊重し、人間としての理性に基づいて行動しよう。
これだけで充分でしょう!憲法の精神に基づいて人間としての理性があれば、犯罪は無くなります。少なくとも今の半減、いや、四分の一ぐらいに犯罪が少なくなります。でも、四分の一とは言え犯罪が・・・・と言われるでしょう、本当に欲望を持つ人間の悲しい性ですね、そこで、もう一条の法律が必要になりますかね、それは、悲しい事ですが罰則を事前に決めなければなりませんかね。
 日本国民の法律第二条は、犯罪者に対して初犯者は厳重注意、再犯者は懲役五年の収監、再再犯者は死刑も含む厳罰。ぐらいの厳しい罰則条項で良いかな?

 長々と書きましたが、結論は、いくら『法律』を制定しても犯罪は無くならず、法律で国民を統率するには無理があるなら、一層、国民の学育をしっかりして、理性ある国民にすることが国民の治安を守る近道だと思うのです。これが、私が考える『ユートピア』です。

投稿者 femil928 : 09:54 | コメント (0)

2014年01月25日

ユートピア 『法律』 1

 前回まで書いた『憲法』はこれからも必要に応じて考えを書いて行きますが、今回は『法律』について書きたいと思います。

 皆様は『法律』とはどのように受け止めていますか。法律とは従うもの、法律の基に行うもの、法律を守らないと罰せられるもの、など等と規制や罰則が文章化されたものと受け止めていませんか。確かに現代社会のように乱れてしまった世の中では、法律によって人々の行動を抑制しなければ、歯止めを失った貨車の暴走を止める事が出来ませんよね。

 しかし、本来の『法律』とは、皆様もご存じのように、裁判所や法律に関したもののシンボルマークは【天秤ばかり】が書かれていますよね。つまり、「法律とは世の中の如何なるものも法の下には平等ですよ」と言う事を表しているのです。また、モンテスキューの書かれた『法の精神』では、法律とは弱者を強者から守るために結ばれる約束事だと云った趣旨が書かれています。つまり、法律は強い者が弱い者をいじめてはいけない、その約束の下では誰もが平等だと言う意味で【天秤ばかり】がマークになっているのです。

 現行の『法律』はこの『法の精神』からは大きくかけ離れてしまいました。と言うよりもむしろ本末転倒して、弱者救済(いやこの救済の発想が法を歪めている元凶だと私は思います。)と言うのか弱者保護よりも権力者の都合の良い約束事を法律として制定し、強者の利権を守り、弱者に強制的に従わせるような法律になっていると思いませんか。先般制定された『秘密保護法』などはその良い例でしょうね。

 日本国では三権分立と言って、国会と政府と裁判所がそれぞれに立法権、行政権、司法権を持って相互にチェック仕合ながら国政を営んでいる事は皆様もご存じでしょうね。ところが、立法権を持った国会では一国会開催期間に何百もの法律を制定しています。六法全書も理解できないのに、次から次と湯水のように法律を私たちの社会に押し付けて、法治国家とは言え何が何だか分かりませんよね。挙句の果てには何だか分からないけど法律でそう定められているから従わざるを得ないよねと分けの解らぬ法律で私たちは縛られているような気がします。

 今、私たちが何かをしようと思っても何十何百の法律の規制をクリアしないと出来ない社会になってしまいました。

 モンテスキューは何とおっしゃられるでしょうかね?

投稿者 femil928 : 11:17 | コメント (0)

2014年01月18日

ユートピア 『憲法』 2

 日本国憲法について、一条、一条を検討するには、当然ながら私には無理な事ですが、私は、憲法とはあその国の根幹となす基本的約束事であると思っています。そういう意味で現行の日本国憲法は、平和憲法であり、国民主権の憲法であり何ら問題は無いと思っています。改憲論者は口を開ければ、「もし他国から攻められたら今の憲法では我が国は守られない!」と戦争ありきで、その時のために最低限の国防をと論じますが、前回も書きましたようにこれから我が国が戦争に巻き込まれるときは、一瞬にして地球が破滅する地球最後の日です。そんな時のために何千億・何兆円を投じて備えた軍備品は役に立たずに、何千万年もの未来にその時に地球上に生存する生物に「何千万年も前に地球上の日本と言う国に生存していた人間と言う愚かな動物が一部の人間の私利私欲のために開発した原子爆弾と言う爆弾で自分たちの生命を滅亡させたのがこれらの武器弾薬だよ」と歴史の時間に教材にされるだけでしょう。
 これからは絶対に戦争はあってはいけない物です。戦争はさせてもされてもいけません。
 戦争を無くすには武器弾薬を持たないことです。
 トルストイの『イワンのばか』です。憲法を改憲して軍備で武装して張子の虎のように威嚇すれば戦争は回避できません。ガンジーのように、マンデラのように、イワンのように生きている事その生きているその事に生きる歓びを感謝して生きる事をみんなが行えば武器も弾薬も要らないのです。
 憲法はそう簡単に改憲したり、作り直したりせずに、そのためにも改憲のハードルは高ければ高いほど良いと思います。憲法についてはこの辺にしておきましょう。

投稿者 femil928 : 13:29 | コメント (0)

2014年01月13日

ユートピア 『憲法』 1

 現政権は数の力で、憲法改正又は憲法の解釈の方便を突いて集団的自衛権だ、有事における自衛力の増強だ、改憲する為のハードルを下げるべきだと云々、挙句の果てには、半世紀以上も他国(米国でしょう)に押し付けられた憲法を守り、自国が策定した憲法を持っていない国家が、この地球上で日本国を除いてどこにあるか?憲法文面の助詞の使い方や文の構成が日本人には馴染めない文で、少なくともこの面からでも改憲すべきだ。と嘯く改憲論者もいます。
 先日ある改憲論者が、「万が一、中国が尖閣諸島に侵入して中国と戦争になったら米国は日本国を守ってくれると思いますか」との問いに、「米国は、国益を考えた時に日本を守るより13~4億の民が居る中国に味方した方が得策であり、そもそも米国は信じられない国だ、だからこそ自分の国は自分で守れるだけの防衛力を備え、法的にも憲法を改正して自衛できる法整備を整えるべきだ」と言っていました。米軍基地が沖縄の地に展開されている理由には、『いざ!』と言う時の即戦力であり、抑止力であると言っていながら実情は果たして如何なものか?疑問視されます。また、「中国は尖閣諸島を領土にするために日本国に宣戦布告すると思いますか?」との質問に、「中国がそもそもあんなチッポケな島の一つや二つのために戦争するほど無知じゃないでしょう!」と一笑していました。憲法改正の理由として、万が一我が国が他国から攻撃を受けた時のために軍備を頑強にして自力で守るために改憲すべきと言っている事と、矛盾していますよね。
 それに、改憲論者のご意見に五十歩、九十九歩譲っても、これからの社会で戦争が、世界戦争規模の戦争が起きる事は人類史上では、何時かは分かりませんが、愚かな、たった一人の気違い大統領が核兵器のボタンを押したその時に開戦して、ものの2~3日で世界中はプルトニュウムで汚染されて終戦でなく、地球の破滅・人類の滅亡で、世界中が墓場の荒野になる事でしょう。空母を何隻持って、地対空ミサイルを何基持って、兵隊は狙撃銃を待って敵に立ち向かい、我が本土を守るために等と、増強された軍備品を使う間もなく地球は滅びてしまうのです。
 ですから、世界戦争はあと一回です!
 でも、各地の小競り合いの戦争は、『死の商人』たちが暴利を貪るために、為政者が利権に肖る為に、そこの住民やその国の国民が何千人死のうが、軍事産業が滅びるまでコツコツと続く事でしょう。
 軍事産業が存在して、そこで働き生計を営む人がいて、ノーベルが発明した爆薬が莫大な利益は産んで、ノーベル平和賞が続く限り戦争は絶えないでしょう。
 でも、でもですよ、世界大戦に備えた軍事予算は、張子の虎のための装飾費は、税金の無駄遣い以外の何物でもありません。その税金を教育に医療にインフラの整備保全に、間違ってもコンクリートや乱開発による自然破壊に使わないで、国民の幸せのために使ってもらえたら。
 そんな訳で、憲法は、今の『平和憲法』をいじる必要はないと確信しています。むしろ、もっともっと憲法の趣旨を正しく理解して、その精神を大切にした政治に心がけるべきではないでしょうか。憲法の隙間を見つけ出して、紆余曲折な屁理屈的解釈で、私たちのこの平和な日本国を右翼化させないためにしっかり、もう一度『日本国憲法』を読み直したいものですね。

投稿者 femil928 : 14:02 | コメント (0)

2014年01月11日

ユートピア 『愛』 4

 前回までは『愛国心』『祖国愛』や『郷土愛』と精神的愛について書きましたが、今回は精神的と言うよりももっと具体的な身近の愛『家族愛』について書きたいと思います。
 息子の大学で政治経済学と言う講座で、高度成長は持ち家を推奨し各自がそれぞれの部屋に生活し、各自の好みの番組を視聴し、外部との連絡も各自の携帯電話で連絡を取り合い、家族と言っても一つ屋根の下で暮らしているが会話も無く生活サイクルもバラバラで、家族崩壊のような状態になってしまった、との内容の講義がされているとのこと。
 いかがですか?
 皆様のご家庭では会話がありますか?
 食事は家族そろって食べていますか?
 家族団欒の一時をみんなで過ごしていますか?
 おじいちゃんおばあちゃんと一緒に暮らしていますか?
 人は一人では生きて行け無い動物です。また一人で生きるという事は人間としてとってもさびしい事です。それなのに現代社会は結婚年齢が高齢になったり、結婚なんか面倒だ!独りで気楽に好きな事をしている方が良い!老後は老人ホームにでもっ入れば・・・と!と家族を持つ事すら否定的に考える若者が増えています。
 なぜ?こんな若者が増えたのでしょうか?
 先ほどの大学の講座ではありませんが、今時の若者たちには『家族愛』の生活が希薄になってしまったからと言い切れなくもありません。一家団欒の楽しみの経験も無く、テーブルを囲んで日常の出来事に会話が弾んだ経験も無く、勉強に、塾に、習い事に振り回されてのんびりと家族と過ごす経験も持っていない若者たちですもの!
 家族があってこそ私が居るのです!みんなと居るからこそ生きる歓びが持てるのです!
 今や老人ホームが大繁盛です。
 そこに入所している人たちは誰ですか?
 きっと!おじいちゃん・おばあちゃんでしょうね。中には前記したような一人暮らしを謳歌して気が付いたら老人になってしまった、私から言わせれば気ままな・身勝手な・人迷惑な老人でせいぜい高額な入所費を巻き上げてやって欲しいと思いますが、そんな不心得な人でなく、おじいちゃん・おばあちゃんと呼ばれる人が何故老人ホームに入所しなければならないのでしょうか?
 確かにそれぞれの家族にはそれぞれのご事情はあると思いますが、自分を産んでくれたおばあちゃんであり、自分を育ててくれたおじいちゃんではないのでしょうか?
 人間愛の根底にある、一番大切にしたい、いや、一番大切にしなければならない『家族愛』が、豊かな経済発展と言う間違った隠れ蓑に隠されて失われていくことは、経済発展以上に築き上げなければならない人としての根本精神ではないでしょうか。
 お金で買えない物、何処にも売っていない物、誰も恵んでくれない物、自分たちひとり一人が心から気づいて努力して、そう、正しく努力して創り上げなければならない物が『家族愛』です!

投稿者 femil928 : 13:55 | コメント (0)

2014年01月09日

ユートピア 『愛』 3

 前回は『祖国愛』『愛国心』について書きました。
 今回は『郷土愛』『自然愛』について考えたいと思います。
 私たちの子どもの頃、学校で歌う歌は文部省唱歌と言って、
♪ うさぎ追いし かのやま こぶな釣りし かの川 ♫
♫ 菜の花畑に 入り日うすれ 見渡す やまの~は ♬
♬ 春の小川は さらさらゆくよ きしのすみれや れんがのはなに ♪
♪ 蛍の宿は かわばたやなぎ ♪ ♫ そろたでそろた さなえがそろた ♫
など等、今も四季の季節を口ずさみながら美しい絵と共にわが故郷を懐かしく思い出します。ひとは単なる郷愁と笑われるかもしれませんが、確かに私の郷愁かも知れませんが、私にはそんな『ふるさと』があり小川でフナ釣りをしたり、夏の夜には浴衣姿で蛍狩りをしながら夕涼みを楽しんだ思い出がありますが、今の子どもたちにはどんな『ふるさと』があるのでしょうか?
 故郷があるという事は心の基地があるという事ではないでしょうか!その基地が美しく優しい思い出の中にあれば、その人は何時でも癒されるのではないかと思います。その心の安らぎがゆとりをもたらし共存共栄の助け合いの思いやりにあふれた社会を構築するのではないでしょうか。
 『故郷』を大切にすることは自然を大切にすることであり、郷土愛に繫がります。
 原発事故で汚染されてしまった私たちの『故郷』ですが、単に原発事故のみならず、乱開発や、持ち家の普及や、一部の人には欠かせないインフラ整備かも知れませんが、ムヤミヤタラに田畑をつぶして道路を作り、コンクリートの器を作り、地球温暖化の原因を助長しています。
 道を切り開いたり、コンクリートの器を造ることを止めて、不要になった建物は解体して、自然の地球を復活させる時が来ているのではないでしょうか!
 農耕地がどんどん宅地化されて、地面がコンクリートで覆いかぶされたために、豪雨は一気に川に集められ水害になり、昔なら田んぼや畑が吸収してくれた夏の猛暑もコンクリートを焼き焦がしヒートアイランド現象で異常な猛暑を引き起こしています。
 郷愁と一笑せずに、もう一度、あの『故郷』を取り戻しませんか!いつの日か子どもたちが郷愁の心で自分の故郷を懐かしむことのできる故郷創りこそが『郷土愛』であり『自然愛』と思っています。

投稿者 femil928 : 10:33 | コメント (0)

2014年01月08日

ユートピア 『愛』 2

 前回は国土愛で『日の丸』について書きましたが、
 ソチ・オリンピックが近づき、サッカーのワールドカップも今年はありますね。これらの国際大会では開会の時や優勝すると『日の丸』が掲揚され、『君が代』が斉唱されますね。
 この時に私は何時でも不愉快になります。皆さんもテレビの画面を見ていて感じませんか?
 日の丸が掲揚され、君が代が吹奏されているのに、当の選手たちは、フラフラして下を向いたり隣同士で話をしていたり、君が代も歌わずに・・・・・。選手一人ひとりの心情や主義がるのでしょうが、少なくとも国際大会に日本国の代表選手として参加している以上は、多くの他の国の選手のように、胸に手を当て(そこまでは・・・)、国旗に向かい国歌を斉唱すべきではないでしょうか!
 しっかり歌いなさい!まじめに国旗を見なさい!と命令したくはありませんが、日本国民として生まれ、この素晴らしい自然と文化に育まれ、努力を認められて日本国の代表に選ばれたことに自信と誇りを持って参加して欲しいと思うのは無理な事でしょうか?
 きっとこの選手たちは、『愛国心』と言う教育を受けていないからではと、ある意味で同情の念すら感じます。戦後教育では日の丸・君が代は否定されてきました。何故なら日の丸・君が代は軍国主義・帝国主義につながる。戦争に子どもたちを行かせないために、平和教育を育むためにはと。
 確かに!絶対!戦争は許されません!いかなる国の為政者も異口同音に『戦争は許されない!』と言っていますが、世界中では戦争の絶えない時はありませんね。挙句の果てには為政者は、「平和を守るための戦争」だと言って各地で戦争を正当化して多くの罪のない人々を苦しめたり、我が国の為政者は『積極的平和』のために、集団的自衛権や憲法九条の解釈にご都合主義を取り入れて改憲を目論んでいます。
 話が少しそれてしまいましたが、日の丸・君が代イコール軍国主義と言った短絡的な考え方はもう止めませんか!もっともっと純粋に、日本国の国旗は『日の丸』国歌は『君が代』と受容して、子どもたちに純粋に国土愛の精神を育んでやりたいと切に願っています。そして、いつの日か私たちの子どもたちが胸を張って誇りを持って日の丸を掲揚し、君が代を大らかに斉唱することが当たり前の日が来ることを夢見ています。

投稿者 femil928 : 09:56 | コメント (0)

2014年01月07日

ユートピア 『愛』 1

 子どもたちの希望と夢に満ちた未来を考えるにあたり、まず第一番目に考えたいのは『愛』という事です。
 『愛』の中でも、祖国愛と言うか、愛国心と言うか、私たちはもっともっとこの日本国を愛するべきではないかと思います。こんなことを書くと、君は軍国主義者か、とか、右翼的だとかと言われがちですが、そんな短絡的な考え方は止めて、純粋に、自分が住んでいる日本国そのものを『愛』したいと提言しているのです。
 私たちが生きているっこの日本国は、四季折々の自然が豊かで、山あり川あり緑豊かな平原があり、四方を海に囲まれ、長い歴史があり、人情味あふれる文化があり、我が国固有の習慣があり、仕来りがあり、季節に従った行事があり、数え上げたら限の無い沢山の誇りが持てる素晴らしい国です。
 しかし、現代は国際化とかグローバル化とか、何だか分けの解らぬ、洋風な考えや仕来りが一種の憧れや自慢顔で、日本国のそれらを否定されつつあるような気がします。
 もう一度この国を見つめ直し、我が国にしかない良い物を大切に、学び育てて行きたいものですね。これが、私が言う『祖国愛』であり『愛国心』です。
 私は国民の祝祭日には、玄関に日の丸を掲揚しています。先日、お正月に玄関に日の丸を掲揚していたら、通りがかりの人が、指差して何かを話し合い、カメラで我が家の玄関を映していきました。何を思って映して行ったのかその真偽は分かりませんが、上記の意味での愛国心から、そして、日本人としての誇りの表現として日の丸を掲揚したいものですね。
 祖国を愛する心を育てたいものですね!

投稿者 femil928 : 12:23 | コメント (0)

2014年01月05日

ユートピア 『初めに』 1

 今、この私たちが生きている現代社会を省みると、何か日々不安を感じ、このまま成行きに任せて年月を重ねていくと、果して、どんな世界を子どもたちに残してあげられるのかと、子どもたちに申し訳ない気持ちになります。
 では、何を改善すべきなのかと考えてもあれもこれもと問題点が次から次と思い当り、一つの問題を改善するには二つも三つも沢山の柵が絡まり合い、二進も三進も進まなくなります。だからと言って何も改善しなければ、どんどん悪くなる一方で、その悪化は奈落の底に向かってどんどん落ちていきます。
 子どもたちに素敵な、希望の持てる未来を残してやるには、今、この時から問題意識を持って、一つひとつを正しく考え直していかなければなりません。皆さんも一緒に考えてみませんか!
 これから、そんな問題意識を持って、私なりに思いつくままに私の考えを、いや、思いつくままに、私の『ユートピア』を書き残したいと考えています。これからの私の文章を展開するにあたり、次の事をお許しください。
 先ずは、これから色々と書いていきますが、これ等の文章を書く資格が私にあるかと言われれば、何にもありません、しかし、だからと言って何もしなければ、間違いなくこの世は奈落の底に落ちてしまいます。私のこの文章で一人でもこの世の改革について考えていただけたら幸いです。
 次に、これからの文章、提言には現実の規則や法律や約束事と言う柵を考えると無理難題ばかりでしょうが、それらをクリアーしながら文章を進めるのは不可能に等しい事になります。それではこのままの流れが、高きから低きに流されるままに流れ落ちるだけです。憲法も法律も条令も大切な『規範』でしょうが、少なくともこれらの規範が緩み、誤解されているためにこの世の中が乱れている訳ですから、必要に応じて改善していかなければなりません。すべてを子どもたちの希望に満ちた夢のある社会を提供するためにとご理解いただき、私の提言を現代社会の『規範』に照らし合わせて「無理」と決めつけずに、考えるヒントの一つとしてお読みください。
 次回からは具体的な面から考えを書いていきたいと思います。

投稿者 femil928 : 19:54 | コメント (0)

ユートピア・『愛』1

 子どもたちの未来に希望と夢の持てる日本国に、いや、日本国よりももっと身近な私たちが住んでいる福島市が素敵なユートピアになったらいいなと願いつつ私の夢を広げてみたいと思います。
 この夢を描くには、第一に私がこんなことを書く資格が有るか無いかは別問題にしたい。それを質したら何も書くことが出来なくなります。どうかその点をお許しいただきたく且つお認め下さい。
 もう一点、これから私の考えを展開するにあたり、次の二点を心にとめて文章を書きたいと思います。それは、第一には、出来るだけ現実の批判を避けて、本来あるべき姿を提言したいと考えています。次には、現実の諸々の縛りを無視して考えを展開するのは無理でしょうが、それらの縛りを一つひとつクリアーしながら展開しようとすると、それだけで展開はできなくなりますので、それらの縛りは必要に応じて改善する方法を付記しながら展開していきたいと考えています。その点もご承諾ください。
 それでは素敵な日本国、生きる歓びを実感できる福島市を子どもたちに提供するために・・・・・

 初めに、『愛』を提言したい。
 
 私たちは『愛』の心を忘れてしまったと思います。例えば昔の多くの家々では祝祭日には玄関に日の丸の国旗を掲揚していました。私たちは日本国国民である埃を忘れてしまいました。「日の丸」イコール軍国主義とか右翼とか決めつけがちですが、そんな偏った決めつけた考え方はやめて、純粋に日本国の国旗は『日の丸』でありその国旗を掲揚することで日本国の国民としての『誇り』を純粋に胸に抱く、それで良いのではないでしょうか。一人ひとりの心の拠り所、それが日本国であり、日の丸であり、福島市の市旗でありたいと願います。それが第一の『愛』です。

投稿者 femil928 : 08:54 | コメント (0)

2013年02月10日

悶々

悶々
 しばらくぶりでした。女子柔道の暴力事件、有名スポーツ校の暴力事件、相も変わらない学校のいじめ問題、それぞれに対する連盟・学校・教育委員会の対応など報道を通して知る限りは、どれ一つ根本問題に触れず、泥縄的、付け焼刃的、被害者の立場ではなく、自らの立場の擁護に主力が持たれ、責任転嫁に躍起になっているとしか考えられない内容で、日々悶々としていて、教育改革の筆が走らないのが現状でした。

すべては子どもたちのために

 子どもたちの本当の幸せを考えるときこんな出鱈目な解決方法で問題解決とすることで良いのでしょうか?

すべては子どもたちのために
 
 なぜ?なぜ?なぜ?このような事件が起きているのでしょうか?

すべては子どもたちのために

 女子柔道の監督もコーチも、オリンピックで一つでも多くの金メダルを取りたいと考え願っているから、強くなる方法を本気で真剣に『教え』、何度も何度も繰り返し指導して『育てよう』とする余り、覚えの悪い子、育ちの遅い子にはついつい、本気であればあるほどムチ(激励と失望の入り乱れた感情表現)が入るのでしょう。このムチにも色々なムチがあることと思いますが、目標を高く持てば持つほど暴力に近い過激なムチになり、こんな問題になるのでしょう。

すべては子どもたちのために

 有名スポーツ校の部活動でも、多くの子どもたちはその有名校に入学してレギュラ選手になりたくて頑張っています。きっと多少の体罰は覚悟の上の入学でしょう。建前では「そんなことありません」と云わなければなりませんが、そうです!そもそもこの様な建前で現実を隠してしまい本音が言えない状況が問題解決につながらないのです。顧問の先生は学校の伝統を守るために本気でビシバシと『教え込もう』とします。子どもたちも一流選手に『育ててもらおう』と考えています。そこには両者の間で、ある時には父兄も交ざって多少の厳しい指導は願っている事であり、そうしなければ全国一、日本一にはなれないのが現状でしょう。
  
すべては子どもたちのために

 いじめの問題も不登校の問題も非行の問題も原因はスポーツ界の暴力や体罰問題と同じことです。学校では先生が一生懸命に情熱をもって『教えよう』とします。子どもの個人的興味や能力の差など考慮できずに、文科省の指導要領に沿って年間の決められた時間数の中で、言葉は不適切かもしれませんが、一方的に『教え込まれ』ます。そうすることが子どもたちを『育てる』ことだと確信をもって育てようとします。先生の情熱と本気についていける子どもは育ちますが、そうでない子には、本来楽しいはずの学校がつまらないところになり、いじめや不登校になり非行へと発展しているのです。

 すべては子どもたちのために

 『教え』『育てる』つまり『教育』が続く限り、目標が設定されそれに忠実に結果を求め続ける以上、指導者が情熱を持てば持つほど暴力体罰、いじめ、不登校、非行はなくなりません、と云う事はご理解いただけますか。

  すべては子どもたちのために

 多くの子どもたちの問題を解決するには、教育ではなく『学育』つまり『学び』『育つ』、教師が主体でなく、子どもたちの自主性を大切にした『学育』に転換しなければ解決はできません。選手が、子どもたちが『学びたい』環境を作り、子どもたちの自主性がより上に向上する意欲に導いてやれる『認める言葉』を掛けられる環境が整わなければ問題の解決はできません。

 すべては子どもたちのために

 やる気を育てることが本当の育てです。やる気は多くの経験と失敗とを乗り越えて『やればできる』の自信を体験させることで培われるものです。
 教育をもう一度、建前でなく本音で考え直したいものですね。そして、その時にはいかなることも子どもの事を考えて、子どもの幸せのために私たち大人は教師は指導者は何をするべきかと云う原点に立ち戻って考えれば間違った解決策にはならないと確信します。

  悶々がさっぱりした訳でもありませんが、ひと区切りをつけて、また、教育改革「学育のススメ」を続けたいと思います。

投稿者 femil928 : 15:54 | コメント (0)

2013年01月15日

ちょっと寄り道 2

 ちょっと寄り道 2
 この成人の日を含む三連休、私は、スカパーで『日本で一番長い一日』と遠藤周作の『海と毒薬』の二本の映画を見ました。
 あらすじは、『日本で一番長い一日』は第二次世界大戦の終戦を迎える昭和20年8月14日からよく15日の玉音放送までの、陸軍・海軍・政府内閣と天皇陛下を巻き込んだ(?)ポツダム宣言の受諾についての駆け引きが主題で、その駆け引きによって罪のない国民の尊い命を奪われ国土が焦土化される、戦争とは何なのか?と考えさせられる映画でした。『海と毒薬』ではある医科大学の医学部長の椅子を巡る教授と研究医の権威に連なる冷酷な主従関係、教授の名声のためには患者の命や戦争捕虜の命は虫けら以下、そんな医学界の事実が軍法裁判で裁かれる、しかし、戦後数年の後はそれらの教授をはじめとする関係者は何故か全員無罪放免となる不思議が描かれていました。
 すべては子どもたちのために
 私たちは子どもたちに、いや、すべての人々に平和を指導し、いかなる戦争も許さないと教えているのに、現代社会、この地球上では未だに戦争が絶えません。あの戦争の悲惨さは、その戦争による一般市民の無残な被害は、我が国土では一回も戦争をしたことのない米国が、世界平和のためにとか、悪に対する正義の戦いと称して他所の国に行ってその国土を戦場として一般市民の犠牲のもとに戦争を広げています。
 すべては子どもたちのために
 先日ある報道番組で、司会者がある党首に「地球上から武器弾薬が無くなれば世界は平和になるとお考えですか?」との質問に、日頃から反戦を唱えているその党首はしどろもどろの返事しかできませんでした。『海と毒薬』の教授の「出世欲と良心」、『日本で一番長い一日』の陸海軍の大臣その部下たる将校たちの統制された天皇陛下に対する「忠誠心」、その裏で蠢く「経済力」、これらが無くならなければ『争いごと』その発展形の『戦争』は無くならないのではないでしょうか。
 すべては子どもたちのために
 『良心』『出世欲』『忠誠心』『経済力』これらは人間形成の上では大切な事ですよね。徳川家康の云う、過ぎたるは及ばざるがごとし、なのでしょうね。出世欲も単に自分の中でより良い自分の探求としとればよいものを他人を押しのけてとなるから、しかし、出世とは・・・と考えると。忠誠心も人間社会と云う組織の中で生きるには大切な心構えですね。しかしこの忠誠心も度が過ぎれば命知らずの特攻隊に・・・。経済力もある意味では人間の生きる目標であり原動力ですよね、経済に無頓着でエデンの園のアダムとイブのように無気力では発展は望めません。良心、これは一番難しいものかもしれません。良心とは何ですか?良心の基準ってどこですか?『日本で一番長い一日』の中で、健康な戦争捕虜に麻酔薬を打って生命力の実験台にして殺す場面があり、ある研修医は良心がとがめて苦しむが、ある研修医は「あの捕虜も単に銃殺刑で殺されるよりはこうして実験台になり医学界発展に貢献したと思えば無駄死にではない」と嘯く。これが、この研修医の良心かも知れません。『海と毒薬』の中でも手術の失敗で若き乙女の命を奪いながら、手術の失敗を隠して術後の経過の中で死亡したことにして平然と日常生活を振る舞える神経は、我々には良心の呵責に耐えかねませんが、あの教授にすれば人の命が絶える場面を日常茶飯事に見ていればあれが良心なのでしょう。
 すべては子どもたちのために
 止め処のない話になりました。書いている内にも自分で泥濘にでもはまって行く様な、何処に着陸すればよいのやら???
 続きは又いつの日か心の整理が出来たら。

投稿者 femil928 : 09:45 | コメント (0)

2013年01月10日

教育改革 学育のススメ 6

   教育改革 学育のススメ 6

 満2歳になったら始まる幼児学校ですが、この学校の修学年間は個人差が優先します。

 すべては子どもたちのために

 入学判断は、ある程度の身辺自立が出来ているか、善悪の判断が出来るか、そして何よりも、子ども自身が子ども社会を求めているかなどが判断基準になります。
 幼児学校の2,3~4年間では、個人差がありますので就学年齢はまちまちですが、一応満六歳になるまでは幼児学校生です。
 
この学校では、子ども社会で日常の生活を通して、社会性を身につけ、集団の中で自分をどのように表現できるか、集団の中でどうすれば調和できるか、集団のルールに従って自分のやりたいことをどうすれば最大限達成できるか、と云った公衆道徳を学び、と云っても机に向かって学ぶのではなく、遊びを通して、助け合い、教え合い、時には喧嘩をして仲直りする過程で友だちの大切さを学び、憧れや尊敬や労りや優しさを体で現場で自然の中で学び育てるのが目的です。学育です!
幼児学校での最低限取得しなければならない内容は、社会性・公衆道徳・意欲・集中力・創造力・そしてひらがなとカタカナと若干の漢字の読解力です。
 すべては子どもたちのために
 これ等の力を身につけさせる具体的指導方法はいろいろありますが、私は、
 子ども社会を大切にして大人はそっと見守り干渉せず、子どもたちが子ども社会の中で思いっきり自分を出して遊ぶこと、
ではないかと思います。

すべては子どもたちのために

 子育てで一番大切な事は、子ども社会を提供することです。
 私たち大人は、子育て=大人が指導すること、と考えがちです。しかし、子ども社会をそっと見てみてください。そこには立派な兄貴(たまには2~3才クラスの兄貴もいます)、立派な先生役、裁判官、正義の味方(時にはわるもの)もいます。
 大人社会の小型版です。そこの先生は大人の先生ほど理路整然としていませんが、子ども同士にしか通じない言葉で、いとも簡単に分かりやすく教えてくれます。4歳児が2歳児に指導されていることもあります。裁判官も正しく公明正大に正しいは正しい、悪は悪と年齢性別関係なく正しく裁判します。判決が正しいのですからイジケル子どももいなければ心に不満を抱える子どももいません。今流の正義の味方は知りませんが、銭形平次や月光仮面、鞍馬天狗、ウルトラマンが沢山いる子ども社会ですから、賄賂(時にはお弁当で、ある時はおやつを分けてする子も)も、便宜(あることもありますが、その際の袖の下はありません)は直ぐに摘発されて更生させられます。
 すべては子どもたちのために
兎に角、子ども社会をそっと言葉かけせずに鷹揚な目で覗いて見てください。思わず笑ってしまいますよ!

投稿者 femil928 : 10:22 | コメント (0)

2013年01月09日

『教育改革・学育のススメ』 5

 教育改革・学育のススメ 5

 『お母さん学校』では心の優しさ、思いやり、ぬくもりと善悪の判断を体で覚えると書きましたね。もう少し内容に触れておきましょう。
 すべては子どもたちのために
心のぬくもり、優しさは教えて出来るものではありません。
ぬくもりはそのものズバリ体で感じ取るものです。お母さんが授乳するとき胸に抱きしめて、温かいまなざしで見守り、心ゆくまっでオッパイを飲んだ時に、お母さんの愛情を感じとり、お母さんの胸の温かさ、オッパイのあたたかさ、手のひらの心地よさ、お母さんの笑顔の優しさ美しさを感じながらぬくもりを学び、お母さんの優しい言葉かけと口ずさむ子守唄を聞きながら心地よい親子の関係を学ぶのです。
 すべては子どもたちのために
 この教育はお母さんにしかできない教育です。当然ですよね!『お母さん学校』ですものね。第三者には絶対できない教育です。乳幼児施設(この教育改革では在り得ない施設です!)の先生は、私たちは親身になって保育していますから出来ますし、現実にやっています、と云うかもしれませんが、お母さんの我が子に対する愛情と比べたらお母さんの足元にも及ばないはずです。もし保母の先生に負けるお母さんでは考え物ですし、お母さんと同程度の愛情を持って愛情を捧げられる先生が居たらこれは一種の悲劇です。何故なら、お母さんの愛情は、目に入れても痛くない、食べてしまいたいほど愛おしい、言葉は適切ではないかもしれませんが、メチャクチャに我が子は可愛くて愛おしくて、何でも許されるほど、兎に角可愛いのです。その愛情を第三者がやってはいけないのです。
 すべては子どもたちのためにメチャクチャの愛情はお母さんだけが出来る、言うなればお母さんだけに与えられた特権です。第三者には第三者としてやらなければならない愛情があります。それはお母さんと第三者では対応が全然違うのだと子どもに知らしめることが愛情です。それでこそ子どもには母親の愛情の優しさ、温かさが分かり心の基地が出来るのです。愛に満ち溢れた親子関係が出来るのです。お母さん!思いっきり貴女の愛情を我が子にかけてください。一般的常識の限界がありますが、そんなに冷静にならずに貴女の気持ちの許す限り、思いっきり我が子を愛してやってください。それが出来るのもお母さんの特権です。
 すべては子どもたちのために
メチャクチャ愛せる特権ともう一つの特権があります。それは、子どもが良い事をしたらなめるように褒めてやり、しかし、逆に悪い事をしたらお尻や手をしっかり叩いてください。これは俗にいう『しつけ』です。しつけは自我が目覚める前に体で痛みを伴って学ぶものです。幼稚園や小学校では「しつけ」はできません。良い事をしたら褒められる。悪い事をしたら痛みを伴って叱られる。これを子どもに体で学ばせるのが『しつけ』です。服や着物を作る時の『しつけ』と同じです。形が出来上がる前にするのがしつけです。子どもが自我に目覚める前なら(出来上がる前と同じです)叩かれても「いたい!」と感じるだけでそれ以外の何物でもありません。しかし、自我が目覚めると、叩かれると、子どもは「なんでおれをたたくんだ」と時には逆恨みをします。これでは善悪の判断が出来ません。『悪い事をしたから痛い!』『良い事をすれば褒められる!』『痛いから悪い事はしない!』この感覚を学ばせるのが『しつけ』です。
 すべては子どもたちのために
 
ご理解いただけたでしょうか。お母さん学校はその子の基本中の基本『三つ子の魂』を育む、片手間(ごめんなさい、そんな気持ちはありませんよね)に出来るものでは無いのです。お母さん、お宅の可愛い子どもの将来を左右する『お母さん学校』の先生を受け持ってください。
 べては子どもたちのために
一人でも二人でもこのブログを読んで『お母さん学校』の先生になってもらえたら、子どもに代わって感謝の言葉を述べたいです。ありがとうお母さん!!

投稿者 femil928 : 10:14 | コメント (0)

2013年01月08日

『教育改革・学育のススメ』 4

  教育改革 学育のススメ 4

 満二歳になったその日から入学する幼児学校以前は、これも義務学育の『お母さん学校』で学ばなければなりません。しかし、このお母さん学校では学費はかかりません。子どもたちがこのお母さん学校で学ぶことは、人のぬくもりと優しさ、そして、良い事をしたら褒められる、悪い事をしたら叱られる、つまり、善悪の判断力を身をもって体で、本能で、学ぶことだけです。

 すべては子どもたちのために

 ところで、義務教育とは、みなさまはどの様に受け止めていますか?

 義務教育の義務とは、誰を対象にした義務でしょうか?

 きっと、多くのみなさんは、子どもが学校に行く義務だと考えていらっしゃるのではと思います。ですから、子どもが学校に行かないと心配になり、無理矢理学校に行かせ、先生も学校に来ることを強要します。しかし、この義務は子どもを学校に行かせる義務ではありません。この義務は、親の義務です。親が子どもに教育を受けさせる義務です。昔は生活のために、又は生きるために、子どもを学校に行かせず働かせていた時代がありました。貧乏で子どもたちの教育を受ける権利を奪っていた時代には親に教育を受けさせる義務を課したのです。それが義務教育なのです。ですから、教育を受けさせる場所は何処でもいいのです。しかし、教育は系統立てて教えなければなりません、それには学校教育が最適だろうとの考えから学校が各地域に設置され、みんなが学校に通うようになり、義務教育とは学校教育を子どもが受ける義務と解釈するようになったのでしょう。

 すべては子どもたちのために

 もう一度押さえておきましょう。
 義務教育とは、親が子どもに、6歳の4月から15歳のその年度の3月までの9年間、働かせたりせずに教育を受けさせる義務がありますよ、と云う親に対する義務であり、その教育には必ずしも学校でなくてはならないとは定められてはいないという事もご理解ください。

 すべては子どもたちのために

 子どもに教育を受けさせる義務、ですから『子育て』『お母さん学校』も子どもにとっては教育される環境ですので、義務教育の一つであり、最も根底に位置する大切な義務教育の土台です。お母さん学校の先生、つまり、お母さんの腕の見せ所であり、我が子の将来はお母さんの腕に掛かっていると云っても過言ではありませんよ。頑張れがんばれお母さん!!

               続きは次回に

投稿者 femil928 : 07:47 | コメント (0)

2013年01月07日

ちょっと寄り道(金環食・石川達三)

ちょっと寄り道(金環食・石川達三)

 今日、『金環食』と云う昭和50年作の映画を見ました。昭和50年の作品ですのでその当時、若者だったり、世の中の流れが何かおかしいぞ?と思い始めた人の間ではご覧になられた方も多くいらっしゃると思いますが、今回改めて観て、よくぞ石川達三もあれだけリアルな表現をしたものだと感動すると同時に、石川達三の作品の多くが絶版になっている理由がわかりました。
 『金環食』のあらすじは、昭和30年後半から40年前半、つまりあの総理からあの総理の頃、ダム建設を巡る政界と大企業と官僚間で起きた闇取引とそれに伴う莫大な政治献金と金権に群がる役人同士の醜い戦いが、当時の時代が分かる私たちには、あの総理は誰で、あの大臣は誰々で、あの企業はどこそこで、その裏で操っているボスが誰でとわかるだけに、石川達三の勇気あると云うか無謀な反社会的挑戦に驚くばかりでした。
 すべては子どもたちのために
 この映画を見ていて、本当に、これだけ政治と企業と官僚が『金』と云う魔物の虜になって自分の私利私欲に自分の立場もプライドも教養も理性もかなぐり捨て去り、振る舞うことができる人間にしたのは何なのだろう、と考えさせられました。
 すべては子どもたちのために
 この腐敗しきった社会を治すには・・・・。政治家を治す…無理だよね!官僚の根性を治す・・・・これも無理だよね!癒着する大企業の体質を治す・・・・これまた利益を追求する企業としては絶対に出来ることではありませんよね!
 すべては子どもたちのために
 世直しの特効薬は?絶対にありません!出来上がった政治家には無理!官僚には無理!企業家には無理!となれば残る解決策は、これからの日本国を担う子どもたち、この子どもたちを人間として正しく生きることのできる知性溢れた・理性を持った立派な日本国民に育てることが一番の近道ではないでしょうか!
 すべては子どもたちのために
 『国家百年の計は教育にあり』正しく子どもたちの教育を真剣に改革することが、未来永劫に国民全員が幸せに暮らせる日本国を取り戻す、そうです!取り戻す確かな道ではないでしょうか。
 すべては子どもたちのために
 と書きますが、すべては子どもたちのために、とはその先には、すべての日本国民の幸せにつながり、それは世界平和、人類社会の人間らしき幸せの実現につながると確信しています。
 今年度のブログ『教育改革・学育のススメ』が世直しに一石を投じることが出来れば、一歩だけ子どもたちの幸せが近づくことを願って最後まで続けたいと心を引き締めました。
       次回は本題『教育改革・学育のススメ』に戻ります。

投稿者 femil928 : 19:14 | コメント (0)

2013年01月03日

教育改革 学育のススメ 1を再アップ

 教育改革 学育のススメ  1

2013年、巳年、明けましておめでとうございます。
 新年、元旦、よぉ~し!今年こそがんばるぞ!!
と例年、気張るのですが、気が付いてみると・・・・。
 でも!でも!でも!今年は今までとは違う一年にするぞ!!

 すべては子どもたちのために

 そうです!今年はいつでもこの『すべては子どもたちのために』を忘れずに、子どもたちに『素敵な未来』を提供するために、私たち大人ができることを積極的に考えたいと思います。

 すべては子どもたちのために

 今年は『教育改革 学育のススメ』と云う題でこのブログを展開したいと考えています。

 まず、なぜ『教育改革』なのか、について書きましょう。

 一千兆円もの借金を抱えた日本国を再生するには今までのような政策では解決は難しいと思います。相当の荒療治をしなければなりません。何か一つを改善しようとすればいろいろな法律や条例などで規制され、その規制を緩和するにはまたまた今までの慣例が邪魔して、結局のところは何も改善できないのが現状です。
 今回の教育改革も今までの制度を尊重しながら改善しようとすれば、何一つ改善できません。ですから、『教育革命』とすべきでしょうが、現行の教育制度にも良いところが沢山ありますので『教育改革』と位置づけしました。でも、法律や条例などで規制される改革はそれらを無視して論を展開しますのでその点をご理解いただければ幸いです。

 すべては子どもたちのために

 もう一点この論を展開するにあたり公序良俗的に如何なものか、例えば、生活保護の廃止などの過激な表現があるかもしれませんが、大局的観点からのオーバーランと受け止めていただければ幸いです。しかし、このオーバーランが出来なければ改革も儘ならぬ事項であることもご理解くだされば幸いです。

 まず初めに、六・三・三・四制の改革について始めましょうか。
 現行の学制は小学校六年、中学校三年、高校三年、 大学四年とし、小学と中学の九年間を義務教育期間としていますね。
 これを、四・四・四・四・四制にして、この二十年間を義務教育期間にすべきです。

         続きは2日の「教育改革 学育のススメ 2」に続きます。

 この文は2013年の年明け早々にアップしましたが、私のパソコン操作ミスでアップされていませんでしたので今日改めてアップしました。ブログのアップ順が前後しますが宜しくご理解ください。

投稿者 femil928 : 09:22 | コメント (0)

2013年01月02日

教育改革 学育のススメ 2

教育改革 学育のススメ 2

 義務教育、四・四・四・四・四制とは、幼児学校四年、小学校四年、中学校四年、高等学校四年、大学四年の二十年間です。

 すべては子どもたちのために

 どの子も、満二歳になったら義務教育がスタートします。

 その前に『教育』と云う言葉を使うのを止めましょう。
 教育と云う言葉には言語的には素晴らしい意味合いがあるのですが、一般的に教育と云う言葉には、『教え育てる』と云う意味合いがあります。つまり、教え育てることが教育と受け止められやすいと思いませんか。
「教育する」と云うと、先生や年長者や先輩が生徒や若輩者や後輩に、教えて、育てるという関係が成立し、先生と生徒の上下関係、主従関係、教える立場と教わる立場が出来てしまいます。その関係には先生が主導権を持ち生徒は従わざるを得ない立場が出来上がります。生徒が分からないのは、教育されていないから、先生の指導が悪いから、生徒の求める内容と関係ない内容が指導されるからと先生の責任に転嫁されがちです。先生側から見れば、あの子は理解力が無いから、日頃の学習態度が悪いから、家庭学習をしていないから等と。
こんな先生と生徒の関係だから、熱心な先生の指導が実を結ばず、生徒の向学心が育たないのです。
教育の代わりに『学育』と云う言葉にしませんか。
学育とは、学び育つという意味合いの言葉です。私が創った言葉です。
この学育では、学ぶも、育つも本人です。つまり、先生も生徒も学ぶ本人であり、育つ本人です。出来る出来ないも本人の問題です。生徒は出来ないのは自分の努力が足りないことを反省し、先生は生徒がつまずく原因がどこにあるかを学び如何に助言すればよいかと育ちます。昔の、吉田松陰の松下村塾や福沢諭吉の慶応義塾も大隈重信の早稲田もみんな学育の場でした。松陰も諭吉も重信も何も教えませんでした。塾生は自らの向学心に沿った学問を自学自習して解らないところを塾頭に聞き、塾長に相談するだけ、吉田松陰は年柄年中酒を飲んでごろ寝をしていたとか、それでも多くの明治維新の志士を育てたのです。これこそが本当の学問の場ではないでしょうか。

すべては子どもたちのために

これから、極力「教育」の文字を使わずに『学育』を使いますが私の気持ちを汲み取っていただけたら嬉しいですね。

さて、四・四・四・四・四制の義務学育の本題ですが、明日に書きたいと思います。

         明日もお付き合い下さいね。

投稿者 femil928 : 07:46 | コメント (0)

2012年12月11日

感動、(考えられますか?)

 エミール幼児園では、毎週一日剣道を子どもたちは経験します。そして、剣道に興味を持った子どもたちが毎週火曜日と金曜日の2回剣道教室で稽古に楽しんでいます。その指導をされている先生の話で【感動】した事を書きたくてパソコンを開きました。

 先生のお話によりますと、先生は毎月1回東京の武道館に稽古を着けるために、指導者として行かれるそうです。指導時間は夕方6時から7時までの1時間、指導を受ける剣士は一人の先生に約5~6人、多い時には10人を超すこともあるそうです、そうなると、一人当たりの稽古時間は5~6分とか、その稽古に参加したく集まる剣士は5~600人、受講料は無料だそうです、つまり全国からいらっしゃる約6~70名の先生方に指導を受けたいと思う剣士は無料で指導を受けられるのだそうです。そして、驚きと言うか感動と言うか、全国からいらっしゃる先生方に支払われる指導料が、いくらだとお思いですか?僅か2000円だそうです。エミールで指導されている先生も往復12時間ぐらいかけて、ガソリン代かけて、高速料金を支払って、全国からいらっしゃる先生の中には、青森や熊本や鹿児島からいらっしゃる先生も居るとか、4~5万かけて僅か1時間の指導のために。

 プロ野球の一流選手が少年野球の指導に、毎月1回全国各地に出前指導に交通費は自腹で、指導料は2000円で遣ってくれますか?

 プロゴルファーが毎月1回一定の練習場でもかまいませんから希望するアマチュアゴルファーに指導会を開き2000円の手当てで受けてくれますか?

 有名な講師が自腹を切って講師料2000円で子どもたち学生に講演会を開いてくれますか?

 剣道界の先生方のこの活動に頭が下がる思いと伴に、もっともっと多くの、いや、すべての分野の指導者たちがこの剣道界の先生たちの爪の垢でも煎じて飲んで、多くの若者たちを育てるぐらいの心意気があったらいいなとしみじみと感じた次第です。

投稿者 femil928 : 21:16 | コメント (0)

2012年12月10日

総選挙 2

 今日、昨日のブログを読んだという若者と総選挙に付いて雑談をしました。

 さべては子どもたちのために

 選挙制度や投票日の平日投票などは面白いとの事で話が弾みました。
 しかし、今回の総選挙での投票判断では、何を基準に投票すべきかで判断に困惑しているとの事で、消費税の賛否が基準かな?いや、脱原発が基準か?いやいや、それよりも先に税金の無駄遣いの解消が基準だ!それも大きな問題だけど、TPPの問題も・・・・・と話しているうちに、
この世の中を、日本を正すには今何が一番に遣らなければ成らない事だろう
 と言うことになり、まずは「税金の無駄遣い」となりましたが、税金の無駄遣いを正すことは、言葉で言うほど簡単ではないのではないでしょうか。国会議員がそれぞれの族議員に成っている以上、他者の予算の削減は主張できても、自分が属する分野の予算を削減すれば自分の政治生命に関わります、故に無駄とは分かっていても削減できないから、消費税の増税に結びつくのではないでしょうか。税金の無駄遣いをなくすには単に予算編成で組み替えても、見直しても、「八ッ場(やんば)ダム」の例を見ても明らかに、出来ないことです。選挙制度を変えない以上は不可能と言えるでしょう。

 すべては子どもたちのために

 世直しの一番の近道は【教育】です!
 国家の計は【教育】にありと昔から言われています!
 
 すべては子どもたちのために

 世直しの王道として【教育】を見直すのだから、現行の教育制度を根本から見直して、子どもたちの教育は大学生まで義務教育にして、学費は国の予算を使って全額無償。学年の進級条件も単に年齢で決めるのではなく修学度で判断し、日本国民として立派な人として社会に出て国家の繁栄に役立つ青年育む事が学校教育であり、社会では青年学校、壮年学校、老年学校と本人の希望で生涯学習が出来る環境を整備するのが国の教育行政の仕事とする。立派な教育を受けた日本人なら現代のような滅茶苦茶な世の中をきっと正してくれます!!原発問題も、増税問題も、無駄の削減も政治の問題にはなりません!懸命な人間の集団が行う政治は成熟した本当の国民の幸せを求める希望と夢を持たせてくれる政治です!

 すべては子どもたちのために

 今回の総選挙、その第一歩になることを心から願って!!

投稿者 femil928 : 19:46 | コメント (0)

2012年12月09日

総選挙

 自分の政治屋さんの運命が途絶えるのが嫌で、二日伸ばし、三日伸ばししていた政権与党がどんな三党合意を得たのか解散して、やっとのことで総選挙に漕ぎ着けたようです。

 すべては子どもたちのために

 選挙戦がスタートして何日になりますか、私の地区には一人の女性候補が名前の連呼で通り越しましたが、来週の日曜日まだ後一週間、さて何人の候補者の意志が聞かれるのか?

 すべては子どもたちのために

 前回の総選挙の時は、何か日本が変わる!との期待にあふれて選挙に行きましたが、今回は、果して選挙に行ったものか、どうするかと気持ちが乗りません。
 きっと私だけでなく多くの国民が、国政選挙にしろ地方選挙にしろ、我々が唯一参戦できる『選挙権』の権利と義務を履行する意欲を失っていると思うのです。そこで、国民が、全員が選挙する方法を考えました。

 すべては子どもたちのために 

 第一に立候補者には資格審査テストを義務付ける。
 地盤・カバン・看板の三つがあればどんな二世でも三世でも当選できる選挙制度だから、漢字も読めない、恥も外聞も知らない、責任の取り方も知らず親に泣きついたり奥さんにアドバイスされたり、挙句の果ては秘書の責任にして自分は知らぬ存じぬを決め込んだり、こんな政治屋さんに日本国を委ねる訳にはいかないでしょう!教養も品格も人格も立派な人にこそ私たちの貴重な一票を投じたいものですね。そして、議員定数も減らして、例えば、衆議院は200名、参議院は100名、議員報酬は一人当たり年間5億円にして、企業献金や個人献金をもらった議員は理由に関係なく辞職。私たちも本気で考えて投票するでしょうね。地方議員も議員定数を削減して議員報酬は現行の数倍にすべきです。議員は専従として兼業を認めないためにも議員報酬は議員の誇りと責任の重さに足りる額にすべきです。

 すべては子どもたちのために

 第二に、選挙運動期間を2~3カ月にして、候補者の考えをしっかり理解してから投票できるようにすべきです。これからの一定期間を任せるに足りる人に議員になってもらわないと困りますものね。又、当選後直ぐに議員になるのではなく、半年とか、特に首長は一年ぐらいの見習い期間を持つために選挙は早めに行うべきdす。行政には空白期間は認められませんからね。

 すべては子どもたちのために

 第三に、投票日は平日の午前8時から12時までの4時間、その日は仕事も完全に休みとして全国民、全市民が投票しなければなりません。これで、投票率は100%になります。投票率2~30%の選挙で選ばれた首長が4年間首長を務めるなどは不思議なことですものね。選挙は100%の選挙民の投票できめるべきでしょうね。

 すべては子どもたちのために

 第四に、選挙は、当選させたい人の名前を書くだけでなく、当選させてはダメな人の名前を書くことも認めるべきでしょう。地方議員は難しいでしょうが、首長や国会議員には是非とも取り入れたいと思います。首長が無投票で4年間務めることは不幸です。一人の立候補でも信任投票的選挙が出来るならば選挙権の履行もし甲斐があるでしょう。当選は信任票と不信任票の差で決め、首長はその差が選挙民の過半数にならなければ再選挙にすることで選挙民の選挙の意義が高まります。選挙は100%の投票で選ばれてこそ当選の意義があると思います。

 すべては子どもたちのために

 今回の選挙でも、当選させたくない人には名前を書いて、大きくバッテンを書いても良いならきっと投票率は上がるでしょうね。みんなの投票で国民のためになる議員さんが誕生することを心から願う一人です。

投稿者 femil928 : 11:12 | コメント (0)

『子どもの貧困を考える』とは?

 雑誌、「日本の学童ほいく」の12月号に、子どもの貧困を考えると題して特集が組まれていました。
 その冒頭に、北海道大学大学院教育学研究院の松本伊智朗さんが
 「子どもの貧困」という特別な新しい貧困があるわけではありません、基本的には貧困そのものです。「子どもの貧困」はその一側面として理解される必要があります。貧困は社会における富の分配の不平等に起因します。したがってその対策は税や社会保障による所得の再分配と不平等の緩和が基本です。加えて生活に直接かかわる労働条件や住宅、教育や保育、医療等の整備を行い、全体として貧困に対する防波堤を作る政策が重要だ。子どもの貧困率はここ20年間上昇の傾向にあり、1985年には10.9%だったのに、2009年には15.7%に上昇し、フィンランドの5.3%、デンマークの6.5%を大きく上回っています。そして、日本のこどもの貧困率は母子世帯に高く、母子世帯の就労率は世界的にも高いのに貧困率が高いのは失業ではなく低賃金によると考えられます。つまり子どもの貧困は女性の貧困と深くかかわり、社会における女性の不利の解消が子どもの貧困の緩和には重要だ。子どもの貧困は、単に経済的貧困に止まらず、教育的不利、就職的不利如いては子どもたちの希望や夢をも奪いかねません。  ・・・・云々。と述べています。

 すべては子どもたちのために

 皆様はこの文章を読み、「子どもの貧困」についてどのようにお考えですか?

 すべては子どもたちのために

 富の分配の不平等。大きな問題です。年収2~300万の人が大勢いるのに、年収2000万、3000万、いやいや1億、数億の人も日本国民の数(数とは5,6,7を表す文字です)%います。同じ人間で何処にそれだけの格差が立証されるのでしょうね?10倍20倍ぐらいは不平等とは言えないと思いますが、100倍200倍は不平等以外の何物でも・・・・・。しかし、しかしですよ、億万長者の道は誰にも開かれている道です、その道に向かって努力もせずに不平等!不平等!と叫ぶのも考え物ですよね。ただし、もう少し格差を縮める努力を働く者も経営者もすることが望ましいでしょうね!!!

 すべては子どもたちのために

 不平等の解消に、税や社会保障による不平等の緩和が基本。この考えが今の日本国をダメにしている大きな問題ではないかと思うのです。何かの不満があると直ぐに国の援助を求める。これは表現が悪いかもしれませんが『タカリの根性』ですね。「国が悪い!」「行政が悪い!」と自分の義務も果たさずに責任の転嫁で他者を責めたてる。何でもかんでも国に支援を求める。求められた国会議員の政治屋(敢えて『屋』)さんはそれこそが福祉、福祉に理解を示せば次の選挙も勝てる、とばかりに支援策をばら撒き税金の無駄遣いを政治活動と嘯いているのでは。不平等の解消に『税』を使ってはいけません!『税』の使い道はもっと慎重に大切に使って欲しいものです!政治家(敢えて『家』)の仕事は『税金』を使わずして不平等を解決することに努力することです!

 すべては子どもたちのために

 つぎに、生活に直接かかわる労働条件。母子世帯の失業でなく低賃金が問題。ですが、その前に『母子世帯』について、一般的に母子世帯と云うと、家族構成的に見て、父親が居なくて母と子どもだけの世帯を母子世帯とと云いますが、私はこの考え方、見方、が世の中の混乱を招き子どもの貧困を引き起こしているのだと思います。そもそも母子世帯には二種類あります!一つは『不運母子世帯』です。ご主人を不慮の事故や病で亡くして不運にも母子世帯になってしまった世帯です。この世帯には手厚くきめ細やかな心配りで支援しなければなりません!これが『福祉』です!!!もう一つの母子世帯は如何なる事情があるかは聞きたくもありませんが、男(ここでは父親とは言いたくありません、何故なら一般の頑張っているお父さんと同列に置きたくないから)と女(これも同じです)が好き勝手な理由で別れてしまった母子世帯、これを『身勝手母子世帯』と名づけましょう。この『身勝手母子世帯』があるから労働条件が劣悪になるのです。パートだ。非正規だ。派遣社員だ。挙句の果てに日雇いだ。これでは高賃金はもらえません!労働条件が改善されません!低賃金でも、労働条件が悪くても子どもの生活を考えれば・・・・。子どもの事を考えるほどならまだましですが、スマフォの利用料と月賦の支払いと・・・・など等のために低賃金に甘んじて働くから、悪循環で低賃金になり労働条件が悪くなるのです。こんな『身勝手母子世帯』の発生を認めない日本国にしなければ「子どもの貧困」はなくなりません!『身勝手母子世帯』には一切の支援をしないことが『身勝手母子世帯』の発生を未然に防止できる手段です。喧嘩している男と女の間で生きている子どもの身になったら可哀想だからむしろ離婚した方が・・・・と云う人もいますが、それは詭弁です!『子は鎹(かすがい)』と云います。どんな夫婦でも喧嘩はするでしょう。しかし思い返せば我が子を産むためには二人の「愛の仕事」があったはずです。それを今更!この男が気に入らない!こんな女はまっひらだ?!?『ふざけるな!!』と云いたいですね。『身勝手母子世帯』は絶対に認めてはいけません!!

 すべては子どもたちのために

 今日はこの辺にしておきましょうね。続きは次回かな?

投稿者 femil928 : 08:37 | コメント (0)

2012年12月02日

優しさ

 子育ての中で、多くの大切なことがありますが、前回の【思いやり】に続いて、【優しさ】も是非考えたいものですね。

 すべては子どもたちのために

 子どもが走っていて石につまずいて転んでしまったとします。道は砂利道、転び方は大怪我にはなりそうもありません、転んだ後は辺りを見回して今にも泣き出しそう。

 さて、貴方はどうしますか?

 子どもが泣いています、訳を聴くと「お弁当を忘れました」とのこと。

 さて、貴方はどうしますか?

 友だちがプールの準備をしています、一人の子がしくしく泣いています、訳を聴くと「プールバッグを玄関に忘れた」とのこと。

 さて、貴方ならどうしますか?

 子どもが泣いて自分の苦境を訴えることがいろんな場面でありますね。そんな時に私たちは【優しさ】という感情から対処することが沢山あります。しかし、その【優しさ】は子どもを思った本当の優しさでしょうか?

 すべては子どもたちのために

 子育てとは子どもを強く逞しく心優しく思いやりのある子どもに、この他にも沢山の目的を持って行われていますが、私はその多くの目的のために行われている私たち大人の行為には多くの疑問というか間違いが沢山あると思うのです。私たち大人は何時でもどんな場面でも常に「この子を立派な社会人に育てる」という心使いを持って対処すべきだと確信しています。

 皆さんは上記の場面での貴方の【優しさ】を考え巡らされた事と思いますが、その【優しさ】は子どもを、お子さんを立派な社会人に育てるための【優しさ】でしたか?

 すべては子どもたちのために

 自分の不注意を自覚せずに他人に助けてもらうことを求める子どもに、分けてもらうことを求めたり他人に気づいてもらうためのパフォーマンスを覚えたり、責任を他人になすりつけ自分を被害者にして・・・・。

 すべては子どもたちのために

 本当の【優しさ】とは何か、考えてみませんか?そして「子育てとは」も考えてみませんか?

投稿者 femil928 : 10:11 | コメント (0)

2012年11月20日

思いやり

 『思いやり』とはどういう事をもって思いやりと云うのでしょうね?

 すべては子どもたちのために

 困っている人に優しくすること?
 傷ついた人を慰めること?
 いじめられてる子を守ること?
 働けない人に資金的援助をすること?
 罪を犯した人に就労の支援をすること?
    まだまだ沢山の思いやりが・・・・・・・。

 すべては子どもたちのために

 皆さんは「Be・Lieve」と云う歌を歌いますよね。あの歌の歌詞に

  たとえば君が傷ついて、くじけそうになった時は、
   必ず僕がそばにいて守ってあげるよ何時だって

 と云ったような歌詞がありますよね。この歌詞をもって『思いやり』を考えてみましょう。
 
 多くの人は「守ってあげる」ことが思いやりと受け止めているのではないでしょうか。ですから生活保護や就労支援や介護サービスや医療サービス、保育施設の増設など等、一般的に云えば福祉行政的な充実が思いやり行政として行われているのではないでしょうか。
 または、「くじけそうになった時」に気づいてやって手を差し伸べることが思いやりと受け止めている方も多いでしょうね。そのためにボランティア活動や慈善事業やNPO活動で、または職業訓練所で技術を身につける支援などが行はれ、これ等をもって思いやりと考える人もいるでしょうね。
 
 すべては子どもたちのために

 『本当の思いやり』とか、ましてや『嘘の思いやり』はありませんが、『思いやりの神髄』は、「たとえば君が傷ついて」にあると私は思うのです。傷ついた人に気づく事、その人がくじけそうになるのを励ます事、そしてその人を守る事、これらは『傷つける』現象があるから成り立つことで、『傷つけない』ことが事前にあれば、気づく必要も、励ますことも、守ることも必要ない事ですよね。ですから、思いやりとは『傷つけない』こと、生活保護をもらわなくても良い職場の充実、虐めや学業不振や非行の問題は子どもたちの生活環境が大きく関わっていますその生活環境の改善が、介護サービスを必要としない家族構成の構築が、戦争を必要とする軍事産業の撤廃絶滅が、そうでしょう、武器が無ければ戦争になりません、口喧嘩や取っ組み合いはストレス解消にやればいい、武器は無いからしれてるよ。私の得意な余談にそれましたが、『思いやり』を起きた現象の手当策として行うのでなく、それらの現象が起こらないように未然に手当てすることに向けていくことが大切ではないかと思うのです。

 すべては子どもたちのために

 もい一度みなさんで『思いやり』について考えてみませんか?

投稿者 femil928 : 07:08 | コメント (0)

2012年11月18日

感動

 霜月も半ばとなり、芸術スポーツ読書食欲諸々の秋も終わりに近づき秋冬の季節になりました。学校行事も方々の学校で学習発表会が行われて、子どもたちの成長の確認がされています。

 今日私の近所の小学校でも学習発表会があり参観しました。

 初めに5年生の「合唱と合奏」でした。普通の小学校の普通の5年生、当然ですよね、そのどこにでもいる普通の5年生が、わずか2週間ほどの練習で指揮者の先生の指揮に沿って、強弱、テンポ、リズムを真剣なまなざしで演奏する姿には思わず合奏コンクールにでも来たのかと勘違いするほどの素晴らしさ、演奏の上手さに感動すると伴に子どもたちの真剣な眼差しを引き出した指揮者の先生の指導力に大感激でした。当然子どもたちの素直さにも大々感激です。
 次に4年生による「リズム&タイミング」でした。私の記憶が間違っているかもしれませんが、昔私たちが子どもの頃体育の時間にやらされ、それは軍国主義を思わせる指導だと中止になってたような整列、行進、組体操、などが笛の合図で体制がピッピッと行われるものでした。現代社会、運動会の騎馬戦が危険だから止めるとか、一糸乱れぬ(まるで北朝鮮のマスゲームのような)行進は子どもの自由を奪うものだとか、戦後教育では欠落していた指導が見られ、子どもたちが笛の合図でテキパキ動く姿は、私には感動でした。何かにつけて軍国主義とか、時代錯誤とか、子どもの人権とかと決めつけないで良い事、好ましい事はどんどんやるべきだと思いました。そこの校長先生が父兄に対して『できた、できないを責めずに、ひとり一人の子どもの努力を認める事が可能性を伸ばすコツです』とおっしゃられていましたが、それこそが民主主義教育であり、できない子どもを罰したり罰ゲームを課したから軍国主義なのだと私は思います。
その後に、1,2,3年の発表があり、最後に6年生全員による劇「青い鳥21」がありました。この劇は、日本の歴史を振り返りながら、本当の幸せや平和について考えるという筋書きでしたあが、ひとり一人がすっかり役に成り切って、と云うか、その時代時代の当人になって真剣に本当の幸せや戦争のない平和な社会の実現に向かって考えている姿は、見ている私たちまでが考えさせられる迫力で、これが一学校の普通の6年生の劇かと思わせる素晴らしい内容と子どもたちの演技でした。奈良・鎌倉・江戸と『幸せと平和』を求め、大政奉還の16代将軍慶喜が戦争を避けて自らが将軍の地位を捨てて日本国の平和を守った姿に、「平和で幸せな世の中は、機械が作るものでは無い。ひとり一人の人間が助け合い、共に生き、祈りと思いやりと温かさ、そして勇気を持てば、きっと実現できる。みんなの力で心の中の『青い鳥』を育てよう!」と気づいたところで劇は終わりました。
 平和教育が脈々と続いていることに嬉しく思うと共に、子どもたちがしっかり内容を理解して演じている姿が声に表情に見られて感動し、この子どもたちの祈りが思いが本当に実現させてやりたいと痛切に感じ、私たち大人の責任を感じました。また、こんなに難しい劇を子どもたちが生き生きと真剣に演じるまでに指導された先生方の努力に頭が下がる思いです。本当にご苦労様でした。

 秋冬の日、本当に爽やかに心充実した一日を提供してくださったこの学校の校長先生はじめ教職員の皆様、そして、素敵な子どもたちに感謝します。ありがとう!!

投稿者 femil928 : 18:43 | コメント (0)

2012年11月11日

Can Women Save Japan Part-2-3

 Can Women Save Japan をもう少し展開したいのですがここらで一度閉めましょう。

 すべては子どもたちのために

 きっと、お母さんたちが社会で働きたいのは、お母さんたちが身につけた技能や能力を社会に提供したいと考えるとともに、家庭の収入を少しでも増やし、豊かな生活と子どもたちの教育に使いたいと考えての勤労でしょう。
 豊かな生活と子どものためにも、お母さんの社会進出はマイナスになると云ったら怒りますか?

 すべては子どもたちのために

 子育て中のお母さんには、子育てと仕事を両立させることは大変な苦労があると思います。ここでその大変さを一つひとつ書きませんが、仕事を普段通りに熟して普段通りに出勤・退社して、帰宅してから炊事洗濯をしてどうのこうのとしていたのでは、体がいくつあっても大よそ不可能です。それだから男女共同参画社会だから夫も炊事洗濯子育てに積極的に参加・協力して・・・・・・。との論が起こり、夫の育児休業の取得の推進とか、育メンパパの育児講座への受講とか、・・・・・・・・。
 これはこれで、大変微笑ましい事ですが、もし、もしですよ、お母さんが働かないで家庭に戻り、育児に家事に専念したら、専念と云うことばに不満なら、専業主婦、いやこの言葉の方がもっと不満かも、いずれにしてもお母さんが家庭に戻られたら、待機児童・乳幼児の問題は解決します。この問題解決に国の予算はどれほど費やされている事でしょうか?お母さんが家庭に戻ることで、パートタイマー労働者が、非正規労働者が、どれほど減少されるでしょうか?それによって起きる労働力の不足は何人のお父さんたちの正規労働者の雇用に結び付くでしょうか?育児休暇に育メンに振り向けてたお父さんの労働力を社会のために発揮し、お母さんたちが持っていた職場をお父さんたちに振り向ければ、お母さんの手取りをそのまま上乗せしてもらえば、お父さんの仕事は大変になるけど、今の安月給よりも多くの月給を持ち帰ればお父さんの鼻も少しは高くなるのでは、そして、そして、そして何よりも子どもたちはお母さんの愛情の下に幼児期を過ごし、放課後の宿題や家庭学習の習慣がついた学力アップの日本の子どもたちに育ち、非行少年や問題行動が激減することで、国の予算はどれほど節減する事でしょう。その浮いた予算を子育て支援金として、子ども一人当たり3~5万円頂けたら日本国中みんなハッピーハッピーとなりませんか!!

 すべては子どもたちのために

 Can Women Save Japan? Yes,You Can!
 
 お母さんが家庭に戻ることで Yes,You Can!なのです。
 お母さんの仕事をお父さんたちに戻してやってください。そして、お父さんの《父権》を取り戻させてください。これは昔の封建社会に戻すことではありません!!!これが本来の家庭の姿です!!
 
 すべては子どもたちのために

 これで一度 Can Women Save Japanをしめましょう。

投稿者 femil928 : 11:13 | コメント (0)

2012年11月04日

メモ School の語源

 Schoolの語源は、ギリシャ語の「スコレ」Scholeであり、このスコレの意味は『暇』leisureと云う事だそうです。
 つまり、学校とは子どもたちが日常の暇な時間を一か所に集い共に教え合い教えられて人間としての品格を高め合う場だったようです。そこで行われていた[education]は人(子ども)が知識や技能を身につけるその過程の意であり、[training]は一定期間にある目的を達成するための訓練、[instruction]は組織立てられた指導、だったもので、いつの日か[education]が『教育』と略され、学校で行はれる指導が『教育』になったようです。
 
 すべては子どもたちのために

 昨今、「今の子どもたちの学力が低下したのはゆとり教育の失敗の結果であり、ゆとり教育で育った社会人は会社で役に立たない」等と評価されているとも聞き漏れします。

 すべては子どもたちのために

 本当にゆとり教育は失敗だったのでしょうか?

 私は『失敗だった』と確信しています。

 失敗だったのは、ゆとり教育の意義の解釈に大きな間違いがあり、その間違った解釈の基に行はれたゆとり教育が子どもたちにされたことです。

 Schoolの語源にもあるように、学校は、教育は『ゆとり』が大切なのです。ここで云う『ゆとり』とは『こころ』の『ゆとり』です。心のゆとりを時間的ゆとりに執着して、週休二日にして、教える内容を削減して、「さぁゆとりだ」「それ休みだ」と子どもたちを学校から解放して、カッコよく言えば解放だけど、厳しく言えば放り出してしまったのです。放り出された子どもは行き場を失い、時間を持て余し、遊びほける子は学力が低下し、できた時間を『塾』に向けられる子は学力が、ここで云う『学力』については大きな問題が含まれますが今は学力とさらりと流しますが、上がり教育格差をより拡大しました。
 放り出された子どもが幸せなはずはありません。幸せになったのは先生方です。週二日の休みを有効に利用して心にゆとりができた、と云いたいところですが、二日も休んだ後の翌週の教育指導の確認や教材の準備など等時間はいくらあっても足りません。先生方も心のゆとりのないままに子どもの指導、文科省から義務付けられた指導時間の消化にキュウキュウして・・・・・・。
 こんな『ゆとり教育』では失敗だと云われても当然でしょうね。

 すべては子どもたちのために

 教育には『ゆとり』が絶対に必要であり、ゆとりのない教育は本当の教育の目的を達成できません!教育の目的は『すべては子どもたちのために』が根底になければなりません。

 一昔前、ある集会で『教師は聖職か労働者か』と云う話し合いがありました。その集会には多くの先生方も参加していて、その時の雰囲気は「教師は聖職である前に、それぞれに家庭を持っている労働者だから仕事も大切だけど、生活の基盤である家庭を大切にしなければ良い仕事はできない」と云う流れでした。

 教育を本来の教育に戻すことは難しいのでしょうね?
     難しいのですか?無理なのかな?

 子どもたちが本当の意味での『ゆとり教育』を受けられる日が来ることを心から願って

投稿者 femil928 : 13:50 | コメント (0)

2012年10月27日

Can Women Save Japan Part2-2

 前回はお子さんの教育に対するお母さんの力が日本の子どもたちの学力を引き上げる事を書きました。未来の日本国を担う子どもたちがより賢い人間として成長することは『Women Save Japan』の大きな力です。

すべては子どもたちのために

 今日は経済面からのWomen Save Japan を考えてみましょう。

 NHKのクローズアップ現代も経済面での考察でしたが、女性が働くことでの経済の活性化に伴うメリットのレポートでしたが、お母さんが家庭で子育てに専念することによる経済的メリットを考えてみたいと思います。
 
 すべては子どもたちのために

 ここで、なぜ専業主婦なんだ!男女共同参画社会の中でなぜ女性だけが子育てなのか?育メンと云う言葉もあるように父親も子育てに積極的に参加すべきでは!など等と多くの女性から反感を持たれる事と思います。ここで、どうしてもそれに触れなければなりません。

 すべては子どもたちのために

 私は何事にも「もちやもちや」と云うかそれぞれにはそれぞれの役目があって世の中は成り立っていると思うのです。つまり、八百屋は八百屋であって呉服屋にはなれません。男は男であって女にはなれません。職業選択の自由だから魚屋が履物屋をやっても自由でしょうが成り立つでしょうか?男女平等だから女性がボイラーマンになってススだらけの顔で仕事をするのは?男性が無骨い顔で化粧品のマネキンになって顔にベタベタお化粧している姿をどう受け止めますか。
 極論を書きましたが、身近な場面で、お父さんが子どもを背負って頭に手拭いをまいて箒片手に掃除をして、その合間にミルクやおしめの取り換えをして・・・・素敵な光景ですか?お母さんは会社の仕事のやり残しを家庭に持ち込んで一生懸命仕事をしているのだから当然のことですか?お互いに働いているのだから当然ですね!
 でも、でも子どもの身になってみてください。お母さんの胸に抱かれて母乳を吸う赤ちゃんの安らかなあ笑顔と無骨い手で分厚い胸板に抱きかかえられて哺乳瓶でミルクを飲む我が子、お母さんの優しい声掛け、一方男性の低い声で「よしよしおなかすいたかミルクだぞほらのめ」では。おむつの交換もお母さんの柔らかな素手で「あらあらよごれてたのね、ごめんね、きもちわるかったでしょう、ちょっとうんちがゆるいけどぐあいがわるいのかな・・・・・すっきりしたねきもちいいでしょう」とパパのがっしりした手で「なんだうんちしたのか、どうりでくさいわけだ、ほれあしあげて」となるかは定かではありませんが五十歩百歩かも、子どもはどちらが幸せでしょうかね。男が皆、無骨い手と無愛想な受け答えをするとは限りませんが、仮にお父さんがまるでお母さんのような柔肌の手や優しい透き通った声の子育てがされていたら、逞しい頼りがいのあるお父さんと尊敬しますか?
 お父さんはお父さんで、お母さんはお母さんであってほしいと願っているのです。「もちやもちや」です。
 『子育て』はお母さんの『もちや』です。神様がお母さんだけに授けた崇高な『仕事』だと私は思います。こんなに素敵な尊いお仕事をなぜ放棄して社会に出たいのですか?女性にしか出来ない『子育て』と云うお仕事をお父さんにもやってほしいと求めるのですか?お父さんにはもっともっとしっかり会社で働いて沢山の給料を持ってきてもらうように尻を叩いて励まし、お母さんは『家庭』と云う家族全員の安住の場をしっかり守ってほしいのです。たまには小春日和には我が子のお昼寝に付き合って日向ぼっこのついでにお昼寝でも、このお母さんのゆとりが素敵な家庭の礎なのです。
 お母さん、もっともっと、お母さんだけに与えられた崇高なお仕事『子育て』の意義を見直してみませんか!

すべては子どもたちのために

 本当の幸せはポケットにはありません!ホントの幸せは心の中にあってほしいのです!!
 

投稿者 femil928 : 07:49 | コメント (0)

2012年10月25日

Can Women Save Japan Part2

 先日、NHKのクローズアップ現代で、経済面から考えて、「女性の力は日本国を救えるか?」と云った考察が報道され、女性が働くことで、家庭の収入が増え、消費経済が活発になることで国の税収が増え、年金・保険の加入者も増えて安定した運営に繫がり、良い事尽くめであり、故に、もっともっと女性が働きやすい環境の整備が望まれると締めくくられていました。

 すべては子どもたちのために

 単に経済面で考えれば女性の労働力は大きな要因ではありますが、総合的な面から考察すると、国家的には大きな損失が考察されます。

 すべては子どもたちのために

 まずは『教育面』では、子どもの学習力の損失が考えられます。学校から帰ってきて子どもが一人で鍵を開けて我が家に帰る姿を思ってみてください。「ただいま!」と云う相手もなく、ひっそりと静まり返った部屋、冬はそれにプラス冷え切った部屋、子どもの心はどんな思いでしょうか。もしお母さんが居て「おかえり!」と明るい声で迎えて貰えたら子どもの心はどれほど嬉しいでしょうか、お母さんの手作りの湯気の立ちこめる味噌おにぎりはどれほど子どもの心を和ませてくれることでしょうか。これだけでもお母さんが外で働いてきて稼ぐお金よりも子どもの心の健やかな成長が数倍大きいと思うのは私だけでしょうか。敢えて非行少年の代弁をさせて貰えば、彼らは全く悪いところはありません、悪いのではなく心が淋しいだけなのです、淋しいから同じ境遇の友だちを求め、寂しさを紛らすためにいたずら心が芽生えてそれが高じて盗みや非行に走るのです。青少年の非行防止のために、非行を起こした子どもの更生のために、その他諸々のためにどれほどの国家予算が費やされていますか、お母さんが温かく迎え入れれば非行少年は半減、いや三分の二、もっともっと四分の三以上に減るでしょう。つまりは、それだけ健全な青少年が日本国の立派な社会人として育ち、経済活動に寄与し、年金保険の加入者・掛け金者となれば、日本国は健全な勤労者で構成される第一等の先進国になります。何よりも非行少年と云う言葉がなくなるだけでも子どもたちは幸せになり明るく育ちます。お母さんが家庭に戻ってくれたお蔭です。「Women Save Japan]の大きな効果です。

 すべては子どもたちのために

 子どもが学校から帰ってきたら、お母さんですもの、可愛い我が子ですもの、必ず云うでしょう!『宿題は無いの?』 『勉強しなさい!』云いましょう!云ってください!わが子が少しでもお利口さんになるために!明日のテストで1点でも多く取れるために!

 すべては子どもたちのために

 我が子が日々少しずつコツコツと勉強してしっかりした基礎学力を身に着けてより良い高校に、より良い大学に進学させてどこが悪いですか?基礎学力も培わずに高校になってそれ塾だ、やれ塾だと子どもの尻を叩いて無理矢理有名大学を目指させるのは子どもにとってどうかと懸念されますが、力のある子がより良い学校を目指すのは快い事ですよね。

 すべては子どもたちのために

 お母さんが温かく迎えて、我が子可愛さに一言厳しく言葉を懸けることで我が子の成績は間違いなく今よりは少なくとも数点良くなります。つまり、日本国の子どもが日々1~2点・1年で7~800点上がれば世界学力テストで昔のようにナンバーワンになっちゃいます!!日本国民の学力向上はより良い日本国民の育成にもなります。お母さんありがとう!!!Women Save Japanです!

 まだまだありますので、続きは次回に!

投稿者 femil928 : 14:10 | コメント (0)

2012年10月20日

Can Women Save Japan

先日、10月17日、NHKの夜の番組「クローズアップ現代」で『Can Women Save Japan』と云うタイトルで放送されていました。きっと多くの皆様もご覧になられた事と思います。

 すべては子どもたちのために

 あのレポートの主旨は、日本国の経済発展に、女性の職場への進出は、家庭の収入の増加をもたらし、個人消費を底上げし、活発な経済活動は税収の増加につながり、各種年金や保険の加入者の増加は掛け金の増加となり安定した基金の確保となり、如いては日本国の経済活性化に大きく貢献する。故に、女性の職場進出を拒む諸々の問題を早期に解決し、女性の力を経済界に活用すればCan Women Save Japan(女性は日本を救えるか)の答えはYes You Canになります。

 と云った内容だったと思います。

 すべては子どもたちのために

 概ねは上記の内容だったと思いますが、皆様は如何お考えになりますか?

 私はこのレポートに多くの疑問を感じます。
 
 このレポートは、日本国の『経済面』からだけの考察で、確かに経済的に考えると女性の力は見逃せない大きな力ですが、女性の力は単に日本国の経済力の底上げだけにしか使われないのでしょうか?あのレポートにも、女性の力を引き出すには、女性が働きやすい環境の充実が第一番の問題だとレポートされています。
 結婚出産と仕事、レポートによりますと第1子の出産と同時に約60%強の女性は退職して、子育てが済んでからの社会復帰はほとんど不可能なのが現状だと報告されていました。
 子育てと仕事、ベビーホーム・託児所・保育所・幼稚園・学童保育等々の施設の不足と経済的支援、日本男性の育休取得率は3%弱でも推察される通りの育児に対するお父さんの協力の問題、8時間フル労働を6時間労働や昼休みを割愛して5時間労働も、又は在宅労働や働ける時に働くフリータイム労働やパート労働の検討も。
 同一労働同一賃金、健康保険や厚生年金等の福利厚生の充実、産休・育休の取得率の向上など等の問題も解決される事。
 もっとあったと思いますが、これ等の問題が解決されなければ女性の社会進出は難しいが、故に「これからのやるべきことは自ずと決まる」とレポートは結ばれていました。

 すべては子どもたちのために

 しかし、このレポートには、女性の立場からの考察がされていますが、子どもの立場での考察は一切ありません。

 きっと多くの子どもたちには各ご家庭の経済状況は理解していないでしょう。どれほどお父さんお母さんが生活に苦労されているかを考える知識も現状も持ち合わせず、平和なこの国で、子どもたちに『お母さんに働いてもらいたい人っ手を挙げて』と質問したら、100人の子どもの内に何人いるでしょうか?
 もう一歩踏み込んで、お母さん方に『どうしてお仕事をしたいのですか、もし、お宅のご主人がお母さんの収入を賄うだけの収入を得られるなら、それでもお仕事をしたいのでしょうか?』と質問したら100人のお母さんの中で100人が手をあげますか?
 子どもたちはお母さんの手のぬくもりの中で生活したいと思っています。
 お母さん方も経済的不安が無ければ子どもと一緒に生活したいと思っていると思います。

 家庭は家族が楽しく明るく助け合いながら同じ時間を共有しながら営まれる場ではないでしょうか!

 家庭は経済よりも子どもの本当の幸せが優先されるべき場所ではないでしょうか!

 一流レストランで豪華なディナーよりも湯気の立ちこめる鍋料理を突き合う食事の方が子どもはきっとうれしいのではないでしょうか!

 すべては子どもたちのために

投稿者 femil928 : 09:34 | コメント (0)

2012年10月13日

国家百年の計は『学育』にあり!

 テレビ人間の私には、テレビのスイッチを付けると飛び込んでくる話題は

 隣人同士の不和が発展して殺人
 子育てに苦しんでわが子を殺害
 生活保護費の不正受給者続出
 原発ゼロは無理!安全に利用??
 暴力団との交際発覚法務大臣など等
 いまだ「いじめ」があちこちで

 唯一の朗報
 山中教授のノーベル賞受賞も

 iPS細胞の倫理面での懸念
     と不安の水かけ?!?

 いったいこの世の中どうなってるのだろうと、このまま経過したときに、22世紀はおろか21世紀の残された近未来も、子どもたちの未来も、そもそも人間社会は存続し続けるのだろうかと不安になっているのは私だけだろうか?

 大阪、西成区のあいりん地区、あそこは今、3人に1人が高齢者、4人に1人が生活保護費受給者、町のあちこちには職のない人が段ボールにくるまってホームレス。
 これは極端な現象ですが、現代社会の貧困の格差、教育の格差、職業の格差など等を考えると、近い将来、あいりん地区に似た地区が日本国全土に出現しないとは言い切れません。

 すべては子どもたちのために

 今の問題を一つひとつ解決することは、すべての問題が複雑絡み合っている現状では不可能です!残念なことに、子どもたちには申し訳ありませんが絶対に不可能です!ごめんなさい!!

 これらの問題を解決するには、国民一人ひとりの『気づきと努力』が必要ですが、平和(!!!)で豊か(?!?)で今が楽しければ良い現代人には『気づいている』が『努力はダサイ』のではないでしょうか。

 すべては子どもたちのために

 このままでは、このままが少しずつ悪くなりながらこのまま継承されて、また悪くなり、そのサイクルが続いているうちに気が付いたらあいりん地区になってしまうのでしょうね。

 今の大人を『気づかせ努力させることが無理』なら、せめて20年後、30年後の社会の担い手である子どもたちに『生きることの楽しさが分かる人間』に育む『学育』が大切だと思います。

 世直しの近道は『学育』であり、
    国家百年の計は『学育』です!!!

投稿者 femil928 : 10:49 | コメント (0)

2012年09月22日

オスプレ試験飛行  すべては取引

 2012.9.21、とうとうオスプレが試験飛行しました。あんなに国民全員が「反対!反対!」と叫んでいたのに、国も「安全が確認されない以上は絶対に飛行させません!」と云っていたのに、何かこれって脱原発に、消費税増税に似ていませんか?

 すべては子どもたちのために

 オスプレの飛行は開発の段階から事故が絶えず安全性に於いて不安であり、日本国内における試験飛行も飛行ルートが山間部とは言え低空飛行や谷間を飛行するし、一端事故が起きれば自然破壊にも繫がりかねません。また、沖縄の普天間基地に配備するとの事で、住宅密集地のあの基地では不安は拭い切れません。

 脱原発もオスプレも消費税増税も、TPPも(?)近いうち解散もあらゆることが『竜頭蛇尾』でしょうか。初めは国民のために『絶対反対!絶対反対!』と威勢が良いのですが、結局落ち着くところは国民の生活を守るには程遠いところに玉虫色の曖昧模糊の屁理屈でまとめられた、国民が犠牲になる結果に収(治)められ国民は諦めるしかないのが落ちです。

 尖閣問題、中国の反日デモ、オスプレの飛行開始これらは一つの筋書きで事前に取引されていたと思います。私は「穿った見方」だと思います。(穿ったとは、今までは私をはじめ多くの人が、ちょっとオカシナとか間違っているような確信の持てないと云った理解や使い方をしていましたが、辞書で調べると、穿ったとは人情の機微や事の真相などを的確に指摘すると書かれています)そこで敢えて「穿った見方」として、尖閣問題はオスプレを日本国民に容認してもらうために起こした問題なのです。
 つまり、尖閣問題で日中関係を不穏な関係にする、そこで、中国国内で反日デモを起こさせ、米国が出てきて日中間に口出しして米国の存在感を高めるとともに、日米の安保条約に基づいて沖縄の基地を強化するにはオスプレイが不可欠だ、と云うシナリオです。

 これが渡世術なのでしょうか?何事も取引で解決され、本当の国民の幸せは二の次にされているのが現代社会なのかも知れませんね。

 すべては子どもたちのために

投稿者 femil928 : 07:34 | コメント (0)

2012年09月20日

気分爽快!!

 園バスを運転していました。
 向かいから市営バスが来ました。

 2台のバスがすれ違うにはやっとの道でした。

 私が止まってバスを見ました。
 バスも止まって状況を考えていました。

 私の近くに幅寄せできるスペースがありました。
 私はそこに走り幅寄せして待ちました。

 バスの運転手さんは手を挙げて挨拶しました。
 私もその挨拶に応えました。

 すれ違い際バスの運転手さんがニコっと。
 私も釣られてニコっと。

 ただそれだけ。

投稿者 femil928 : 13:18 | コメント (0)

「2030年代脱原発」は参考文献

 2012.9.14に国家戦略として、今まで「2030年までには脱原発し原発依存0にする」と云っていた目標年2030年を、「2030年代には脱原発し・・・・・・」と、2030年代とは2030年から2039年までの10年間も伸ばして政府取りまとめを発表したのに、昨日(19日)、14日の政府取りまとめを「これから先のエネルギー事情は不確かと考えられるので、14日に取りまとめた文献は『参考文献』とし、新エネルギー政策は時代に則した柔軟な姿勢で取り組む」と閣議決定したとのニュースです。

 すべては子どもたちのために

 2011.3.11のあの大震災、それに伴う福島原発の大惨事は一年半前の出来事です。

 この『一年半』を、あなたは、長いと感じますか?それとも、あっという間に感じますか?

 一年半前日本国中は誰も彼もが原発事故の大惨事を目の当たりにして『原発は要らない!』『原発0』『脱原発』と国民の声として大合唱だったと記憶しています。当時の管総理も、海江田通産大臣も、枝野官房長官も、与党も野党も口をそろえて『脱原発』でした。

 この『一年半』の間に多くの、いや、私たち原発事故の被害者を除いた日本国民の90%ぐらいの国民は、原発は怖いが日本国の産業や経済やオール電化された日常生活を考えると、一気に原発を0にすることは難しい、原発と上手に安全に付き合えば原発稼働も仕方ないのでは、と、「のど元過ぎれば・・・・」「対岸の火事」或いは政府の閣僚如く「先の未来は予測不可能、ならば、今が大切」とばかりに、スッカリ大惨事は忘れ去られてしまいました!!

 すべては子どもたちのために

 同じ昨日、原子力規制委員会が発足しました。原発の再稼働に対しては厳しく査定して判断したいと委員長が話していましたが、原子力規制庁の職員は、原子力安全委員会、安全保安庁の横滑り、つまり、頭は変わりましたが手足はそのままでは何が期待できるでしょうか?きっと、また、企業や経済界に振り回されて形骸化するのではと、私の杞憂であれば・・・・・。

投稿者 femil928 : 06:53 | コメント (0)

2012年09月09日

ちょっと寄り道

 2012.9.9のNHK日曜討論で「脱原発」について、政府代表で古川国家戦略担当大臣をはじめ、柏木孝夫東工大特命教授(20~25%派)、橘川武郎一橋大学院教授(10~15%派)、高橋洋富士通総研主任研究員(0%派)の論客が討論しました。
 番組の始めに、「脱原発」に対する世論調査のデータが記されていました。
 政府が調べた結果  0%支持47%、10~15%支持15%、20~25%支持13%。討論型参加者は 0%支持68%、10~15%支持11%、20~25%16%。フリー討論参加者 0%支持87%、10~15%支持12%。だったのにNHKの先月(8月)の調べでは、0%支持36%、10~15%支持39%、20~25%支持15%だったそうです。

 すべては子どもたちのために

 皆さんはこの数値をどのように受け止めますか?
 0%支持者に限って比べてみても、47%、68%、87%、36%です。このバラつきは何を私たちに知らしめていますか?
 どの調査の対象者もきっと、いや絶対、みんな同じ日本人でしょう!討論会参加者は討論会の主催者によってある程度選ばれているかもしれません。フリートーク参加者は脱原発に同調している積極的参加者が多いのでしょう。だからある程度理解できますね。
 しかし、政府調べとNHK調べは、無作為に選ばれた日本国民の集計と私たちには思われますよね。政府調べでは0%支持が47%で10~15%支持が15%に対して、NHK調べはなんですか?!?0%支持者は36%に対して10~15%がなんと39%と0%支持者よりも15%支持者のほうが多いのです。

 すべては子どもったちのために

 今の世の中、すべてに於いて「何々の調べにより何パーセントの支持が」と、あたかも多くの皆さんが支持しているとマスコミは吹聴して、国民の意向を誘導しています。

 すべては子どもたちのために

 番組の中で、脱原発にすれば(この表現も『嘘』がいっぱい含まれています)私たちの電気料の支払いが2倍になると云っています、だから原発は必要だ。と云っていますが、原発がこのまま維持され続けても私たちの電気料金は60%強の値上げが想定されていますが、その事には極力避けようとしているのが番組構成です。
 また、脱原発にすれば、原発に匹敵する電力を補充する再生可能電力の建設に50兆円ものお金がかかるそうで国民に負担がのしかかるのは如何なものか・・・。とあたかも良心的考慮をチラつかせますが、国民の安全な生活環境を未来永劫に建設するなら50兆円は安いものですよね。2030年まで約20年、50兆円を20年で割れば年間2.5兆円です。自民党や公明党、政府までが、消費税が5%から10%になれば、福祉や年金の財源は確保されるので、余った財源(?)で、景気浮揚のためにこれから10年間のうちに200兆円、100兆円の公共投資…云々と惚けたことを企んでいます。そのお金を再生可能エネルギーの開発に、使用済み核燃料棒の対策費に充てるべきではないでしょうか。

 すべては子どもたちのために

投稿者 femil928 : 09:22 | コメント (0)

2012年08月31日

ちょっと寄り道 《議員定数》

 すべては子どもたちのために

 いきなり「すべては子どもたちのために」で、ちょっと寄り道をスタートします。

 大阪の有名人が「国会議員を半減する」とぶち上げたら、節操のないマスコミは何の考えもなく飛びついて、ワイワイガヤガヤ!!これがマスコミ効果と云うもので、現代社会はマスコミに操られているといっても過言ではないと思います。近づく解散総選挙も

 すべては子どもたちのために

 より善い人に一票を投じたいものですね!マスコミの流れに流されて子どもたちの未来に汚点を残さないように、大切に大切に一票を投じましょうね!

 ところで大阪の有名人は国会議員を半分の240名にする。その前提には道州制を制定して小さな国家と大幅に権限を委譲された身近な道州できめ細やかな行政を実現させることが必要だと云っています。

 小さな国家と血の通ったきめ細やかな地方行政は私も良いなと思いますが、議員数を半減することは生ぬるいと思います。国民に消費税や諸々の負担をお願いするのだから議員定数を削減して議員自ら身を切る改革を、という発想からの議員定数削減はナンセンスです。
 そもそも今の国会議員は批判を覚悟でいえば『烏合の衆』です。今の国会議員は二世・三世のお坊ちゃまや何かで有名な集票マシンか下能人(=芸能人)ばかりです。国のために働いている国会議員は総理大臣をはじめ一人もいません。
 ですから、今のままの国会議員なら半減どころか、一人も必要ありません!『480減0増』です!
 
 すべては子どもたちのために

 国会議員になるには、資格試験を課して、厳正に採点をして、90点以上の者に一次合格者とし、論文と面接で最終資格者を認定し、はじめて選挙に立候補でき国民に選ばれた人が国会議員になれるとしなければ、定数を削減しても政党が離合集散しても本当の国民のための政治はできません。そんな厳しい資格試験を行ったら合格する人はいなくなってしまうでしょうと云われるでしょうね。そうかもしれません!ですから480減0増なのです。今は国会議員不在の状態ですので暫くは今のままで国政を続けてもらい、1~2年かけて資格試験の合格者が揃ったら総選挙をすればいいと思います。

 すべては子どもたちのために

 そこで議員定数ですが、衆議院200名、参議院100名、やはり二院制は大切です、継続しなければなりません。外交・国防・金融・医療・教育・国土だけを担当する小さな政府には二院で300名の議員で十分です。そして、難関の資格試験を突破した議員さんですから議員報酬は年間3億円とし、一銭たりと企業や団体などからの献金を受け取ってはならず、もし一銭でも献金を受け取った場合は即刻議員資格をはく奪する、と云ったぐらいの厳しさで国政に従事してもらう覚悟を持ってもらいたいですね。

 すべては子どもたちのために

 子どもたちに、総理大臣になりたい! 政治家になりたい! と夢を持ってもらえる国会議員になってほしいですね。

投稿者 femil928 : 12:22 | コメント (0)

2012年08月30日

エミール幼児園とは 2

 前回は『エミール』のネーミングの意味を書きました。
 今回は『学育』について書きます。
 エミール幼児園では、「教育」の同義語として『学育』と表現します。
 
 本来「教育」には、子どもの可能性を、能力を、「引き出す」と云う意味が含まれているのですが、往々にして「教育」と聞くと「教え・育てる」と受け止めがちです。つまり、教育と云えば、先生が教えて子どもを育てると、先生と子どもの間に教えて育ててやる先生と、教わって育ててもらう子どもの関係が成り立ちます。ですから、往々にして、先生は「分かったかな?」「できるかな?」「どれだけ分かったかテストをするよ」と云われ、子どもは「教えてもらっていないから分からない!」「まだ○○才だからできなくてもいいよ」等と云います。教育を先生の働き掛けで子どもが育てられると無言のうちに定義付けられていると思うのです。
 
 すべては子どもたちのために

 そこで、エミール幼児園では教育の代わりに『学育』と云う言葉を使います。

 『学育』とは、訓読みで「学び・育つ」となります。「学び」とは自動詞で学ぶ本人の行為です。「育つ」も自動詞で同じく育とうとする本人の行為です。

 つまり、『学育』とは先生も子どももそれぞれが学ぶ人であり育つ人なのです。学ぶ人と学ばせる人、育つ人と育てる人と云った師弟関係はありません。それでは、先生の役目がなくなるのではと思われるかもしれませんが、大いにあります、先生は子どもが知りたいこと学びたいことがあった時それを何からどのように学べばいいかをアドバイスするなり、環境を整えると云う大切な仕事があるのです。それが出来ない時には、子どもと一緒に調べて学べばいいのです。それが先生の学び育つです。

すべては子どもたちのために

 幼児期にこの『学育』の経験をしっかり身につけておけば、学ぶ楽しさ、育つ歓びを体で感じ取れる人間になります。「勉強しなさい!」などと云われないとできない子どもに育ててはいけません!

 すべては子どもたちのために

 『学育』の意義をご理解いただけたでしょうか。

投稿者 femil928 : 15:49 | コメント (0)

2012年08月25日

この日のために!

 先日、8月19日(日)、もう一週間が過ぎるのですね、本当に月日の経つのは早いものですね。
 あの日はお盆休みの最終日、帰省ラッシュのピークで、夜のニュースでは、いずこも手荷物をいっぱいに、思い出もいっぱいに帰省帰りの親子ずれがインタビューに応えていました。
 成田や羽田では海外家族旅行から戻った親子が、「楽しっかった!」「どこどこの海で泳いできた、海が奇麗だった」「オリンピック、感動だった」等とインタビューにこたえていました。そんな中、私は気になる部分がありました。
 子どもは「楽しかったからまた行きたい!」と云う話に、母親が「子どもがこんなに喜んでくれるから、来年もどこかに行けるように、明日から又一生懸命働かなければ、お金を貯めて」と云っていました。
 確かに、友だちの多くが国内で、学校のプールや近くの川や山で夏休みを過ごしているのに、海外旅行で楽しめるのだから子どもにとってこんなに嬉しいことはないでしょう。
 しかし、このひと時の喜びのために、毎日の日常生活はお母さんが働いているために『かぎっ子』と云う淋しい生活をさせてもよいのでしょうか。

すべては子どもたちのために

 経済的豊かさ、物質的豊かさよりも、精神的豊かさの方が子どもにとってどれほど大切かと云う事を考えていますか。
 いじめの問題も、いじめる子、いじめられている子、どちらの子もみんなさびしい子どもたちです。
 非行に走る子もさびしい子どもなのです。精神的寂しさを同じ寂しさを共有する仲間作りで寂しさを分かち合い、傷を舐め合い心の安らぎを求めているのです。

 すべては子どもたちのために

 子どもたちに温かい家庭を!子どもたちに優しいお母さんの笑顔を!

投稿者 femil928 : 12:47 | コメント (0)

2012年08月24日

処暑

 昨日、8月23日は二十四節季の「処暑」でした。処暑とは夏の暑さも治まる頃と云う意味だそうですが、福島市は36.7℃と猛暑日、暑さは治まるどころか夏真っ盛り、気象情報によると普段の高気圧の上に、夏の太平洋高気圧が被さり、その上にチベット高気圧が被さるという三重の高気圧が日本列島に居座っているためにこの猛暑が続いているとの解説でした。

すべては子どもたちのために

猛暑の現象は理解できましたが、これでは今年の猛暑は単なる自然現象で、止むを得ない事と聞き取れますが、果して本当に自然現象でしょうか。

 私はこの猛暑は自然現象ではなく人為的異常現象と思います。

 第一として、日本国中、世界各国の人々が冷房装置を稼働している結果、その冷房施設から発する熱風が、室内を冷やした熱量同様に大気を温めている結果、大気の温度が上昇していることです。各企業が、各ご家庭が冷房の温度を28度以下にすることで、大気の温度は2~3度下がるそうです。私たちが冷房の温度設定を下げることで、又は細目にスイッチを切ることで、大気の温度は下げられるのにその努力をしない結果猛暑を引き起こしているのです。これは人為的とは言いませんか?

すべては子どもたちのために

 第二として、皆さんも毎日経験していることですが、コンクリートの道路を歩いていると、太陽熱のはねっ帰り熱を感じていませんか?昔のと云っても極3~40年前までの日本国の、世界中の国土面積のほとんどが草木や樹木、農作物などに覆われ、雨が降れば地面に浸み込み、植物の根や葉や花に蓄えられ、太陽熱が降り注ぐと水分が気化熱として暑さを取り除き、洪水や自然破壊を防いでくれました。現代はどうでしょう?

すべては子どもたちのために

山林は乱開発、樹木は伐採され、斜面は均されて宅地化され、田んぼや畑は埋め立てられて大型商業施設や娯楽施設、ウサギ小屋の宅地になり、人口の減少傾向に逆らって住宅が増加し、あちこちに空き家や空きビル、空きマンションが廃虚として立ち並び、農業人口の減少も相まって緑の世界がどんどん縮小され、太陽熱はそのまま私たちの生活空間を蒸し風呂にしているのです。これも、自然現象ではありませんよね。私たち人間が行った無知な身勝手な行動の結果ですよね!と云う事はこれも人為的自然破壊による異常で、私たちひとり一人が

 すべては子どもたちのために

知恵を絞り、無駄を省き、耐えるは耐え、れば大気の気温は2~3度は下げられますよね。

 すべては子どもたちのために

 コンクリートはもう沢山!!乱開発は止めて!!
 自家用車の利用は極力控えめにして!!
 みんなの家庭の庭に「みどり」を茂らせて!!

投稿者 femil928 : 10:05 | コメント (0)

2012年08月22日

どうなってる?大人の品格

 2012.8.20 14才の少女が列車に飛び込み自殺した。
 14才の娘さんをお持ちのお父さん・お母さん、自殺した御嬢さんの気持ちを理解できますか?走ってくる列車に向かって歩いていくその時の御嬢さんの気持ち、自殺を覚悟して自宅を出るときの気持ち、想像できますか?もしその御嬢さんがあなたのお子さんだったら・・・・・。
 今、自殺までは至らないが、それに似た苦しみを抱えている子どもたちは日本国中で何人いるでしょうね?一人かな?二人かな?それなら直ぐにその子のところへ行って助けてあげなければなりませんね。しかし残念なことに苦しんでいる子どもは五万と(多くの表現として使う数)いるでしょうね。
 同じ日、『ガールズバー』の報道も気になりました。報道によると18才未満、時には13~4才の少女が街角で客引きをして深夜までお客の(このお客を私の心情としては、お客ではなく下品・下劣・無知な野獣と、人間の仲間には入れたくありません。まして『お客』なだと敬語の範疇外です)接待をしているとのことで、カウンター越しに接客するのは良いですが、ボックスで隣り合わせに接客するのは風俗法違反になるそうです。
 なんと馬鹿げたことでしょう。そんな法律を作った物は(敢えて者でなく、良識を持たない物と表現します)どれほど下品な・下劣な・人間の仮面をかぶった野獣のような議員でしょうか!
 自殺した子どもも、ガールズバーで接客している子どもたちも、みんな、お父さんとお母さんの愛の結晶ではないのでしょうか?そのお父さん・お母さんはどのようにそのお子さんを育ててきたのでしょうか?お父さんとして、お母さんとしての自覚を持っていたのでしょうか?
 ガールズバーを経営している大人は、と言っても金儲けしか考えていないのでしょうから、そんな大人に「良識はあるのか?」と聞くのは野暮な質問でしょうね。むしろ、そんな法律を制定しした議員に責任を聞きたいが、これも二世議員や単なる名が知れてるだけで何の主義主張も持たないタレント議員には無駄な質問でしょう!
 それなら、そんなガールズバーの『カモ』に成り下がった大人がいなければガールズバーの経営が成り立たないはずですよね、お父さん!!

 すべては子どもたちのために

 お父さんが大人の品格を持てば、ガールズバーは成り立ちません。お母さん、お父さんの監視を宜しくお願いいたしますよ!!
 大人の品格を持ったお父さんとお母さんが増えれば、子どもの抱える問題の半分は解決されるでしょう。不幸な結末を防止できる一番の近道です。そんな大人の品格を持ったお父さん・お母さんなら人気や風評に惑わされずに議員として立派な議員を選べば、政治も本来の国民のための政治が施され

 すべては子どもたちのために

 子どもたちが『夢と希望』を持てる明るい人生を持てると確信しています!!

 すべては子どもたちのために
              大人の品格を

投稿者 femil928 : 07:55 | コメント (0)

2012年08月17日

猛暑

 連日、猛暑日が続き、子どもたちはどんな毎日を過ごしているのでしょうね。
 この猛暑は自然現象ではありません!局地的ゲリラ豪雨や竜巻、旱や干ばつ、これらすべてが人間のなせる災いです!原発事故も!
 
すべては子どもたちのために

 私たち人間は、快適な人間社会を実現するために自然環境を破壊してきました。その付けが今の異常気象なのです。ここまで地球を破壊してしまっては、復元するには米国・中国をはじめとする先進諸国は云うに及ばず、後進国も含めた全世界の国々が足並みをそろえて地球環境を守る、たとえば温暖化を止めるために化石燃料の使用を規制するとか、脱原発・脱核武装、原生林の乱開発をストップするとかをしなければなりませんが、自国の利益の確保のためにどの国もやめる気持ちがありません。

すべては子どもたちのために

 せめて私たちひとり一人の家庭でできることは、節電し、無駄なエネルギーの消費を控えリサイクル・リユース・リドュース、等の物を大切にする気持ちで生活する事しかありません。
 子どもたちのために日々の生活をもう一度考え直し、見直して自然を少しでも破壊されるスピードを遅らせてやりたいものですね!

 猛暑も夏だと思うと結構いいものですよ!汗はかくものと開き直ると流れる汗も気持ちの良いものですよ!
 節電、クーラーをコマ目に切る、無駄な消費を控える、TVのスイッチもこまめに切るなど等子どもたちのために頑張りましょう!!

投稿者 femil928 : 18:33 | コメント (0)

2012年08月15日

終戦記念日に思う

 今日、2012年8月15日は67回目の終戦記念日、天皇皇后両陛下をお迎えして戦没者追悼式が行われ、午後12時、1分間の黙祷が行われました。黙祷をしていた方々はきっと戦争の反省と戦没者に対する追悼の気持ちで、そして世界の平和を願っていたのだろうと思いました。
 戦後も67年にもなると、多くの日本国民は戦争などはすっかり無関心になり、今の平和なひと時を当然と受け止めているのでしょうね。NHKの式典放映の同じ時間、A社は小林幸子の問題、B社はオリンピックメダル受賞者の報道、C社はお笑い番組、D社はケバケバしいメイキャップのギャルの顔がクローズアップされた画面、どう考えても戦争には無縁の番組でしょう、と云った具合で終戦には関係ない番組が放映されていました。
 戦争などは過去の話、そんなかしこまった番組よりは、アハハ、オホホと面白く楽しい番組の方が気楽で良いとみているのでしょうね。
 日本国の戦後67年は確かに戦争の無い平和そのものの67年間で、戦争などは対岸の火事のようなもので私たちには関係ない事と、平和ボケしているのでしょうね。
 世界の彼方此方では未だに戦争があって多くの人々が戦争の犠牲者になっているのです。
 絶対にあってはいけない事ですが、もし、これらの戦争が引き金となって第3次世界大戦にでもなれば、核戦争になり地球は滅亡するのです。考え過ぎとお笑いになられるかも知れませんが、その時には私たちの可愛い子どもたちもその犠牲者になるのですよ。
 もう一度、この終戦記念日のこの時に、ご家族で戦争の空しさ、平和の大切さを話し合ってみませんか。 

投稿者 femil928 : 14:09 | コメント (0)

2012年08月02日

2012 サマーキャンプ 3日目

2012 サマーキャンプ 3日目

 今日8月2日は2012年度サマーキャンプの第3日目。
 蔵王の朝さすがに高原なのか清々しく、東向きの部屋は5時ころから朝日が差し込み、気持ち良い朝の目覚めに思いっきりの深呼吸、緑が体の隅々まで沁み込んで、最高の気分。タオルをぶら下げて朝湯としゃれ込みました。露天風呂から見上げる空は真っ青で雲一つなく、カラスのクロが一段と黒く・・・・・・・。こんな事はどうでも良い事ですよね。
 今朝は、昨日微熱があった子も熱は下がり、全員が元気溌剌!よかった!良かった!朝ごはんを済ませて、今日は山形子ども館に行きました。子ども館は、迷路があったり、3階から2階までの吹き抜けの滑り台があったり、糸電話やパイプ電話があったり、子ども館らしく子ども向けの図書室があったり、遊ぶには事欠かないのですが、節電にご協力くださいとのことでクーラーの温度が28度に調整されていて、エミールっ児は汗だくだくでも楽しく遊んでいなした。それでも、一人の女の子は「あつくてあそべない!」と涼しい場所を求めてぶらぶらしていましたけど・・・・・・。
 子ども館から帰って、お昼は牛丼、どんぶりイッパイをペロッとたいらげてお変わりする子も、蔵王高原とは言え、季節は夏、直射日光の下はガンガンの暑さ、熱射病に注意で、2時間ほどお昼寝。お腹が満足した子どもたちはぐっすり、バタンキュウ!夢を見る余裕もなさそうですね。
 お昼寝の後は、西蔵王公園へ、昨日も行きましたが、西蔵王公園は広くて、まだまだ遊びつくせません。アスレチックやターザンロープ、いろいろな遊具で遊んできました。
 夕飯の後、今、ホテルの窓からスカイツリー花火、子どもたちの部屋は4階ですので、花火は目の下で見えるので、スカイツリー花火と名付けました!そのスカイツリー花火を見終わって、今夜寝れば明日は大好きなママに会えると胸ふくらませて、そろそろ、鼻提灯の時間かな??おやすみなさい!!!
     とりあえずは3日目のご報告まで。

投稿者 femil928 : 20:38 | コメント (0)

2012年08月01日

2012 サマーキャンプ 2日目

サマーキャンプ 2日目

 サマーキャンプ2日目も、今夕飯を食べ終わって、これからお楽しみ会をやって、おやすみなさい!となります。
 ちょっと熱がある子が1名ほどいますが、後はみんな元気に過ごしています。
 今日、午前中は産業博物館に行って子どもたちがすっぽり入る超大型シャボン玉で遊んだり、自転車を漕いで発電してプラモデルの電車を走らせたり、竜巻の起こる様子を実験してきれいな竜巻に感動(実際に竜巻にあったらそんな悠長なことは言えませんけどね)したり、みんなは飽きずに楽しんでくれました。
 一度ホテルに帰ってお昼を食べてお昼寝の後は、西蔵王公園に行きました。広い草原は暑さの峠も過ぎ、高原特有の涼しさがあり、ちょっぴり深い芝生は子どもたちが転げまわったり、ジャンピングしたりするにはもってこいのクッションで、汗もかかずに楽しんでいました。
 遊び終わって一風呂温泉を楽しむまでは元気溌剌のみんなでしたが、夕飯を食べながらお母さん(なんで?お父さんでないのかね?お母さんは特だね!!)を思い出した子が一人大騒ぎ、見とれていた2~3人、果たして無事お休みなさいまで頑張れるかな。
 今現在は、みんなで元気よく「よいよいよ~い よいよい」と盆踊りを踊っています。
 以上 2日目の報告でした。

 追伸、写真も撮っているのですが、知識と技量がないためこのブログに添付できないのが残念です。冬のスキー合宿頃には出来る様に頑張ります!!

投稿者 femil928 : 20:58 | コメント (0)

お母さん 家庭に戻りましょう Part 2

お母さんがご家庭に戻ればどんな良い事があるでしょうか。

 すべては子どもたちのために

 初めに考えられる事は、お母さんが働かないで、家庭に戻ることで、子どもたちの寂しさがなくなるでしょうね。学校から帰って「ただいま!」と言って玄関を開ける子どもの笑顔が浮かびます。誰も居なっかたお家、自分で鍵を開けて無言で入るお家、そのお家に大好きなお母さんが待っててくれる喜びは子どもたちにとってどれほどの幸せでしょうか。そして、「ただいま!」の子どもの声に「おかえり!」と言う大好きなお母さんの声に子どもの心はどれほど癒されることでしょう。お母さんが働いていた頃には、(あんな寂しいお家には帰りたくないなぁ)と思っていたお家が(早く帰りたいなぁ)と思えるお家に、なんと素晴らしい事でしょうか!!

すべては子どもたちのために

 育ち盛りの子どもたち、お腹をすかして帰ってきて、お母さんの心温まるおやつ、温かいおにぎり、手作りのケーキ、オーブンで焼いたクッキー、湯気のふわふわったてる茹で芋など等、今までは朝出がけにお母さんが準備してくれた冷めた冷たいおやつ、時にはおやつの代わりに100円玉、どちらのおやつがお子さんには喜ばれるでしょうかね。

すべては子どもたちのために

 さて、お腹が満たされたら、子どもの得意分野「遊び」へ。ちょっと待った!お母さんがお仕事の時は「遊び」もお子さんの自由でしたが、せっかくお母さんがお家にいらっしゃるのだから、ひと声かけて「宿題は?」 この一声で、あなたのお子さんは、漢字の2~3文字、計算式の2~3問、社会、理科etc 一日に1~2の学習の成果を習得するでしょう。あなたのお子様だけでなく、日本国中のお子さんが一日に1~2の学習の成果を積み重ねたら、日本の子どもの学力は間違いなく今よりは高水準になりますよね。それに、塾通いも必要なくなりますよ。学習は一度にイッパイやるよりは毎日コツコツと少しで良いから毎日継続してやることが本当の学力になります。長時間の学習は必要ありません。10分でも20分でも良いと思います。大切なのは毎日の継続です。この継続が学習の習慣になれば、貴女のお子さんは成績優秀児で塾に行かなくてもよいので家計も助かりますよね

投稿者 femil928 : 15:33 | コメント (0)

2012年07月27日

お母さん、家庭に帰りましょう!

 すべては子どもたちのために

 お母さん、あなたのお子さんは、あなたが外で働くことを喜んでいると思いますか?

 あなたのお子さんは、学校から帰ってきて、自分でカギを開け、「ただいま」と言う相手もなく、「おかえり」のお迎えの声もない、さびしい(きっと寂しいのではないかと私は思うのですが)部屋に帰って喜んでいるとお思いですか?

 あなたのお子さんの精神的空しさの代償とあなたの稼ぎと対照したとき、いくらほどのプラスになっているとお考えですか?お子さんの空しさはいくらに換算してのプラスですか?私は大きなマイナス(大げさに言えば、単にあなたのご家庭だけでのマイナスではなく、日本国国家のマイナス)だと憂えています。

 あなたが今やっているお仕事は、貴女でなければできないお仕事ですか?可愛い我が子の寂しさや空しさ、もっと言えば、お子様の学力も犠牲にしてまで貴女が働かなければならないお仕事ですか?・・・・・・・・・もしそれほどまでに貴女の職能を必要とするお仕事であれば、大変でしょうが是非ぜひその職能を心置きなく頑張ってください。そのためには24時間しっかり安心できる保育施設を国を挙げて準備しておきますので。

 すべては子どもたちのために

 きっと、私の邪推かも知れませんが、医師とか教師とかその他にも看護師とか素晴らしい職能をお持ちでお仕事をされている皆様を除けば、お仕事をされているお母様の多くは、わが子の教育費のために、住宅のローン返済のために、もう少し贅沢をしたいために、あるいは、塾や習い事をさせるために働いている方が多いのではないでしょうか。勿論、お母さんが働かなければ生活ができない母子家庭や低所得者等の方もいらっしゃると思います。大切な・大変な・真剣に考えなければならない問題でこの問題は別の機会にもっと掘り下げて考えましょう。取り敢えず、上記のようなお母さん方にはもう一度
すべては子どもたちのために
を前提に今のお仕事が本当に貴女がやらなければならないお仕事かを考えて頂きたいのです。
                    続きは又次で

投稿者 femil928 : 14:57 | コメント (0)

2012年07月24日

オスプレイ

 オスプレイとわが子の健全育成と何の関係があるの?と思われることでしょうね。

すべては子どもたちのために

 そうです!子どもたちの未来に大いに関係があります。

 そもそも何故オスプレイが必要なのでしょうか。日本国の平和を守るためには軍事力が必要であり、その軍事力の大きさが抑止力として第三国からの侵略から日本国を守り平和が保たれるのだと言う論が成り立つのです。その軍事力の増強のためにオスプレイの配備が欠かせないのだ米国の主張であり、日本国は同盟国として止む御得ない事と認めざる負えないのです。

 ここで問題です。私たちは子どもたちに戦争のない平和な世界を、と平和教育をしているのに、国や世界は平和を守るための戦争と訳の分からぬ理由で戦争をし、万が一戦争になったときのために日ごろから軍備力を増強していざの時に備えなければと、戦争ありきの軍事力に巨額の国費が費やされています。

 この軍事費を子どもたちの教育に振り向けたら、義務教育だけでなく高校も大学も無料化にして、貧困の格差による教育格差が解消され、日本国民は世界に誇れる高学歴国民になります。
 私は国はもっと小さな政府になるべきだと考えています。国は外務省、総務省、法務省、金融省、国土省、文部省、医療省だけで良いと思うのです。あとは国民の人間としての理性に基ずく自主性に任せればいいと思います。つまり、防衛省は要らない省で、外務省が対外的問題を解決し、文部省が平和教育をしっかり行えば良いのです。
 文部省は基本的日本国の教育の規範を指導徹底し、子どもたちの教育費は幼児期から大学院までの20数年間無料にし、学校の設立は国が、運営は基本[私学]とし、それぞれの学校の校長の自主性に任せ、子どもたちは自分の考えで学校を選び、教科も自分の考えで選択して自分と意気が合う先生の授業を受けられるようにすべきだと思うのです。

 教育改革に話が飛んでしまいましたが、教育改革はまたの機会に詳しく書くとして、今ここで言いたいことは軍事費を削減してそのお金を教育に向けて欲しいということです。

 もい1点、オスプレイで書きたかったことは、
 このオスプレイの配備に対して、大げさに言えば全国民が反対しているのに、国は、「米国と慎重に検討して安全が確実に保証されるまで試験運転させない!」とか、「各種委員会を設けて米国からも総ての資料を取り寄せて・・・・・」とか、岩国市長や沖縄知事たちは「げったいに陸揚げさせない!」と言っていますが、どれもこれもみんなパフォーマンスですべては出来レース、大飯原発の再稼働反対でも結局は再稼働され、全国各地で行われている原発に対する公聴会も原発依存の国の思惑ありきのパフォーマンス、いじめ問題の解決策でも文科省で「いじめ対策支援チーム」を新設して・・・云々と本気度が感じられない形骸化された発想、どれもこれもただ単に国は頑張っていますよと国民に見せているだけですべては何かの圧力のままに決まっているとか、本気でやる気はありませんと言った今の日本を、これで良いのでしょうか???

こんな日本で私たちの子どもに幸せな未来があるのでしょうか???

すべては子どもたちのために

投稿者 femil928 : 19:09 | コメント (0)

2012年07月20日

いじめ Part 4

 すべては子どもたちのために


 いじめについて書きだしたら終わりのないエンドレス文章になってしまいます。ここで、多くの皆様から反感を得ることを覚悟で、すばりと、厳しく締めましょう。


すべては子どもたちのために


 大げさに言えばいじめが蔓延しているこの世の中、いじめが撲滅することのないこの世の中、このままではあまりにも、地球上で唯一理性を持つ動物、人間として悲しい事ですね。

 そこで言わせてください!

 いじめられてるお子さん(大人も含め)も
 いじめているお子さん(大人も含め)も

 そんな子どもに(大人に)育てたのは、その子を育てたお父さん・お母さん、あなた方の子育てが間違っていたためであることをしっかり自覚してください。

 杞憂(こんなことを書いても、間違った子育てをしている親さんは、真剣に子育てなど考えないで、お笑い番組や自分の欲望のみにウツツヲ抜かし、わが子には無関心でいるから、いじめっ子・いじめられっ子になるんですよね。学校などで問題が起きる度に、学校では全体集会を開催しますが、集まる親さんは当事者ではなくて、本来集まる必要のない方々で、当然集まってほしいその問題の当事者の親さんは、忙しいとか仕事があるからとか極端な場合はうちの子には関係ないとうそぶく始末、これでは全体集会の意味がありません!そんな中で討議されても絵に描いた餅のようなもので、実行不能で何ら解決策にはならないのです。)

 杞憂が長くなりましたが、いじめっ子もいじめられっ子も、

 一言でいえば さびしいっ子 なのです。

 青少年(大人)の問題が起きると、必ず、ごく普通の子(人)で・・・・とコメントされますが、表面だけで子ども(人)は判断してはいけません。多くの人間は自分の心の内を素直に表現することは苦手です。家庭内の問題は外に出したくありません。一見充たされた家庭に見えても、ご両親が有識者のご家庭でも、ご両親が犬と猿のように寄ると触ると喧嘩ばかりしている家庭でも、子どもがどれほど傷ついているかわからない環境でも、子ども(人)は精神的にさびしいのです。

 さびしさを測るというか基準は会話があるかです!! 親子の間で、人と人との間で、形の上での会話でなく、互いに心を開いた本音で自分の心の底から話ができるかが大切です!!
 
無関心は会話になりません。押さえつけは会話になりません。一方的駄々は会話ではありません。勝手にしなさいは会話ではありません。
 
会話の必須条件はお互いにです!!
 
 特に大切なのは話し手よりも聞き手が大切です。話し上手よりも聞き上手にならなければなりません。弁舌は自分の気持ちを伝えるのですから話し上手でなければなりませんが、会話は聞き上手がいて初めて会話が弾むのです。聞き出すにはその話を肯定することから始まります。否定すれば会話はそこでストップです。


 いじめっ子のお父さん・お母さん、と言っても、きっとこれは読んでくれないでしょうね。でも一人でも居てくれたらうれしい事です、でも、いじめられている子のお父さん・お母さんはきっと読んでいただけていると思いますので、一言助言したいと思います。

 子どもとの時間を持つような積極的な努力をしてください。そのためには共通の話題が持てるように共通の趣味を持ちましょう。何でもいいと思います。親子で楽しめる趣味であれば(大きい声で言ってはいけませんが麻雀でも花札でもほどほどなら良いと私は思います)良いと思います。たとえば麻雀でもその発展的危険性をも親子で楽しむ中で指導できれば親子関係がより本格的になりますよ。
 
 すべては子どもたちのために
  親子で楽しい時間を持ちましょう!!

投稿者 femil928 : 16:30 | コメント (0)

2012年07月18日

いじめ Part 3

 前日も書きました、いじめは単に教育の現場だけでなく私たち大人社会でも日常茶飯事に起きているのです。国の統制機構や体制や社会構造や行政機構などの根本的改善をする国の当事者としての覚悟がない以上は、今の教育現場、いや、もっと大袈裟に言えばこの世の中からいじめを無くすことは絶対にありえない事です。

すべては子どもたちのために

 いじめが無くならないなら、いじめから私たち自身が自己防衛するしかありません。
 昨日、子どもを学校から守る方法として義務教育について書きましたね。ここで教育基本法の「義務教育」の条をご紹介します。

 教育基本法、第4条に、義務教育について、[国民は、その保護する子女に、九年の普通教育を受けさせる義務を負う。」と書かれています。

 この条文からどこにも子どもは学校に行かねばならないとは読み取れません。この条文の義務とは親が子どもに教育を受けさせる義務があると言うことです。

 ですから、いじめを根絶できない学校に子どもを無理やり行かせる義務はないのです。今の世の中教育する場所が学校にしかないような実情であり、義務教育以上の教育の場、つまり、高等学校や大学に進級するには、学校に行かずに資格検定試験を受けてさらなる上の進学もできますが一般的にはと言うか多くの子どもたちは小学校を卒業して中学校、中学校を卒業して高等学校、高等学校を卒業して大学と言ったステップを踏んでいるために、より高い教養を身に着けるには学校に行くことが無難だということなのではないでしょうか。
 また、行かなくても良いとは言っても子どもは子ども社会の中で育つのであって、自宅に一人ぼっちで生きていくのは健全な成長ではありませんね。子ども一人ひとりに見合った学校を選んでやることも、いじめからわが子を守る一つの手段です。この選択は親の義務なのです。わが子の学区はどこそこだからこの学校にしか行けないのと消極的な態度ではかわいいわが子は守れませんよ。

すべては子どもたちのために

 学校の先生を責めてはいけません。先生方もいじめの被害者であり、その悩を少しでも軽減しようと加害者にもなりかねません。不幸にしてかわいいわが子が通う学校がそんな学校ならば転向しましょう!!!それができないなら休学させましょう!!!それも無理なら、孟子の母のようにわが子のためにより良い土地に三度か四度引越ししましょう!!!

投稿者 femil928 : 07:50 | コメント (0)

2012年07月17日

いじめ Part2

先日いじめについて書きました。その後連日のようにいじめについてのレポートが放映されています。皆様も、もう、うんざりしているのではないでしょうか。子どもたちには大切な課題であり、うんざり、等と言うのは大変怪しからん事ですよね。それなのにうんざりするのはなぜでしょう。
 
 すべては子どもたちのために

 皆様は連日の報道を見てて、あの校長先生の態度、話しぶり、話の内容、教育委員会の委員長や関係者の無表情な反省のなさ、これで学校からいじめが無くなると期待できますか。私は学校長を教育長を攻めているのではありません。

 よくよく考えてみてください。
 あの人たちは何故あんな状態になっているのでしょうか?

 あの方たちもいじめの被害者なのです。組織と言う枠の中で日々いじめと戦っているのです。自分の信念で言動したら上司から叱られ、失職するかもしれません。自分の生活を守るためにはああしか言えないのです。そして、その憂さ晴らしが部下を厳しく管理しいじめ。いじめられた部下は現場の先生にさらなる監視と言ういじめで、つまり、いじめる側といじめられる側とが攻守を変えて連鎖しているのです。

 あの方々もいじめの当事者なのです。その当事者に、どうすればいじめはなくせるかと聞くのは、犯罪者にどうすれば犯罪は無くせるかと聞くようなものです。いじめで苦しんでいる人にいじめを無くす方策は立てられません。

 文科省をはじめとして教育界を構成している組織を改革して、規制緩和で教育界に自主自立の自由権をあたえいつでも子どもたちのために先生方が心配りができるゆとりがなければ、いじめの根本的解決は希望できません。言い換えればこのままでは学校からいじめはなくなりません。

 いじめは無くならないのです。あっては絶対にいけない事ですが、私たち親は、今の教育行政では多くを期待できないことをしっかり心にとめて置かなければなりません。

 私たち親はどうすればよいのでしょうか。

 すべては子どもたちのために

いじめに強い子どもに育てる 

 これしかないと思います。いじめに強い子どもに育てるには、幼児期から多くの失敗を経験させその失敗を自力で乗り越える歓びを体でたくさん体験させてやることです。何でも欲しい物を買い与えるのでなくあるもので遊ぶ工夫を経験させることも逞しい子どもに育てるには大切なことです。
 いじめに負けない子どもの育て方についてはこれから折に触れて書いていきましょう。

 もう1点親さんとして子どもをいじめから守る手段として知っておいて頂きたいことがあります。

 それは、義務教育とは何か、と言うことです。

 皆様の多くは、義務教育とは、子どもが中学を卒業するまで学校に行かなければならない義務があると思っていませんか? 
 これは大間違いです!!!
 義務教育とは子どもが学校に行かなければならない義務ではなく、親はわが子が15歳の春になるまでは教育をしなければならないという義務があると言うことです。つまり、子どもには教育を受ける権利があって、学ぶ権利や学ぶところを選ぶ権利があって、仕事をさせてはならないということです。つまり、子どもには学校に行かなければならない義務はありません。
 いじめが絶えない学校に行かなくてもいいのです。無理やり、我慢させて行きたくない学校には行かせなくても良いのです。この件についても後々ゆっくり丁寧に書きましょうね。

 とにかく、悲しいことですがいじめは無くなりません!!!

すべては子どもたちのために

 世の中、皆で変えてやりたいですね。

投稿者 femil928 : 20:00 | コメント (0)

2012年07月15日

平成24年7月 九州北部豪雨

 すべては子どもたちのために
 
 九州北部豪雨と子どもたちの幸せとどんな関係?と腑に落ちない思いでしょうか。
 
 大いに関係があります。この北九州の豪雨は自然災害でしょうか。私は人災だと思っています。

 私たちが子どものころは、私が住んでいるこの福島市は人口も十数万人で、国道と言えど幹線道路が縦横にはしり、たまに走る自動車は土ぼこりを上げて走り窓を開けていたら部屋中が砂埃でザラザラしてお掃除はまず始めにはたきをかけて棚の砂埃を払ってからでした。
 大きな商店街もなく、町と言っても駅前通りとすずらん通り(今のパセオ通り)その界隈が町でした。それ以外は田圃と畑で、集落と集落を結ぶ道にはポツリポツリと設けられた裸電球の街灯が物寂しく点いているだけで、夏の夜は蛍狩りや夕涼みの散歩を楽しめました。
 とにかく私たちの住環境は自然が手つかずのままでした。
 雨が降っても田圃に畑に恵みの雨として喜ばれ、暑い真夏日の夕立は乾ききった道路に浸み込まれた水分の蒸発と共に地面が冷やされ一時の涼が楽しめたものです。
 豪雨もその所で地面に吸収され、どぶ川に小川にまとまり大きな川に集まる時点には確かに豪雨だったんだねと思わせる水量にはなっていました、それで何十年か何年かに一度の水害になり全国的にも珍しい歴史に残る洪水災害になることもありました。しかしこの水害も今の河川管理の水準だったらありえない未整備による人災的水害だったでしょう。
 
 昨今の自然災害は、日本国土全体がアスファルトやコンクリートでカバーされ降った雨は地面に吸収されずに排水溝に集められ、地下に張り廻られたパイプにまとめられ、降雨のほとんどの量の雨水が河川に流れ込むために起きているもです。自然災害でなく明らかに人災です。もし、田圃や畑の耕作面積が宅地化されずに取り戻され、幹線道路は仕方ないとして細道や裏通りが土のにおいを復活させ、休耕田が水をたたえる田圃になったら、水による災害は半減するでしょう。

 もう1点、現代の集中豪雨の他に、竜巻や異常気象による冷害や干ばつなど等の災害も、地球の自然を破壊した人間と言う動物のなせる業です。
 長くなるので別の機会に書きましょう。

すべては子どもたちのために

投稿者 femil928 : 19:38 | コメント (0)

脱原発か・原発依存か

すべては子どもたちのために

 福島第1原発の人類史上初めての事故で国土的にも自然環境的にもそして何よりも日本国民にも甚大な傷跡を残し、原発の抱える恐ろしさを全国民が経験して脱原発が国民の総意のように感じられてから1年4か月、国民の多くがあの惨劇を忘れたのか、私的には政府や大企業の作為的操りでマスメディアを通して国民を忘れさせ、日本国経済的の未来永劫な発展のためには原発による電力の確保は欠かせない国策であり、あの福島第1原発の事故は人災であり、人災と言うことは未然にしっかりした対策を講じていれば絶対安全だという、またまた机上の空論で国民の気持ちを、原発は安全なんだ、と思い込ませ原発を守り維持発展させてその利権に群がろうとしているように思われます。
 そして、今では原発依存を徐々に減らすとしても(私の邪推ですが、国民はあと2~3年もすれば忘れてしまい国民の豊かな生活を支えるためには原発にとなるよ)大飯原発を再稼働し、次に柏崎刈羽原発を再稼働と次々に再稼働しているうちに問題は自然消滅的に国民から忘れ去られる。原発の要・不要よりもあの原発事故の責任者は誰だと責任者捜査でもしているほうが無難だし国民もそのほうが楽しいだろうと矛先が変えられつつありますね。

ここで すべては子どもたちのために

 原発事故の原因追及や責任者探しや未然防止のための新たなチェック機構だの委員会などの組織を構築して権威ある有識者の名誉ポストを乱発して形骸化され又は偽証されたレポートの答申に基づいて大企業の思惑のままに原発が再稼働されることはもうたくさんですね。

 子どもたちの明るく安全で楽しい夢ある未来を準備してやることが義務である私たち大人がするべきことは、速やかにすべての原発を廃炉にし、その原発に就労する人たちで水力、火力をはじめ風力、地熱、海流(波)力、そうそう、太陽光発電などの比較的安全なエネルギーを利用した発電事業に就労していただき、(すべての原発の廃炉に伴う原子燃料の安全な処理には新たな問題と莫大な費用がかかり、新たな就労の場もできます)、原発の廃炉に伴う電力不足には私たちの積極的な犠牲、つまり、節電で、ない電力を求めるのではなく使える範囲での使用、または少ない供給電力に対する需要の増加で生じる電力料金の値上げで自ずと生じる節電、24時間営業のコンビや夜空を燃やすピカピカの広告塔など等たくさんの無用な消費を省くだけでも大きな節電になります。

 一人ひとり、一軒一軒、一企業一企業の積極的節電で子どもたちの未来は明るく安全で楽しく夢のある未来になりますよね。

 みんなで脱原発を大きな声で主張しましょう。

投稿者 femil928 : 07:36 | コメント (0)

2012年07月14日

いじめ

 すべては子どもたちのために

 また又、いじめが問題になっていますね。
 いじめ、自殺の問題は今に始まったことではありませんが、子どもに自殺と言う現象が表面化する度に、熱病にでも罹ったように教育界が大騒ぎして、いじめによるこどもたちの犠牲者を無くすために徹底的解明と再発防止策を教育現場に普及させねばならない、と子どもたちを初め、親さん、教師、社会に警笛を鳴らしますが、目まぐるしく次なる問題が発生すると、のど元を過ぎた熱いお茶のように忘れ去られて有耶無耶に。

 皆様はこの世の中から「いじめ」が無くなるとお考えですか。

 私たち大人の世界でも、いじめ(子どもの世界よりももっと陰湿で醜い・・・・)は日常茶飯事に身近から絶えませんよね。私ごとながら私だけがそう思っているだけならこの上ない喜びです!
 私は、この「いじめ」と言う問題は未来永劫に無くなることは、悲しいことですが、絶対ないと空しく思っています。教育の現場にいるもの、大人、社会人として本当に悲しい思いです。
 そこで、私の提案ですが、
 私たち大人を初めですが、特に小、中、高の子どもたちにはいじめと戦う強さを培ってほしいと思います。些細な初めの一寸したいじめのスタートで「いやだ!」「だめ!」「誰々に○○の不当な要求をもとめられた!」等と声を出してもらいたいし、そんな声なき声に耳を傾けられる周囲の大人になりたいですね。何事も初めの対処が大切です。事が大きくなって出したくても声が出せない状態まで放置していては最悪の結果になってしまいます。
 そのような、自分の思いを自分の言葉で表現できる子どもに育むには、幼児期の素直な感情表現をしっかり聞きとめる親さんのきめ細やかな心配りが大切です。また、たくさんの喜びの経験以上に、苦しい、悲しい、空しい経験から立ち直る、喜びをプラスの経験とするならば、苦しみ、悲しみはマイナスの経験と言い換えられますかね、そのマイナスの経験を沢山たくさん経験させて、その苦しみから、その悲しみから逞しく明るく立ち直る経験をさせることです。プラス・マイナスで差し引いてマイナスが多ければ多いほどいじめに対して強い人間に成長します。
 無くならない「いじめ」には逞しい人間形成で立ち向いましょう。

 ここでもう1点是非とも考えて置かなければ成らない事があります。
 それは、「なぜいじめるのか」又は「いじめっ子」の事です。私はどんな子どもでも、大人は時々は別かもしれませんが本質は同じと思いますが、いじめは正しいこと、やって良いこと、やってうれしいこととは思っていないと確信しています。決していじめっ子を正当化しようとしてではありませんが、いじめっ子にもそれぞれの、特にその子の家庭環境に大きな問題を、あるいは些細な問題かもしれませんが、その子なりに抱えて苦しんでいるSOSなのかも知れないことを、私たち大人が社会が聞いてやり話し相手になり解決に導いてやる思いやりも忘れてはいけないと思うのです。

すべては子どもたちために

投稿者 femil928 : 09:41 | コメント (0)

2012年07月08日

生きる喜び・歓び・慶び・よろこび

 すべては子どもたちのために

 2012.7.7 PM3:30~8:40までの5時間10分に渡る長時間「2002、北の国から、遺産・前編」
「2003、北の国から、遺産・後編」がBSフジTVで放映されました。今までに何度見たか覚えていませんが、見る度に心が洗われる思いで、今回も涙が自然にこみあげて画面が滲んでしまいました。

「生きる喜び」


     生まれた喜び
     這えば立て・立てば歩めの喜び
     幼児園、小学校入園、学の喜び
   

「生きる歓び」


     運動会で楽しんだ歓び
        1番にならないとダメ?
     昨日よりも頭がよくなった歓び
        100点じゃないとダメ?
     苦手を乗り越えた歓び      
        一流大学でなければダメ?


「生きる慶び」


     夢のある仕事に就職できた慶び
        一流企業じゃないとダメ?
        高所得・高地位でないとダメ?
     結婚・子ども・家族を持てた慶び
        高学歴・高収入・マイホーム


「生きるよろこび」


     三世帯・四世帯の大家族でのよろこび
        家族ばらばらの各家族・老後の心配
     晴耕雨読の自然の流れに合せたよろこび
     波乱万丈ながら生きてきたよろこび

「生きる」スタイルが様々であれば、「よろこび」にも[喜び]、[歓び]、[慶び]、[よろこび]とあっるものですね。皆様の生活様式に似合いの「生きるよろこび」を考えるひと時、それこそになっていただければそれこそ私の「いきるよろこび」の一つです。   

投稿者 femil928 : 10:11 | コメント (0)

2012年07月02日

受注製造販売

 すべては子どもたちのために
初めに国民ひとり一人に幸せになってもらうために所得倍増を、倍増した所得で貯蓄ではなく消費に向け、安売りに殺到するのではなく、適正価格で適正消費にと書きました。
 適正価格と適正消費とは「需要と供給」とが=(イコール)で成り立つときの状態を言うのですね。
 需要が供給を上回ると商品は高騰し、供給が需要を上回ると商品は下落する、需要と供給がイコールで成立したときに経済は正しいサイクルで営むのですね。これは経済学の基礎の基礎ですものね。ところが、ここに人間の悲しい性「欲」が働くと過剰生産があったり、無駄な買い漁りが起きたり、人為的製品隠しや異常な購買心を煽ったりと不適切な経済活動が原因して物価が不正に操作されて富が不平等に配当され貧富の格差が生じてしまうのです。
 今、自動車や一部高級品は、受注生産と言うシステムが主流で、消費者が購買意志を表示してからメーカーは生産ラインに組み込み生産する。ですから、自動車の価格は値引きや安売りがないのです。私はもっともっと多くの物がこの受注生産方式になれば、商品の価値が本来のそのものの価格として販売され、生産会社はより多くの利益を上げ、不要な生産や多くの在庫を抱えることもなく、それ以上に資源輸入国のm日本国として無駄な資源の輸入も必要なく貿易収支も好転すると思います。
 もう1点、大量生産が抑制されることで、各企業はTV、新聞をはじめとするマスメディアに膨大な広告料を必要とせずにそのお金を従業員に給料の上乗せとして使うことができます。所得倍増にも繫がるし、一方的マスメディアからのコマーシャルによる無駄な消費の抑制にもなります。
 いろいろな面で受注生産が進むことで、正しい経済活動が営まれることで、その結果、すべては子どもたちのためになるのです。

投稿者 femil928 : 16:04 | コメント (0)

所得倍増

すべては子どもたちのために 
  日産自動車のカルロスゴーン社長の年俸は9億8000万とか、年収500万の従業員の200人分、100万円づつ均等に従業員に配当すれば1000人分になります。社長が9億8000万とすれば副社長は、専務取締、常務、部長・・・・・これらのお偉いさん方の総所得を500万で割ったら、100万で割ったら、どれほどの勤労者が年収500万以上に。私が思うのは、富の分配が適切に行われているのだろうかと言う疑問です。これは単に日産自動車だけのことではありませんよね。大小の差はあるでしょうが大企業の総てが、中小企業でも考えられることですよね。まずは、富の分配をもう少し底辺に厚く、働いてくれる従業員が幸せになれば自ずと自分の企業も売り上げが上がって潤うと言う考えに社長をはじめとする経営者が考え方を変えるだけで、所得は1.2~3倍に、いやもう少し増加して1.4~5倍になるかも。この底上げは間違いなく日本国の経済の活性化として現れるでしょう。経済が活発になれば企業は潤い、その潤いを適切に配分されれば従業員の所得はさらに増加し消費に弾みが付き・・・・と活発のプラスのサイクルが日本国民と企業と日本国との間に循環します。
 所得倍増の方法の第1提案です。ひとり一人の経営者が英断していただけるだけで明日にもできる第1歩なんですけどね。すべては子どもたちのために!!!

投稿者 femil928 : 15:28 | コメント (0)

100金(?) バーゲン LCC

前回の「所得倍増」の前にこの文章を公開する訳でしたが手違いで前後しました。今日これを公開しますので読み直していただけたら幸いです。 
すべては子どもたちのために
 所得倍増、2倍増、3倍増は子どもたちが経済的環境でより豊かな生活をしてほしいと言う観点から、国の税収の高額安定確保からの提言です。
 所得を倍増(これからは倍増どころか3倍、4倍を考えていますが、取り敢えず「倍増」と言うことで表記しますが倍増に含まれる願いをくみ取ってください)するには、まず、私たちの給料の基本になる富の分配の適正化を提言しましたが、次に(順序がこれで良いかは別として、しかし、物事にはこの順序が大切なことは重々分かっていますが順序の違いはお許しください)より多くの所得を得るためには、私たち給与所得者はより多くの消費をすべきです。お金のことを「天下のまわりもの」と言われていますが、私たちが消費することで企業が潤い、その富がまた給与の増額に結びつくのですから、給与が倍増されたからとその増額分を不安定な未来の憂いのために貯蓄に回したら、経済は一向に好転しません。その結果は企業が苦しくなり、減給となってまたまた今のような貧富の格差の中で低所得者は日々の生活に苦しみ、約5~6%の富裕層に富が偏ることになります。
 そこで、今、私たちはダイソーなどの「100金」(これで良いのかな、取り敢えずこう表記します)で、バーゲンセールで、LCCなどの格安運賃の飛行機で、これらに似たより安いものを求めて消費していますね。今の経済状況では、ある意味では当然とも言えるでしょうし、消費者心理としては、少しでも安いものを求めたくなりますよね。
 しかし、100金やLCCで働く人々のことを考えてみましょう。100金の商品を作っている人々はいくらで作っているのでしょうね。原価は、第1次卸値は、100金の仕入れ値は、考えたらあの製品の従事者は1個、20円、30円の製品で、その部品を供給する下請けの零細企業では、一桁単位の円で働いていると思います。そこから得た富で・・・・・と言ってもきっとぎりぎりの分配でしょうね。LCCで働く人も、今は就職難の時代ですし、出来立ての会社で、機体も新品ですから、絶対に安全ですし省いているのは無駄で、やるべきことは省かずにしっかりやっていますのでどうぞ安心してご利用くださいと明るい笑顔で応対しています。省ける範囲の最小コストと人件費で営業してもそのうち企業全体が疲れ切って大きな事故に繫がらないとは誰も言えません。
 なぜ、このような経済活動が営まれるのでしょうか。経済の原理は「需要と供給」のバランスです。上記の現象は供給が需要を上回っているからです私は思うのですが、この「供給が需要を上回る」現象が改善されなければ今の日本の経済はよくならないと思っています。3~40年前の物不足の時代は大量生産大量消費で経済は潤ってきましたが、今、各ご家庭では物が有り余っています。もっと良質のものを、もっと価値あるものを、もっと人々が大切に取り扱いたくなるような真心のこもった製品を、適正な価格で取引される、経済活動に改める時ではないでしょうか。このままでは経済活動のみならず私たちの心も貧しくなってしまい、子どもたちに威張れるものがなくならなければと。

投稿者 femil928 : 08:59 | コメント (0)

2012年07月01日

消費税増税

 すべては子どもたちのために
 私はこのブログを更新し続けるに当たり、常にこの「すべては子どもたちのために」と言うことを考えの基本に置き、子どもたちが健全に健やかに夢に向って育まれ、自然豊かなこの日本国を自信と誇りを持って、日本人としての自覚を持って生きて欲しいと言う願いをこめて、そんな日本国の実現のために考えを展開します。
 もう1点、これからの諸々の提言に当たり数値や公的機関名などの表記が行われるでしょうが、それらの厳密な記載には間違いがあるかもしれませんが、正しい数値や名などは皆様で訂正してお読みいただければ嬉しく思います。それらの厳正な表記よりもその底にある私の思いを読み取っていただけたらこの上ない喜びです。宜しくご理解お願いいたします。
 
 そこで本題に入りますが、今、消費税増税が話題になっていますが、この増税の目的は、減少する税収と年金や福祉の社会保障の財源の補充と言う名目で国民の理解を得たいと政府は考えているようですが、この法案が衆議院を通過した途端、景気回復と言う名目で10年で200兆の、または10年で100兆の強靭な国土の建設のための歳出案が提出され、政府は4兆円の整備計画新幹線の新たな着工が発表されました。「コンクリートから人へ」が景気回復のためにまた逆戻りの「人からコンクリート」に成ろうとしています。これでは次の税率アップ、またまたアップと、打ち出の小づちを振るかのように増税が繰り返され、子どもたちの未来にもより大きな借金を積み残して、最終的には制度的破綻をきたしてしまいます。
 これらの危惧を解決するには、第1の、いやいや、この不幸な日本国の救済策の第1歩、スタートは、
国民給与の倍増、3倍増、最低年収500万以上です。
 消費税を5%から10%にしなくても国民の給与が倍増、3倍増、500万以上の年収があれば、国民の消費は倍にも3倍にもなり、消費税収も今の倍、3倍、つまり、現行の消費税5%gが10%に15%になったと同じ税収が、所得税も単純に倍、3倍増になり、40兆しかない税収が、国民の活発な経済活動の結果、倍、3倍、つまり、80兆、120兆の税収が、今の国の予算90兆のはるか大幅の増収が得られ、赤字国債も必要なく、今までに積み重ねられた国の借金の返済にも充てられる、これこそが未来の子どもたちに負の遺産を残さないベスト策ではないでしょうか。
 国民の生活が豊かになればなるほど国は豊かになる、まるで、紀元前3500年頃の古代エジプトの知恵ですね。良いこと尽くめの所得倍増論、所得倍増といえば今から約4~50年前に当時の池田勇人内閣が掲げた国策でした。あの頃と現代は諸々の環境は違いますが、その政策後の日本は、やれ神武景気だ、大和景気だ、みぞうゆう(未曾有)景気だと日本国はわきに沸いた素晴らしい発展期を経験しました。こんなことを書きながら、あの頃の国民たちが夢にむっかて楽しく明るく生きていたことが懐かしく思い出されます。
 さて、国民所得が最低年収500万達成されるには沢山の問題が考えられますね。次回からはそれらの一つひとつについて考察しましょう。

投稿者 femil928 : 08:21 | コメント (0)

2012年06月30日

有害図書(ゲームソフト)についての注意

 先日、学校から保護者あてに「有害図書(ゲームソフト)についての注意」と言うお知らせを頂きました。
 その内容は、まず、有害図書とは、性や暴力に関して露骨もしくは興味本位の取り上げ方をし、青少年の人格形成に有害である可能性があるとして政府や地方自治体によって指定される出版物(ゲームソフトも含まれる)のことで、今、子どもたちの間で、これらのゲームソフトが広く出回り、街中で車を暴走させて人を跳ね飛ばして楽しむゲームや脱法ハーブを吸引して幻覚状態になり暴れまわる疑似体験ができるソフトがあったりで、子どもたちの人格形成にあきらかな悪影響をもたらす物も出回っています。そして、これは単に子どもの世界だけでなく、未成年者や一般の若者やサラリーマンやお父様たちの間にもファンが広がり、ご家庭のゲーム機の中にそれらのソフトが入れられたまま放置され、子どもたちがゲームに耽る事例もあるそうで、ソフトの管理をしっかりして欲しいとのことでした。
 なんですか? ソフトを造るも、売るも、買うも、遊ぶも管理も勝手ですか? これが自由ですか?
 私は、戦争について、日の丸・君が代について、権利と義務について、脱法ハーブについていろいろブログで呟いています。幼児園の園長が、なんでそんな事に・・・・・と思われるでしょうね。
 私も、何もむきになってそんなことを呟かないで、現状をあるがままに受け止めて、良い意味でも悪い意味でも「ケセラセラ」(この世の中なるようにしかならないと言う歌の文句です)と世の中の流れに逆らわずに気楽に生きていればどんなにか楽しいのでは、と思うことがあります。そして、こんなことを書いている自分が・・・・と自暴自棄に陥りそうな時も多々あります。
 しかし、子どもたちの幸せを、限りない可能性を夢見る子どもたちの未来を考えるとき、大人気もなく憤りを感じついつい呟いてしまうのです。こんな世の中をこのままにして私たちのかわいい子どもたちに引き継いでも良いのでしょうか。
 昨夜、大飯原発の再起動に反対する携帯ツウィッタの呼びかけに同調した多くの、発表によると4万人以上が首相官邸にデモしたそうです。アラブの春も、ガダフィ大佐の失脚も、みんなひとり一人の声の集まりからでしたね。私たち大人が本気になって声を上げなければ間違った自由が子どもたちの世界を希望も夢もない世界にしてしまいます。
 無関心から脱却してもっと子どもたちのために,善は善、悪は悪と主張しましょう!!!

投稿者 femil928 : 12:21 | コメント (0)

2012年06月28日

脱法ハーブ

 脱法ハーブで命を落としたあ子どもたち、脱法ハーブの乱用で病院に緊急搬送される子どもたち、まるでガチャポンでおもちゃを買うような安易な販売ルートと購入の安易さ、今、若者の間で脱法ハーブで大きな問題が起きています。
 日本国憲法では商売の自由が保障されており、誰でもが自由に利益を得るために商取引ができるようになっています。
 そもそも、ハーブはお香のように焚かれてその匂いを楽しむものとして販売されそれがいつしかその匂いが覚せい剤のような効果があると若者たちに広がり、お香以上に覚醒の効用が勝るハーブが開発され、限りなく覚せい剤に近い効用のあるハーブが開発され、覚せい剤取締法から脱したハーブ、つまり、脱法ハーブが出現したのです。
 そして、その脱法ハーブによる被害者が続出する中で、若者たちに覚せい剤のような感覚で購入される脱法ハーブが販売禁止になるのですが、開発者は手を変え品を変え巧みに法律の網を掻い潜り新たな化学式を持ったハーブを開発して,正しく脱法行為を続け、イタチごっこのようです。
 自由であり法律に触れなっかたらやって良いというのは、いや、この考え方は法律の解釈を自分に都合の良いように解釈しているだけで、法律の中には、・・・・・自由は保障はするが、公共の福祉に反しない限り・・・・・と謳われています。
 現代社会は、権利、権利と何においてもすぐに権利が主張されます。そしてその権利のもとに何事もまかり通ってしまいます。権利の根底には必ず「義務」があることを、そして義務を果たして初めて権利を主張できることを確認したいですね。
 日本国民である義務、つまり、憲法を守る義務を果たして初めて日本国民としての権利が主張できることを子どものころから育ててやりたいですね。家庭の一員として、子どもとして、幼児園の、学校の、地域社会の一人として立派(良い子)であることが義務であり、だから欲しいものを買ってもらえ、困ったときに助けてもらえ、幼児園の園児として、学校の生徒として認められると言うこと等をしっかり指導しておきたいですね。

投稿者 femil928 : 18:32 | コメント (0)

2012年06月25日

私のメモ帳・大英博物館・古代エジプト文明

 2012年6月24日PM9:00NHKの放送のメモ
 大英博物館には古代エジプトの遺跡から発掘された資料が約800万点が収納されているそうです
その内の約1%、8万点が公開され、残りの99%790万点は地下倉庫に保蔵されたまま眠っているのだそうです。今回NHKではその眠っている発掘物から古代エジプトの一般国民のミイラやパピルスに記録されている、神々にかかわる文章を記録する文字を神聖文字、一般の民衆が使った文字を民衆文字と言い、その民衆文字で記録されてた一般市民の生活ぶりを解明されたことが報道されていました。
 古代エジプトの人々は奴隷のように虐げられた生活をしていたと伝えられていたが、ミイラから取り出された骨の分析から、人々は小麦粉のパンを食べ、野菜ばかりでなく肉も食べ、ワインを飲んで結構贅沢な生活をしていたことがわかり、痛風(これは贅沢病だそうです、貧乏人には罹れない病気だそうですよ)や骨粗しょう症に罹っていたことも解明されました。また現代人同様に若者の間ではラブレターが書かれ素敵な恋をしていたそうです。当然、恋は現代も昔も同様ですよね。また、親は子どもに対して常日頃から「勉強をしっかりしなさい。そして立派な書記(当時一般市民が付ける最上位の公職が書記だったそうです)になりなさい」と紀元前3500年も昔の親と、現代の親もやっぱり同じだったとは、ホッとする様な複雑な気持ち、しかし、昔から「教育」が人間生活の中で大きな大切な営みであったということで教育の役割をしみじみと痛感しました。
 教育に関して、教科書も解析され、その中に円の面積を求める公式が書かれてあり、
 円の面積=(円の直径ー1/9直径)の二乗だそうです。
 現代数学では 半径×半径×3.14ですよね。
 例に、直径9mの円の面積は、古代エジプトの公式では64㎡、現代数学の公式では63.585㎡となりますね。素晴らしいことですね。ついでに教科書にはピラミッドの計算式も書かれていたそうです。
 この報道でもう一つビックリと云うか、感動したことがありました。それは、古代エジプトの歴代の統治者ファラオウに言い伝えられた言葉に「自分が幸せで居たいなら、まず国民を幸せにしなさい!国民が幸せになれば国が富み、自ずと統治者も幸せになる!」と伝えられてたそうです。そして、紀元前1560年頃に人類史上記録に残る最古のストライキがあったそうです。当時エジプトは近隣諸国との戦いが頻発しファラオウは労働者に給料の支払いが滞りがちだったそうです。そこで労働者たちはストライキをして城に進みファラオウに給料の支払いを求めたそうです。取次に当たった役人がその旨を伝ええるとファラオウは速やかに詫び、給料を支払ったそうです。私の思いですが、今の我が国の統治者や役人たちに爪の垢でも飲ませたいですね。
 教育の大切さを再認識すると同時に政治の原点に触れた思いで、メモして置かなければと書きしたためました。

投稿者 femil928 : 06:53 | コメント (0)

2012年06月24日

日の丸・君が代

 今年は4年に一度のオリンピックイヤーですね。日本国中がオリンピック一色と言ってもいいほど沢山のアスリートたちがスポーツ界や所属団体や出身地の支援者たちによる激励のパーティーで、日本の代表として日本のために頑張りますと心意気を表明しています。
 私たち昔人が小学生の頃、国語の教科書に近代オリンピックの提唱者クーベルタン男爵がオリンピックの精神として「オリンピックは勝つことが意義では無く、参加することにこそ意義がある」と述べ、勝利者には金メダルではなく、月桂冠の冠が贈られるだけでした。そして、参加者資格はアマチュアであることだった。
 今のオリンピック選手、アマチュアは何人いるでしょうか?プロとは言えなくても強化選手として多額の費用が国や団体や企業から提供され、メダルを目指して日夜トレーニングに励んでいます。形式上はアマチュアですが実態はプロそのものです。競技によってはプロ選手の中から選ばれてチームを編成するオリンピック選手もいます。
 現代社会、オリンピックに求められているものは、国別に何個の金メダルが、銀メダルが、銅メダルが取れたかがその国の価値として評価されるのですから、国威においても止むを得ないと言えるのでしょうが。私個人的にはこのようなオリンピックは選手の寿命を縮め、勝つこと以外に価値を見失いスポーツ本来の意義を見失い、精神的にも肉体的にも軟弱な人間を生み出す1因になると危惧しています。
 さて、それはそれで、本題に入りますが、これらの日本国を代表する選手たちが、試合開始の式の時の態度に私は問題を感じてjます。
 開会式では必ず両国の国旗が掲揚され国歌が吹奏されます。そのとき多くの外国人選手は国旗を見上げ口を開いてきっと大きな声で国歌を歌っているとテレビの画面を通して見られます。一方私たち日本選手はどうでしょうか?顔は国旗に向いているかもしれませんが、口はほとんど全員がもごもごで明らかに歌っていない選手がいます。
 こんなことを書くと、やれお前は右翼か?軍国主義者か?平和教育に反する!等と言われますか?
 現代社会は何でも自由です。個人の権利が公衆道徳よりも優先されます(ちょっと言い過ぎかな?)。歌う、歌わないはあくまでも個人の自由です。
 しかし、国旗がない!国歌がない!そんな日本で、世界に誇れる素敵な日本人が育ちますか?
 右翼だ、軍国主義だ、等と料簡の狭いことを言うのは止めましょう!
 日本国を誇り、日本人であることを喜び、日本人を讃えて大きな声で堂々と歌いませんか!
 私は料簡の狭い考え方をやめて、純粋な日本人の誇りと国を愛する気持ちで、子どもたちに日本という国の在り方を育むことが,今こそ大切ではないかと思うのです。

投稿者 femil928 : 10:31 | コメント (0)

2012年06月21日

なぜ?戦争は絶えないの?

 今の世の中、いつでも何処かで必ず戦争が起きています。
 戦争の原因を見ますと、国と国との利害関係であったり、宗教の対立であったり、人種間の問題が原因だったり、一国の中での意見の対立による内戦であったり、それぞれの対立の代理戦争であったり、・・・・・原因はいろいろで、挙句の果てには平和を守るための戦争と訳の分からない理由での戦争だったり。
 なぜ!こんなにも訳の分からない戦争が、絶えることなく世界中のどこかで戦争が起きているのでしょうかね。
 やりたい人が勝手にやっていればいいのかも知れません。が、戦争には必ず犠牲者が出ます、何の罪もない子どもたちが犠牲者になって命を落としたり手足が奪われたりすることが私は絶対に許せません。私だけではありませんよね。皆さんだって絶対に許せないはずなのに、なぜ?戦争が無くならないのでしょうか?
 これらの戦争の影に≪軍事産業≫と云う物が関係していると思うのです。
 「ノーベル賞」と云う誰しもが憧れる素晴らしい賞がありますね。この賞は皆様もご存じの通り、ノーベルがダイナマイトを発明して、戦争の時に莫大な量のダイナマイトが使われて、その結果ノーベルは巨万の富を得て、その富を下に創設された賞ですね。つまり戦争と云う多数の犠牲者のもとに得たお金が資金源です。ノーベル平和賞とは摩訶不思議な賞ですね。まるで平和のための戦争を正当化するに匹敵する発想と思います。
 話がそれましたが、つまり、戦争は≪軍事産業≫に莫大な富をもたらすのです。
 日夜作り続ける武器弾薬を消費する場所を欠いたら会社は倒産してしまいます。
 私たちのかわいい子どもたちを戦争の犠牲者に絶対させてはいけません!!
 この地球上から戦争を無くす方法はありますよね!!!   私の独り言でした。

投稿者 femil928 : 17:08 | コメント (0)

2012年01月16日

なぜ?

 先日、野田政権が内閣改造をしました。その時の各閣僚のインタビューで、子育て支援について各閣僚は異口同音に、子育て支援として、お母さんが働きやすい環境、つまり、保育所の増設や、規制緩和による要望にあった大企業も参入しやすい保育所の資格基準の見直しや、働きやすい勤務時間の検討や・・・・・、とお母さんの、いや、大人の立場からしか子育て支援を考えていないのです。
 どうして、大人の立場からしか考えないのでしょうか?
 あの、大阪市長の橋本さんも同じようなことを子育て支援として考えています。残念です。
 私は子育て支援とは、子どもの幸せを考えた支援であるべきと願っています。
 子どもの幸せとは何でしょうか?
 子どもは施設に預けられて、定期的にオムツを交換されて、時間で授乳されて、ひたすらお母さんの帰りを待っていることが幸せではありません。放課後は学童クラブに帰って、お父さん、お母さんの帰りを待ち、帰り道、レストランやファーストフード店でどこでも同じ味の、ぞくに云う、うまいものを食べたり、核家族のマイホームに住み、素敵な車に乗り、たまの休みにはドライブができる事が幸せとは思っていないと思います。
 きっと、赤ちゃんは、優しいお母さんに抱かれて、慈しみの声で話しかけられながら、栄養たっぷりの母乳で空腹を満たし、美しい子守唄に夢の世界えといざない、柔らかい手のぬくもりでオムツを交換してもらえるのが本当の幸せではないのでしょうか。子どもたちは、学校から「ただいま!」と元気良く帰り、お母さんの心のこもった手づくりのおやつを食べて、「宿題をしなさいよ」と云われながらも家庭学習をやり、その習慣化が基礎学力を培い、家族団らんのお母さんの心こもった美味しい夕飯に会話が弾み、年に一度の家族旅行は何時までも忘れられない思い出になる、こんな生活が一番の幸せではないのでしょうか。
 こんな本当の幸せを子どもたちにプレゼントしてあげられる政策こそが本当の子育て支援ではないのでしょうか。
 お母さんたちには、我が子が15歳の義務教育が済むまでは、家庭でこころおきなく、大切な、日本国の宝、我が家の宝である可愛い我が子の子育てに専念できるように、子ども一人当たり5万円の育児手当を支給する、そして、家庭に戻られたお母さんの給与分は、お父さんにはちょっぴり過酷ですがお母さんの分も働いてもらって、給与も今までの1.5倍か2倍貰えるように給与体系を企業に検討してもらう、等の社会構造の変革をもたらすような子育て支援政策ができないものでしょうか。
 子どもの幸せこそが本当の子育て支援だと思います!

投稿者 femil928 : 13:42 | コメント (0)

2012年01月01日

2012年1月1日に思うもの

 新年を迎えて、例年ですと今年こそは・・・・・と、新年の抱負を、願いを、夢を。
 最近の我が愛する日本国、いやいや、我が愛する宇宙に漂う地球号を省みると、『自然』の偉大さ、大切さを心を突き刺されるほど痛烈に感じます。
 『自然』私たちは当たり前にある『自然』にいかなる敬意も感謝も従順も感ぜずに時には傲慢な我がままと身勝手さによって、あたかも『自然』の征服者のような私物のような思いのままに『自然』を『不自然』に破壊して、一個人の、一企業の、一国家の私利私欲の赴くままに利用してきたのではないでしょうか?
 『自然』とは四季折々の「自然」と、あるがままの「自然」とがあります。
 今年は、四季折々の「自然」とあるがままの「自然」をいつでも意識しながら、大切に守りながら『自然』に敬意と感謝を忘れずに、私なりの、私の身の丈だけの、平和な平凡な一年にしたいと思っています。
 書き終わって読み返してみると、今年は何の大した希望も夢も願わないと書き始めたのに、四季折々の自然に、あるがままの自然に従順にとういう大変に難しい大きな夢を述べてしまいました。でもこれは21世紀の子どもたちへ私たち大人が最低限守ってやらなければならないことですから・・・・『自然』

投稿者 femil928 : 14:52 | コメント (0)

2011年12月31日

よい年になりますように!!

 やっと、本当に、やっと、2011年が残すところ数時間で終わろうとしています。本当に長い長い一年でした。私たちの人生には消すに消せない一年でした。でも、すべてを忘れてしまいたい一年でした。さようなら2011年。二度と思い出したくない2011年でした。でも、でも忘れてしまってはいけない2011年です。原発事故を忘れてはいけない2011年でした。原発絶対反対と骨身に沁みて分かった2011年でした。
 来る年、2012年には、2011年の負の思い出はすっかり忘れて、原発絶対反対は信念として大切に持ち続けて、みんなで夢と希望の持てる明るい楽しい一年にしましょうね!!!

投稿者 femil928 : 20:01 | コメント (0)

2011年12月02日

『一人前』 3

 『一人前』を計る計測器とは、100年ほど前の日本国、いや正しく言えば農耕民族としての第1産業が主だった頃の日本国では、「一人前」になったかどうかの試験が行われ、それに合格して初めて『一人前』とされました。その試験とは学科試験や技能試験ではありません。体力試験です。今もお祭りやお正月などの行事の時に、村の神社の境内で行われています、「大きな石運び」です。何処の神社でもあの大きな石の重さは大体60Kg、つまり、米1表の重さなのです。ですから、あの大石を担いで運べると云う事は、米1表を運べるようになったと云う事で『一人前』になったと認められるようになったのです。実に分かり易く簡素で平等でスマートですよね。
 そこで、わたしもつっくて見ました。
 『健康で頭の良い人』に育てば『一人前』
「健康」は特に説明しなくても皆様にはご理解いただけますよね。
「頭の良い」となると皆さんの受け止め方は十人十色でしょう。そこで、私が言う「頭が良い」は
 意欲のある人
 集中力のある人
 創造力の逞しい人
 社会性の豊かな人
 自分の意見をはっきり言える人

この5項目を頭の良い人の条件としました。

投稿者 femil928 : 15:05 | コメント (0)

2011年11月29日

『一人前』 2

 どうですか?皆様の「一人前」の条件はどんなものでしたか?
 学歴・職歴・経済力・社会的地位・人間性諸々の条件が思い当たりますよね。しかも、学歴一つを考えても、高卒以上、いやせめて大卒以上、いやいや一人前だから大学院以上は、卒業学校名は丸々大学、せめて六大学いや国立大は。職歴は公務員いや国家公務員、東証1部上場の一流会社の。経済力はせめて年収○○万以上あって家族4名を賄うだけの働きが無ければ。
 いろいろな条件が考えられますが、「一人前」の条件を満たしたように一般社会から見られても、昨今の例でも、大王製紙の御曹司、オリンパスの会長を始め一連の経営陣、かる愚痴が滑って本音を暴露して更迭、罷免された官僚や大臣、一時の誘惑に負けて不祥事を引き起こしたオリンピック金メダル選手や芸能人、著名人。何が何だか、何を持って『一人前』と判断すれば良いのか益々分からなくなっているのが現代ですね。
 しかし、つい100年ほど前までは『一人前』を量る計測器が在ったのですよ。
 さぁ、その計測器は何だったかお考え下さい。

投稿者 femil928 : 13:41 | コメント (0)

2011年11月27日

『一人前』 1

 先日、福島大学の中田先生の話を聞きました、その中で、一言で一人前と言いますが『一人前』とは何ですか?との話がありました。
 皆さんは『一人前』をどの様に定義付けますか。何を持って一人前と認めますか?考えるヒントとして、貴女のお子さんを一人前に育てるには、貴女はお子さんに何を育み、何を求め、何を良しとしますか?
 考えてみてください。

投稿者 femil928 : 09:55 | コメント (0)

2011年11月21日

メモ帳 2

 ブータン国王が来日して、数々の名言を残されましたので、そのいくつかをメモ帳に残したいと思います。
 初めに『竜の話』です。国王は子どもたちに、「皆さんは竜を見た事がありますか?」と問いかけ、竜は皆さんの心の中にいて、経験を食べて大きくなります。ですから、皆さんの竜をたくさんの経験で育て、皆さんが強く逞しく育ってください。ブータンでは竜は平和のシンボルですので皆仲良く平和に暮らしてください。と優しい笑顔で話しかけられました。
 次にメモりたいのは、3.11の大震災と津波被害と原発事故に対して、あのような大惨事はこの地球上で二度と遭ってはならないことですが、その惨事を乗り越えられる国と国民は、日本国と日本国民でありきっと乗り越えると信じています。私も遠くブータンの空から祈り願っています。との話をされました。
 そして、ブータンでは、『国民総幸福指数』を国策の根幹に据えていると云う事です。日本では国民総生産』で国民の幸せを表そうとしています。米国に次ぎ第2位だったGNPも、今や中国に抜かれ、新たな新興国にも脅かされそうな状態です。数字は別として、国民の『幸福度』は数%の高給取りを支えるために6~7割の年収2~300万円の低所得者で構成された日本国では押して知るべしですよね。経済を優先した国策では貧富の差があって当然です。こんなわが国で良いのでしょうか?
 今回のブータン国王の訪日はたくさんの提言を頂いたように思いました。

投稿者 femil928 : 08:56 | コメント (0)

2011年11月18日

メモ帳1

 先日、ある小学校の学習発表会に行きました。子どもたちはこの福島と言う劣悪な環境の下で、伸び伸びと明るく楽しく発表している姿を見て、見ている私たちに元気を与えてくれると同時に、『諦めないで元気を出して夢に向かって進もうよ』と励まされるような感動と感銘を受けました。全ての学年の発表が素敵でしたが、ここに5年生の『呼びかけ』を紹介します。この呼びかけの構成は5年生の先生方がしましたが、文章の一つひとつは子どもたちの一言であり、心からのつぶやきだそうです。ご紹介しましょう。

 平成23年度 5年生の『呼びかけ』 

 4月、僕たちは、5年生に進級した。
 でも、3学期途中で授業が終わり、心はまだ4年生のまま。
 突然転校していくたくさんの友だち。
 いつもと違う、新学期の始まり。
 放射能の影響で、草や土が触れない、花見も出来ない。
 そして 何と言っても、外で遊べない退屈な毎日。

 5月、運動会が延期になった。
 毎日 帽子にマスク、暑い日はとてもつらかった。

 6月、学校のプール開きが中止になった。
 プールに入れない夏。

 7月、5年生の米作りも出来なかった。
 楽しみにしていたのに。

 8月、他の県に避難した。
 福島ではどんなに暑い日でもプールには入れなかった。

 9月、ガラスバッチを付ける生活が始まった。
 僕たちは何も悪いことはしていないのに・・・・。
 福島に生まれて、自然豊かな福島に、育ってきただけなのに・・・・。

 あの日から 時間が止まってしまった。

 福島にはたくさんの良さがある。

 吾妻山の白うさぎ。
 五色沼。猪苗代湖。
 相馬の海の海水浴。キャンプ。
 泥だらけになっての 潮干狩り。
 美味しい魚。メヒカリ さんま。
 美味しい野菜や果物。桃、なし、りんご。

 福島には自然があふれている。
 本当の空もある。
 支えてくれる温かい心がある。
 
 私たちの誇り 福島。
 私たちが生まれた 福島。
 僕たちが育ちゆく 福島。

 わたしたちの 故郷は 花も実もある 素晴らしいところ。

 震災前のように 外で自由に遊びたい。
 芝生の上を 駆け巡りたい。
 土遊びもしたい。
 そして 美味しい福島の野菜や魚を食べたい。
 この故郷を 取り戻したい。

 どんな困難も 一人ひとりが 力を合わせれば 必ず乗り越えることが出来る。
 何があっても くじけず、困難を 乗り切ろう。
 一人ひとりが 信じ合い、助け合おう。

 未来の福島は、
 震災や災害に負けない 福島。
 笑顔のあふれる 福島。
 世界に誇れる 平和な 福島。

 こんな福島に 私たちはしたい。

 友達がいるから がんばれる
 助け合える 仲間がいる。
 励ましてくれる 仲間がいる。
 何があっても 負けないで 前を向いて歩こう。
  (全員) 前を向いて歩こう。
 涙が出るほどつらくとも
  (5人) きっと 立ち直れる。
  (全員) きっと 立ち直れる。
 きっと 笑えるときが来る。
  (10人) 未来がある。
  (全員) 未来がある。

 ♪ アイラブユー アイニードユー 福島 ♪
    (全員で大合唱で)  幕   

投稿者 femil928 : 11:13 | コメント (0)

2011年10月26日

だったら 番外編

 昨日(2011年11月15日)の北朝鮮と日本のサッカー戦を多くのサッカーファンはご覧になられたことと思います。
 あの実況中継で皆様は何かを感じませんでしたか?
 5万人の北朝鮮の観戦者に対して150人の日本人のサポーター、この人的異常さもさることながら、国歌斉唱のときのブーイングは、あれでも許されるのでしょうか?日本の国歌はブーイングで聞き取れませんでしたが、一方北朝鮮の国歌は5万人の大合唱でしたね。
 お国柄とは言え、強制された統制の下とは言え、選手も5万人の観戦者も大きな口を開けて国歌を歌う姿は素晴らしいと私は思いました。皆様は如何でしたか?
 一方日本の国歌はブーイングでかき消されてしまいましたが、君が代を歌っていた選手は数人で、ほとんどの選手は口元が動いていませんでした。もうあの時点で負けは決まってしまったと私は思いました。
 何故?『君が代』を私たち日本国民は歌わないのでしょうか?いや、歌えないのでしょうか?
 苦い歴史があり、思い出したくない軍国主義・帝国主義の残像が伝え聞かされている事は、そして教育の現場でも暗に指導されてた歴史があり、『日の丸・君が代』には一種の違和感が育まれてしまった過去が今も引きずられているのかもしれませんね。
 世界のあらゆる国々には『国歌と国旗』があり、国民は事あるごとに国歌を歌い、国旗を掲げて自分の国を誇りに胸を張ります、言い換えれば『愛国心』を誇りを持ってあらわします。国民が自国に対して誇りを持ち国旗と国歌を心のよりどころに出来ることは幸せなことではないでしょうか。
 そこで、だったら です。
 君が代を歌うことに抵抗を感じる方にご提案です。ある政党の方(と言えばあの政党かとご察しでしょう)は国歌斉唱のときは口パクか福沢諭吉の学問のススメの出だしの「人は人の上に人を作らず・・・・」の文章を唱えるそうですが、今、「キミガァヨウハ チヨニィヤチヨニ・・・・・」と歌っているのは1番で、君が代には2番もあります。その2番の歌詞は数年前に調べたのですが今手元に見当たりません。1番を歌うのに抵抗のある方は2番を歌うのは如何でしょうか?良かったら私の作詞した3番は如何ですか。
 君が代 3番
 われらの国は 美しい自然と 
 平和と 人情を尊ぶ民で
 永久(とわ)に栄える 日本
 1番にしろ、2番にしろ、(3番にしろ)私たちが大きな声で胸を張って誇らしげに歌える国歌があったら嬉しいなぁと思いました。

投稿者 femil928 : 21:44 | コメント (0)

2011年10月21日

だったら 6-1 男女共同参画社会

 本当に『園長のひとり言』ですので、でも、ひとり言ですが根底には『子どもの幸せ・女性の幸せ』如いては『人間社会の・人間社会としての・人間社会らしい真の幸せを願って』大きな声でひとり言を、そっとつぶやいてみたいとこの項を展開したいと思います。
 くれぐれも、私は子どもたちの味方であるつもりですが、そのためには、子どもたちが世の中で一番大好きな『お母さん』が本当に心から幸せを感じて日々明るく・楽しく・何の心配事も無く家庭生活を営んで欲しいと願っている事を心の片隅にしっかり留め置いて欲しいとお願いします。なぜならば、子どもの幸せはお母さんの幸せがあって初めてなりたつものですから!!
 子どもにとってお母さんの幸せなくしては、本当の幸せはありえません!
 ぼちぼち本題に入りましょう。
 昨日は『イクメンの日』だったそうで、有名人のイクメンが、あなたは多くのお父様たちに育児に参加する事の大切さを知らしめる功績が顕著ですので表彰します、とのことで表彰の場面が報道されていました。皆様は育児休暇を取って2~3ヶ月職場を離れて育児に専念されるご主人をどの様に受け止めますか?ある市長さんは市長の職をさておいて育児休暇を取って話題になりました。あるお父さんは奥様が職場で働いている昼間に、炊事洗濯をして赤ちゃんにミルクを飲ませ、子守り歌を聞かせながら添い寝をし、奥様が帰宅するまでにはお買い物をして夕飯の準備を済ませ、赤ちゃんを風呂に入れて奥様のご帰宅に合わせて夕飯の準備をして・・・と、本人いわく、女性の家庭における仕事の大変さをしみじみと分かりました、家内には感謝感謝でいっぱいです。もし、この方が貴女のご主人だったら、如何受け止めますか。これって本当にすばらしいことですか。言葉は適切ではないかもしれませんが、動物のあらゆる種族でも凡そありえない現象ですよんね。動物と人間を同じ次元で考えてはいけないかもしれませんが、理性を持ち優しさを表現できる人間だからこそ出来る事だと言ってしまっても良いのでしょうか?お父さんにはお父さんの役目、お母さんにはお母さんの役目と言ったようにそれぞれがそれぞれの役目があるのが、それぞれがこの世の中に存在する意義ではないのでしょうか。誰でも良いんだ。お互いに助け合って出来る人ができる時にやってやることが助け合いであり思いやりだと・・・・・。それぞれの役目を、お父さんにはお父さんの役目、お母さんにはお母さんの役目を、この役目を・・・と言うとその役目を決め付ける事が、その決め付けの基準がそもそも性差別の根源だ、その決め付けが性差別をもたらすのだ、と考えて、男女は平等だ、お互いに助け合ってこそ、だから、男女共同参画社会をとなってしまうのではないのでしょうか。

投稿者 femil928 : 10:10 | コメント (0)

2011年10月17日

だったら5 サハリン・大鷲の子育て

 サハリン大鷲の子育てをTVで見ました。途中からで、子どもの鷲が巣立ちする場面からでしたが、感銘を受けました。
 巣立ちの時期を迎えると、親鷲は、それまで小まめに運んでくれた餌を一切運ばず、子鷲が自ら飛び立つのを一定距離を置いて励ますように見守ります。子鷲が飛び出して枝に掴まり損ねても、枝に引っかかって今にも落ちそうになっても、そっと見守るだけ、もっとも人間と違って手出しが出来るわけでもないのは確かですが、だたら子鷲も必死で頑張るのでしょうが、子鷲は何時間も悪戦苦闘してやっと巣に戻り、また再び巣立ちの練習を始めます。二日間も必死に頑張っても巣立ちは出来ず餓死しそうな時期を見計らって、三日目にやっと親鷲はいわしを運んできました。いわしは単にエネルギー源の餌としてではなく、水分補給の役目もしているのだそうです。きめ細かな気配りですよね。子鷲はその翌日無事に巣立ちが出来ました。
 見ていて『子育て』の大切なヒントを感じました。人間社会だったら・・・・・。

投稿者 femil928 : 08:05 | コメント (0)

2011年09月25日

だったら 4-追伸

 だったらー4を前回で終わろうと考えていたのですが、ここ2~3日の世界や国内の動きで追伸を書きたくなりました。
 追伸ー1は野田総理の国連での演説です。野田総理は、3.11の大震災による想定外の大津波による東電の原発事故の経験をした日本国の総理が、「この経験を生かして日本国は世界一安全な原発の開発に努力する」と言った主旨の演説をしました。原発事故の被災者、原発事故の日本国土に及ぼした甚大な被害の大きさ、現実的には復興には50年100年いやもっともっと長い期間かかる、一度起こしたら大変な、広域に及ぼす危険な原発事故の体験国の総理大臣の言葉かと思うと実に残念です。
 追伸ー2は今朝のニュースで、「今年の夏の国民的努力{節電』による意外な効果があった」、と新しい発見でもしたように報道された事です。
 皆さんはどんな意外な効果と思いますか?
 報道によりますと、意外な効果とは、都心のヒートアイランド現象で0.6度の気温の低下が確認されたと言うことだそうです。東京ではこの100年の間に平均気温が3度上昇したのに、節電の努力でひと夏で0.6度も下げたと云う事はすばらしいことだ、と云うのです。
 子どもたちの21世紀のために。人間社会がこれからも未来永劫に続くために。脱原発。水力発電。風力発電。太陽光発電。地熱発電。そして、最小限の電気の使用の努力に勤めたら。

投稿者 femil928 : 09:36 | コメント (0)

2011年09月21日

だったら4-3

 どうですか?皆様の一生懸命の我慢、いや、賢明な判断による無駄の削減によって不要のレッテルを貼られた家電製品はいくつになりましたか?
 因みに私の家庭でチェックしましたが、年寄りの私はどうしても必要な家電は7~8個、家内は10個ぐらい、娘は35~6個、息子は賢明の判断を越して無理矢理の我慢の結果なんと4個まで削減しました。
 しかし、よくよく考えてみると150種、200種もの家電製品も購入する時は、ほとんどは必要を感じて購入したのでしょうが、マスコミやコマーシャルに釣られて衝動買い的に、あれば便利だろうなと買ってしまった物も・・・・。だから余り使わないものでもコンセントに繋いだまま待機電力を知らず知らず消費している家電もあるのではないでしょうか。
 不要な家電製品を無闇に買わない。不要な家電製品はコンセントから抜き取って置く。むやみやたらと家電製品を使わない様にする。そんな当たりまえの生活に少しでも気配りして私たちが生活する事で、日本国中の一人一人が努力するだけで、そうだったら、原発に頼らなくても安全安心で平和な生活が出来るのではないでしょうか。
 最後に皆さんに質問です。
 贅沢を捨てて昔の生活に戻るか、原発の恐怖を容認して贅沢な生活を謳歌するか。

投稿者 femil928 : 09:38 | コメント (0)

2011年09月17日

だったら4-2

 どうですか?皆さんのご家庭の家電製品はいくつありましたか?
 リストアップしてみましょうね。
 テレビは何台ありますか?応接間用、客間用、寝室用、台所に子ども部屋に風呂場に。それぞれにリモコン。携帯ラジオ。ステレオデッキ。ミニコンポ。DVDデッキ。プロジェクター。ビデオカメラ。デジタルカメラ。ウォークマン。テレビドアフォン。インターフォン。デスクトップPC。ノートPC。電子ピアノ。換気扇。炊飯器。冷蔵庫。電気ポット。食器洗浄器。アルカリイオン浄水器。ホットプレート。コーヒーミル。コーヒーメーカー。ジューサー。スライサー。餅つき機。たこ焼き機。酒おかん器。家庭用精米機。電子レンジ。オーブン。トースター。ホットサンドメーカー。生ゴミ処理機。洗濯機。乾燥機。布団乾燥機。マッサージ器。フットマッサージ器。アイロン。ミシン。扇風機。エアコン。電気蚊取り器。加湿器。空気清浄機。イオン発生器。IHクッキングヒーター。電気コタツ。電気毛布。電気カーペット。電気ストーブ。床暖房。遠赤外線パネルヒーター。家庭用照明器具。門灯。防犯灯。めがね洗浄器。いれば洗浄器。毛玉取り器。鼻毛切り器。掃除機。ハンドクリーナー。固定電話。携帯電話。FAX。コピー機。スキャナー。シュレッター。ゲーム機。電動鉛筆削り器。懐中電灯。電子時計。カーナビ。電動シャッター。家庭用換気システム。オール電化住宅。ドライヤー。ヘアーアイロン。電気バリカン。電気シェバー。電動歯ブラシ。電動脱毛器。フェイススチーマー。ウォシュレット。トイレ消臭気。まだまだありますよね。
 一般家庭で100から150種、多いご家庭で200種、250種以上のご家庭も・・・・・。
 私たちの、現代社会の各ご家庭が如何に電気に依存しているかが分かりますよね。
 だから3.11のあの大震災の時に私たちの日常生活がメチャクチャにストップしてしまったのですね。
 さて、次に以上リストアップした、まだまだ在るかと思われる皆様のご家庭で今使われている家電製品のうちで、何でかんでも、生きるためにはどうしても必要な家電製品は幾つありますか。
 どうしても必要な家電製品だけ残してください。さぁ~一生懸命我慢できる家電製品を消去してください。         つづきます。

投稿者 femil928 : 14:21 | コメント (0)

2011年09月14日

だったら 4-1

 突然ですが、皆さんのうちには電化製品はいくつありますか?
 今、私たちの家庭には、きっと皆さんが想像する以上に電化製品がありますよ。電気は基より電池で使用するものまで含めて、ちょっと数えてみませんか。
 私が子どもの頃、それを昔と言うか、つい近代と言うか、50年前、やっぱり半世紀前だから昔になりますかね、その頃の家庭には家電用品と言えば、裸電球とラジオぐらいしかありませんでした。上流家庭に育ったわけでも、いや、貧困家庭に育った私には裸電球とラジオしかなかったのです。きっと上流家庭にはもっと有ったかも知れませんが、日本国の多くの家庭ではそんな暮らしが一般的だったと思います。
 皆様はTVドラマの「北の国から」をご覧になられましたか?
 今、BSチャンネルで再放送されていますが、あの五郎や純や蛍が暮らしている「黒板家」では、電気も水道も無い生活で半年暮らし、一番初めに黒板家に登場した家電製品は、別れた奥さんからプレゼントされたラジカセでした。
 話がそれましたが、ちょっと皆さんのご家庭の家電製品をリストアップして見てください。電池を使用するものも含めてリストアップしてくださいね。
 つづきは後日。

投稿者 femil928 : 15:10 | コメント (0)

2011年09月10日

だったら 3

 昨日あたりから、市内の幼稚園の来年度の園児募集のチラシが各家庭に配布されだしましたね。
 いよいよ私たち「子どもの楽園」を開設する者にとっての〖秋の陣〗がスタートする事になりました。
 皆様はどちらの園に、可愛い我が子の未来の夢を託すお考えですか?
 〖我が家の宝〗〖日本国の宝〗である『我が子』の幼児期は、今は、長い人生の間で一度しかありません。
 『三つ子の魂百までも』と言われるこの大切な時期を、2回でも、3回でも、やり直しが出来るなら、「あっ!失敗!もう一度時間よ戻れ!別の幼稚園へ入れ戻し!」と後悔を取り返す事が出来るなら、〖そうだったら良いのにな〗
 皆様は何を基準に園選びをお考えですか?
 兄姉が卒園したから⇔妹弟の特徴や個性も大切にしてあげたいですね。
 歴史があるから⇔大切な検討課題ですが「教育界」は日々日進月歩しています。
 近所のお子さんが通っているから⇔貴方のお子さんは貴方の大切な貴方だけのお子さんですよね。
 多くの園児が通っているから⇔貴方のお子さんはたった一人の貴方のお子さんですよね。その他大勢のうちの一人ではありません。手を掛けてはいけませんが気配り、目配りはしっかりして欲しいですよね。
 制服が可愛いから⇔それは素敵な事ですが園選びの基準には?
 園舎が素敵だから⇔綺麗は大切ですが、子どもの活動が感じられますか?
 あそこの園は何々を指導する、やっているから⇔今の時期に本当に必要な指導なのか?単に園の特色として子どもたちにさせているだけではないのか?
 優しさ、思いやり、協調性、素直さなど等は⇔大切な大切な判断基準ですが、具体的にはどの様に培われていますか?
 可愛い我が子の基礎を育む大切な園選びです。後悔の無い、我が子が心から思いっきり楽しめる園をお選びください。
 子どものための、子どもによる、子どもの楽園を目指した園をお選びください。
 貴方のお子さんの本当の夢の実現を心から願って!

投稿者 femil928 : 20:17 | コメント (0)

2011年09月04日

だったら 2

 皆さんは子どもと一緒に外出した時に、玩具売り場やお菓子の売り場の前で大駄々をされて、人目もあるしどうにもならなくて子どもの駄々に負けてしまったと言う経験がおありでしょうね。こんな時「ダメ」と言ったら素直に言い訳を聞いてくれる子どもだったら良いのになと思われたことと思います。
 話せば分かる子どもに育てるにはどうすれば良いのかに付いて考えて見ましょう。
 私たち大人は往々にして、子どもは一度言い出したら聴き訳が聞かないもの、と子どもを受け止めていますね。
 本当に子どもは聴き訳が出来ないのでしょうか?
 私たちは、子どもが赤ちゃんの時に、前記のように、子どもは、いや、赤ちゃんは言っても分からない者、その内大きくなったら分かるようになるからと、甘やかしているのではないでしょうか。赤ちゃんは何をやっても許されるとやりたい放題許され、時には、そのメチャクチャが可愛いと笑顔で受け止められて育てられていますよね。「ダメ」を知らずに育てられた子どもに、「貴方はもう3歳だからこれからは厳しく育てますよ」と今まで笑顔で許された事を突然「ダメ」と言われても素直に聞き分けられないのではないのでしょうか?それを無理矢理聞かせようと怒るから子どもは駄々をこねて自分の希望をかなえようと試みるのです。その駄々が認められると「ダメ」には駄々で解決をと学習し、強い「ダメ」には強いダダで、人前では大駄々をすればお母さんは人目をはばかって何でも聞いてくれると学習して、冒頭のような素直に言い訳を聞いてくれないお子さんに育ってしまうのです。
 「しつけ」とは身に美しいと書きますね。それ故に「しつけ」として、挨拶を正しくしなさい!背筋を伸ばして正しく座りなさい!箸を正しく綺麗に持ちなさい!言葉は正しい日本語で話しなさい!など等と「しつけ」と称して指導されていますが、「しつけ」とはこんあことではありません。これらは「礼儀作法」であって「しつけ」とは{ダメはダメ」と「善悪」を体で分からせる事です。
 赤ちゃんの時から{ダメはダメ}としっかり{しつけ}されていれば冒頭のような心配は起きませよ。

投稿者 femil928 : 09:31 | コメント (0)

2011年08月24日

だったら 1

 童謡に「そうだったらいいのにな そうだったらいいのにな」と言う子どもの淡い願いが込められた可愛い歌があります。その子どもの可愛い願いに便乗して、私の願い事を〖だったら〗シリーズで綴って見たいと思います。
 第1回目は、今、皆さんが一番心配している〖放射線〗について、私の〖だったら〗を綴ります。
 今、私たちは、この福島に住んでいても大丈夫なのだろうか?今は良くても、20年後、30年後、大人は良くても子どもたちは40年、50年、その後々もと考えると、本当に大丈夫なのか?と近未来を、先々を心配しているのでしょうね。子どもの幸せを考えるとき、子どもの幸せとは子どもだけが幸せならばそれで良いのではなく、子どもを含めた全家族、いや子どもが生活する全ての人々を含めた全環境が安全で安心出来るものでなければなりませんね。
 国や県などでは「今」の安全、安心の対策に、時には無駄遣いとも思われる使い方で巨額の資金を使っていますが、「未来」への保障が全然見えませんね。
 そこで私の〖だったら〗ですが、福島県民全員に〖愛の手帳〗(分かりやすく言えば〖被爆者手帳〗ですが、余りにも露骨で惨めですし、後々にその手帳を持つことで差別の対象にされないとも心配なので・・・・杞憂であって欲しいのですが)を発行してもらい、年2回の健康診断を受診する事が、手帳受給者の義務と引き換えに、国や県は、その定期検診の費用を初め、その人が、その人の人生の全ての期間に於いて放射線の影響で発病した医療費やそれに伴う生活の補償もしなければならない義務を負うようになったら、皆さんは未来への不安が一つ解決しませんか。私は〖そうだったらいいのにな〗と思うのですが。

投稿者 femil928 : 10:35 | コメント (0)

2011年08月15日

66回目の終戦記念日に思う

 今日2011.8.15は66回目の終戦記念日ですね。終戦記念日と言っても、今では何の戦争の終戦記念日なのか分からない人もいるのでは、と思う程平和な現代社会ですよね。
 66年前、第二次世界大戦が終戦を迎えたとき、日本国民は、いや、世界中の人々が「やっと世界に平和が来た!もう二度と戦争はいやだ!戦争は絶対やってはいけない!戦争は多くの人々、特に子どもたちの未来を奪ってしまう!」と戦争の悲惨を心の底から感じ取り、まるで今回の原発事故の直後の私たちが「原発は私たちの未来を平和に安全に限りなく存続させるために絶対いらない!」と思ったように、それぞれの心にしっかり誓ったはずなのに・・・・・・・。
 あの忌まわしい戦争の後も、地球上のあちこちで、我が民族を守るために、わが宗派を守るために、我が国益や企業の利益を守るために、挙句の果ては、平和を守るためにと訳の分からない理由で戦争が絶えませんね。いまや原発も同様で、快適な現代国民の日常生活を守るために、企業の安定した生産や経済活動を維持するために、人命に関わる医療機関に安定した電力の供給を守るために、何よりも低コストの電力を供給するには原発がこれからも維持されなければならないと嘯く関係者。
 私たちは、〖人間の命を守る〗と言う何よりも第一義的に挙げられる目的を守る事を、忘れずに戦争を原発を考えなければならないのでは・・・・・・・・・と終戦記念日に思っています。

投稿者 femil928 : 09:13 | コメント (0)

2011年08月14日

初めまして

 初めまして、私はエミール幼児園の園長の法井太閤です。前任の園長は1年間もブログを更新せず、俗に言う「ずぼらな園長」だったかも知れませんが、新任の私は、同姓同名ですが、きっと前任者よりも若々しいヤングマン(顔は・・・?!?)ですので、以前よりも頻繁に更新する決意です。きっと前任者も気持ちは若かったのでしょうが体力が無かったり、何よりも3月11日の大震災とその後の、絶対にあってはならない「東電の原発事故」によってブログの更新どころではなかったのだと思います。しかし、原発事故の一時も早い収束が何よりの願いですが、セシウムの半減期は30年。汚染された我が国土が元に戻るのは長い期間が掛かります。いつまでもしなだれている訳にも行きませんよね。頼れるべき我が日本国も主軸が定まらない現状ですものね。我々大和民族が本来の逞しさを蘇らせて、英知を持って頑張りましょう。

投稿者 femil928 : 08:56 | コメント (0)

2010年08月26日

経済格差が教育格差を拡大する(3)

 今朝のTVで、まさしく今回のタイトルである、経済格差が教育格差を生み出すと云う内容のレポートが報道されていました。ご覧になられた方もたくさん居られると思います。私のブログも最終的にはこの問題に進展させる予定ですが、タイムリーですので今回その報道内容に触れておきたいと思います。
 報道の主旨は、埼玉県の女子高生が、東南アジアのある国に行った時の体験で、その国では十代の子どもたちが学校にも行けず、つまり行きたくても家庭の貧困から進学が出来ずに工場で働いている事実を目の当たりにし、ふと考えてみると、我が先進国と自負する日本国でも、家庭の経済的理由で進学できない仲間が居たり、塾にも通えずに学力も伴わずに進学を断念せざるを得ない友達が居る事に気付き、つまり経済格差が子どもたちの進学、教育格差にもつながっている現実に気付いて、高校生の仲間に呼びかけて、教育格差を無くすために中学3年生を対象に『無償の学習塾』を開設して子どもたちに勉強の大切さと楽しさを教えている、と云うことでした。
 砂漠の中でオアシスを見つけたような爽やかなレポートでした。子どもたちがこんなに素晴らしい活動をしているのに、私たち大人は・・・・と思うと申し訳ない、恥ずかしい、謝罪の気持ちでいっぱいです。
 みなさん、今の日本をもう一度しっかり考え直さなければなりませんよね。

投稿者 femil928 : 10:15 | コメント (0)

2010年08月24日

経済格差が教育格差を拡大する(2)

 なぜ?高齢者の行方不明者が増加しているのでしょう。
 近年、いやいや随分昔になりますかね、国民の祝日として『敬老の日』なるものが制定されました。我々の両親を始めとして老人いやいや高齢者を大切にしましょうと云う意味合いで制定されたものですが、そもそもこんな制度が制定されなければ、老人を尊敬し敬い大切にすることが出来なくなってしまったのかなと複雑な気持ちになります。
 昔はほとんどの世帯が三世代、四世代、あるいは五世代が一つ屋根の下で生活をしていました。当然身近にはいつでもおじいちゃん・おばあちゃん、曾じいちゃん・曾ばあちゃん、曾々じいちゃん・曾々ばあちゃんか居ましたから、高齢者を敬いなさい、老人に親切にしなさいと云われなくても家族として当然の事でした。教えられ、教育されなければ分からない事では無く、人間として・家族として当たりまえの精神でした。
 経済の発展は精神的豊かさよりも物質的豊かさの追求に人々を駆り立てて、気が付いてみれば、家族は『核家族』と云う言葉に集約される、寂しく閑静な一戸建て(外国人にウサギ小屋と揶揄される)の祖先とは距離の置いた、バラバラの家族を生み出してしまったのです。
 つまり、経済の発展は経済格差を生み出し、その結果は、人々の精神的教育の格差を生み出し、老人を敬う事を国を挙げて『敬老の日』と云う祝日を制定して、せめて年に一度は我が育ての親である、おじいちゃん・おばあちゃん、曾じいちゃん・曾ばあちゃんを大切なしましょうと呼びかけなければならないほど国民の精神が荒廃してしまったのです。
 せめて、三世代が一つ屋根の下で生活する、『ふるき日本の家庭』が蘇る事を心から願わずにはいられません。

投稿者 femil928 : 10:24 | コメント (0)

2010年08月22日

経済格差が教育格差を拡大する(1)

 {なんか変だぞ!日本!」と思われませんか?
 各地で行方不明の高齢者が急増しています。死後2~3ケ月のミイラ化した老夫婦が訪れた息子によって発見!「遊びたかった」と我が子をマンションの一室に閉じ込めたまま餓死させたヤングママ。子どもの泣き声が聞こえるとの通報にも救済できない行政力(?)と近隣の人間関係。年収2~300万のワーキングプア労働者とニート、フリーターの若者の増加。非行少年の低年齢化と高等学校の中退者の急増。新卒高校・大学生の就職難。非正規雇用者・パートタイマー労働者の増加と未来への不安感。一次産業・二次産業の就労者の激減と三次産業者の労働現場の不足。100円ショップに代表される激安商法の繁栄と高級品の販売不振。等など、政治・経済・文化・人間関係などのあらゆる面で異常現象が頻繁に見られ、冷夏・暖冬・激寒・猛暑・局地ゲリラ豪雨・竜巻・突風・異常寒波・異常乾燥など等自然も異常気象で私たちの日常生活が乱されています。
 上記した異状は極一部の現象ですが、これだけでも『変だぞ!』と心配になりませんか?
 私たち大人はこんな現代をこのまま子どもたちへ、「これが現実です。」と無責任に引き渡して良いのでしょうか?子どもたちはこんな異常な世界の中で逞しく生きて行けるのでしょうか。
 私たち大人は、一つでも、少しでも改善して引き渡す義務があるのではないでしょうか。義務と云うよりも責任があるのではないでしょうか。

投稿者 femil928 : 11:05 | コメント (0)

2010年04月19日

親さんからの便り

 前記のように悪戦苦闘している『青さん』の親さんからのお便りをご紹介します。

 お迎えの車の中での会話です。
娘「今日Aちゃん(この春エミールっ児に仲間入りした3歳児のピンクさん・ヤンチャ坊主です)お休みだったんだ」 母親「じゃお手伝いしなくても良かったから、自分の遊びがいっぱい出来て好かったね」 娘「お手伝いは大変だけど、Aちゃんが居ないとさびしいなぁ、Aちゃんエミール始めてだからつかれたのかなぁ、明日はきっとくるよねぇ!」 母親「・・・・・・」
 大変なお手伝いで娘自身が疲れやしないかと心配している親の身勝手さを恥ずかしく思うと同時に、娘の優しさ・思いやり・責任感などの確かな成長を目の当たりにして、思わず目頭が熱くなりました。

 「人には優しくするのよ」 「やることはキチットやりなさい」 「自分がいやな事はお友達にもやってはいけません」 など等と私たち大人は『言葉』で子どもに言い聞かせてよい子に育てようとしますが、ついつい我が子への可愛さが余って辛い事や、子どもが苦労する事は取り除いて、楽をさせてやりたくなりますね。日本の諺に『可愛い子には旅させろ』とか『獅子の子落とし』などがありますが、分かっていても中々我が子には出来ませんね。親が出来ないなら誰が育ててやればよいのでしょうか????

投稿者 femil928 : 16:36 | コメント (0)

2010年04月17日

頑張っている青さん

 エミール幼児園では年長さんを青さんと呼びます。
 エミール幼児園では年長さんも年中さんも年少さんもみんな一つのクラスです。これを一般的にはオープンクラスと云います。園児は5~6名で一つのグループが編成され、そのグループは2名ぐらいの青さん(年長さん)、2名ぐらいの黄色さん(年中さん)、2名ぐらいのピンクさん(年少さん)で構成され、青さんはグループのリーダーとして、黄色さん・ピンクさんの面倒を見るわけです。
 四月の現在は、園児全員がみんな新米の年長さんであり、年中さんであり、年少さんであり、何事も初めてづくしです。青さんは憧れのリーダーですが、リーダーとしてのやるべきことは前年度の憧れの青さんの姿として理解していますが、グループをまとめるのは初めて、新米の黄色さんも先月までは甘えん坊のピンクさんで黄色さんは名ばかり、ピンクさんは入園したてのハチャメチャやんちゃ坊主の超甘えん坊、トイレに行かせるにも逃げ回って、遊び惚けて、挙句の果ては失敗して、ひと奮闘!お昼の弁当の時も、「おべんとうたべな~い」「ママとたべる」「おうちにかえるよ~え~ん」と大暴れ、イスに座らせ、お弁当を広げてあげて、自分が食べる時間も無くなるほど、そして、お弁当が終わればお昼寝の時間、新米ピンクさんにパジャマを着せるのがこれまた大変!逃げ回るは、オオダダシテ寝転び泣き叫ぶは、ズボンを脱いでは物陰に隠れるは、2~30分のおっかけっこでやっとパジャマを着替えて、そのときには新米青さんリーダーの目には今にも涙が・・・。見ている私(エミール幼児園では保育指針として「こころ放すな 手は放せ まなこ放すな てははなせ」と云うことで子どもたちの社会には出来る限り入らずに見守るようにしています)もこの様子を3~40分見ていて手も口も出したいぐらいでしたが、やっと成就してホッとした青さんに『ご苦労さん 良く頑張ったね』と労いの言葉を掛けてやりました。その途端、涙を堪えていた青さんは感極まって「ギャー~~~ぁ」と・・・・。私も思わず抱きしめてしまいました。

投稿者 femil928 : 19:25 | コメント (0)

2010年04月15日

さあ~新年度

 さあぁ~いよいよ新年度がスタートしましたね。
 みなさまのお子様はどんなスタートをしましたか。
 新米年長さんは張り切りすぎて空回りしていませんか。
 新米年中さんは昨年度までの年少さんとしての甘えん坊からの脱却に戸惑っていませんか。
 そして、新入園児のみなさんは初めての船出にびっくりしたり、期待はずれで失望したり、ママの温もりが忘れられず登園拒否したりして困っていませんか。
 こんな、そんな心配事を一つひとつ乗り越えながら子どもたちは逞しく成長していきます。そして、その乗り越えていく姿を、あるときは心配顔で、ある時は涙顔で、ある時は笑顔で見守りながら親さん方も子離れして成長するんですね。
 これからの一年間、是非子育てを楽しんでください。
 あるお母さんからこんな便りをいただきました。
 
 私がお掃除を始めると、息子も「おてつだいする」と云って、掃除機をぐるぐる引きずりまわしてお掃除を始めます。一人でするお掃除よりも時間は掛かりますが、私も鼻歌交じりに楽しんでいると、息子も喜んでお手伝いを楽しんでくれます。お掃除が済んで二人で食べるおやつはなんとも云えない至福のひと時です。何事も親が楽しくやっていれば子どもも自然と積極的に始めるんだなぁとしみじみ感じさせられます。

 との便りでした。子どもにやってもらいたい事はまず親さんが楽しく始めれば、子どもは「やりなさい」と云わなくても始めるものですよね。

 子を変えたければまず親が変わる事ですね。

投稿者 femil928 : 17:03 | コメント (0)

2010年01月23日

本音で『ぼそぼそ』

 なぜお母さんは外で働くのでしょうね。お母さんが持っている『職能』を社会が求めている、例えばお医者さんだったり、看護士さんだったり、学校の先生だったり、保育士だったり、特殊な技能・資格の保有者だったり、と云うことで働かなければならない方もいらっしゃるでしょうね。是非その『職能』を社会で発揮していただきたいですね。しかし、こう云う方々と同数に、いいやそれ以上の方々は家庭を守り、住宅ローンの支払いのため、子どもたちの教育資金を確保するため、より良い生活の向上を目的として働かざる得ない方もいらっしゃると思います。又は母子家庭のためにと云われる方もいらっしゃるでしょうね。
 ここからは私の夢物語になってしまいますが、私は『職能』を持ってやむを得ず働く方は別ですが、経済的理由で働くとか家庭環境でと云う方には、働かなくても良い経済的支援が保障される社会に、国になって欲しいのです。
 民主党政府は子ども手当てとして、子ども一人に月額26,000円を支給すると云っていますが、私はもう一歩頑張って、月額50,000円にして欲しいのです。そんな夢物語はと一笑しないで下さい。その資金源は、勤労者は毎月月給から『子育て支援基金・老齢者支援基金』(老齢者支援との自らの退職後60歳からの支援として月額50,000円を貰うため)として20,000円を積み立てれば財源として充分に確保されます。
 月々20,000円もと云われますが、やがて勤労者が結婚して家庭を持ってお子さんが生まれれば、一人なら月々50,000円ですが、二人なら100,000円、三人ならば150,000円です、四人、五人ならば、どんなににぎやかな楽しい家庭ではありませんか。そして、その家庭がおじいちゃん・おばあちゃん・お父さん・お母さん・子どもが四人の三世代世帯ならば、おじいちゃん・おばあちゃんの老齢者支援金の100,000円と子ども手当ての200,000円、計300,000円がもらえるのです。月々20,000円は高いですか。
 お母さんが家庭に入って、お母さんがやっていた仕事が空きますね。その仕事の一部をお父さんに頑張ってもらいましょう。その分お父さんの給料を上げてもらいましょう。月々20,000円積み立てても余りある月給の増加が生み出されます。新たな求人も発生します。就職難の解決にも多少の変化がもたらされるでしょうね。
 以上では言い尽くせない効果がありますが、何よりもお母さんの精神的負担が解消され、経済的困窮も解決され、子どもは学校から帰ってもお母さんの明るい笑顔で迎えられ、手作りの美味しいおやつが食べられて・・・・・・ああなんと素敵な楽しい本来の家庭の出現ではありませんか。     『ぼそぼそ』

投稿者 femil928 : 10:00 | コメント (0)

2010年01月21日

本音で『ぼそぼそ』

 こんな『ぼそぼそ』はどうですか?
 これこそ私の本音です。お母さんは『子育て』に専念してください。なぜならそれこそが本来の人間社会のあるべき姿だからです。
 もう怒っている方が、いや、「読む価値も無い!」とスイッチを切ってしまった方がいっぱいでしょうね。もし、宜しかったらもう少しお付き合いください。
 わたしのこの発想は、一番目には子どもたちの本当の幸せを願っての提案です。そして、これ同様にお母さんたちの幸せと、お母さんの人権を大切に考えた提案なのです。
 何故、お子さんを施設や他人に預けてお母さんは働きたいのですか?家で『子育て』に専念するのは封建時代の男尊女卑を彷彿させるからですか?そもそも、何故お母さんは外で働くのですか?(これに付いては次の『ぼそぼそ』でつぶやきます) 家庭で『子育て』や『炊事洗濯お掃除』をするのは損な仕事で不公平な役回りですか?
 ちょっと待って消さないで!私は『子育て』ほど素晴らしい、大切な、女性であるお母さんでなければ出来ない、わが身を痛めて出産しただけのお母さんにしか、他人に譲ったり奪われたりさせるべきで無い神聖な尊い仕事だと確信しています。特に出生後0~3歳ころまでの授乳期やしつけの時期はお母さんにしか出来ない大切な、その子の一生を左右する大切な仕事です。そして、その子の幼児期・学童期・義務教育終了までの15歳までの家庭環境は、その子の成長は基より、そのご家庭の幸せにも大きな影響をもたらします。
 子どもたちの学力低下や、不登校や、非行化や無気力化など等の子どもたちの諸々の問題の根本的因果は全て家庭にありと云っても過言ではありません。それらの問題解決策の一番確かで一番正しく一番子どもが求めている解決策です。
 みなさん真剣に本当の子育て支援とは何なのかを考えてみませんか。

投稿者 femil928 : 13:27 | コメント (0)

2010年01月20日

本音で『ぼそぼそ』

 今回、本音で「ぼそぼそ」と心の趣く(赴く)ままに書くと云う考えでスタートしましたが、私にとってだけなのか、どんな人でもそうなのか分かりませんが、少なくとも私にとって本音で何かを書こうと思うと、多くの人々の顔が浮かび上がって実に書きづらく、ついつい本音を抑えてしまいギコチナイ文章になってしまい、今回も何度も、いろいろな分野の文章を書いたのですが、公開するに至りませんでした。本音で語ると云う事は本当に難しいですね。皆様からのご批判・ご指摘を快く受け止めるられる大らかな心が大切なのかも知れませんね。
 今日は試しに今政界で話題が尽きない『金と政治』について本音で書いてみましょうか。
 鳩山総理も小沢幹事長も全く政治家としての資質はゼロですね。お母さんから月々1500万円ものお金を貰っている大人がこの国の総理大臣とは情けなくてしょうがないですね。こんな方に私たち国民の心情は到底理解できないでしょうし、こんな方に庶民感覚の政治は絶対に出来ません。小沢幹事長に至っては、我がまま坊主、いや駄々っ子坊主が自分の身勝手を恰もヒットラーの様に振舞っているだけで、民主党の多くの党民は、小沢批判をすれば次の選挙では公認されないとビクビクして何も云えず、身勝手坊主のご機嫌取りをしているた゜け、鳩山総理は小沢さんを怒らせるとまた党を分離して新党を結成されるのではとビクビク、折角執った政権を手放したくない一心。鳩山総理、小沢幹事長を問い詰める野党、自民党の議員先生たちも一皮向けば『同じ穴の狢』同然で、ある政党の先生を除いて、今の国会議員の先生たちは大同小異みんな『企業献金』に塗れた人ばかりです。
 これらの問題を解決するには、まず第一番目には、『お金の掛からない選挙』。二番目には『二世・三世等の世襲議員の排除』。三番目に『総議員数(衆議院150名・参議院75名)の削減』。四番目に『議員報酬を一人5億円として、一切の献金受諾の禁止』。五番目に『小さな政府・州道制の導入による地域密着の地方行政』などの実施です。
 思い切った改革をしなければ、『同じ穴の狢』たちでやっていては、民主党政権も、自民党政権も、例えみんなの党政権が出来たとしても結果に多くは期待できません。
 なんて『ぼそぼそ』云ってみたけれど。

 
 

投稿者 femil928 : 13:17 | コメント (0)

2010年01月16日

本音で「ぶつぶつ」

 『ツウィスター』とかと云う新しい通信手段(?)がインターネット上に登場したとか、鳩山首相も最近参加したとか、人々が思うがままに「ぶつぶつ」とつぶやくように書き込み、それに、それを読んだ人が「ぶつぶつ」と応答して憂さ晴らしをするとか、ちょっと聞いただけでは面白そうに、楽しさうに思いますが、またまた物騒な、近い将来に社会的問題を引き起こす危険性を感じさせるサイトが開設されましたね。
 本当にこの世の中は『世紀末』『末法の世の中』と言っても過言ではありませんね。
 この正月に、五木寛之の『親鸞』を読みました。忠範(タダノリ)→範宴(ハンネン)→綽空(シャククウ)→善信(ゼンシン)そして親鸞と名前をかえたこの僧が生きた世の中は、まさしく平安末期の末法の世で、政も世相もめちゃくちゃで現代社会と同じ、不安定な、夢も希望も無い、死ぬも地獄、生きるも地獄の社会でした。(詳しく知りたい方は是非一度お読みください。お薦めの一冊です)そんな世の中に生きる人々に希望と夢を持たせたいと試行錯誤、自問自答する『親鸞』に、何か触発されて、私も念仏ではありませんが、『ぶつぶつ』と本音で話したくなりました。

投稿者 femil928 : 19:45 | コメント (0)

2009年08月29日

本当の『子育て支援』とは

 いよいよ明日は衆議院の投票日ですね。私たちの日々の生活に深くかかわる選挙ですね。さて、どのような結果がもたらされるのか今から楽しみでもあり不安でもあります。特に私たち幼児教育に関わる者として気になるのは『子育て支援』がどうなるのかと云う事です。
 幼児教育の無償化、児童手当の増額、安心して働けるための保育施設の充実、高等学校までの授業料の無償化、まあ、列挙すればきりが無いほど沢山の『支援策』が各党各様にマニュフェストに記載されています。どれもこれも実現すれば素晴らしいなぁと魅力一杯の内容ですが、果たして本当にこれらの『支援策』は、21世紀の日本をになう私たちの子どもたちが立派な日本人として育つための支援策と云えるものだろうか?
 これらの支援策は、まとめてしまえば『金と施設』の支援であり、一番大切な子どもたちの『心の支援』が微塵もありません。金が有れば子育てが出来るのでしょうか?施設があれば子どもたちは立派に育つものでしょうか?確かに現代社会は子育てにはお金がかかるでしょう。そのお金を補填するには親御さんの労賃が必要であり、そのためには安心して働けるために保育所や幼稚園や学童施設などの保育施設は必要でしょう。
 でも、一番大切な支援は『子どもたちの心の支援』だと私は確信しています。子どもたちが幸せで無ければ子育てではありません。子どもたちが幸せでなければ親御さんは安心して働けません。子どもたちが幸せでなければ日本の未来はありません。
 私は子どもの本当の幸せは、自分を生んでくれたお父さんとお母さんが仲睦ましく、離婚などせず、いつも家庭にはぬくもりがあり、笑いが絶えず、お父さんの働きで普段の生活は充分に満たされて、幼稚園や学校の教育機関から帰ってきたら、お母さんの笑顔と優しい声で「おかえりなさい」と迎えられ、心のこもった手作りのあたたかいおやつを食べて、学校での出来事などを話しながら宿題を、家庭学習をして、近所の友だちと汗を流して遊ぶ、夕方にはそれぞれの家からこぼれ出る夕食の臭いに空腹のお腹をならして岐路に・・・と云ったごく当たり前の生活の日々こそが本当の幸せだとも確信しています。
 こんな当たり前の日々が出来るための生活環境を実現させるための『支援策』こそが本当の『子育て支援』と云うのではありませんか?皆様は如何お考えですか?

投稿者 femil928 : 17:54 | コメント (0)

2009年07月08日

入園先を決めるときに

 昨日のニュースで、13歳の少年が父親を刺し殺した、と云うのがありましたね。今、子育ての真っ最中の皆様にはどのようなご感想をお持ちですか?
 子を持つ親で、どなたも、まさか我が子に何時かは殺されるかも知れない等と考えて子育てしている方は絶対にいらっしゃらないと確信していますが、何故、こんな事件が発生するのでしょうか?しかも、こんな事件は今回かが初めてではありませんよね。類似した事件は日常茶飯事とは云えませんが頻発しているのが現代社会ではありませんか?何故、どうしてこんな子に育ってしまったのでしょうか?
 私はその原因には幼児期の教育が大きく影響していると思うのです。
 そう云う子どもたちの多くの共通点は、忍耐力が育っていない、すぐに切れる、協調性に欠ける、我がまま、言葉での表現力が乏しい、善悪の判断力がない、等と一言で言えば『未発達な子』なのです。つまり発達する可能性をいっぱい持ちながら、発達させる機会が無く、または、可愛い・かわいいの甘やかしでそれらの能力を育てる必要も無く温室で育てられたか、はたまたそれらに対して無関心な親が無責任な放任主義で勝手気ままに育ててしまった結果なのです。
 幼児期の教育は、小学校に進学するための準備のための教育ではありません。幼児期の教育は、文字を教えたり、数字の勉強をさせたり、絵を描かせたり、歌を歌わせたり、挙句の果ては動物園の見世物ではありませんから芸事を指導する事では絶対にあってはならないのです。
 幼児期の教育とは、子どもたちの社会の中で、子どもたちの、子どもたちによる、子どもたちのための、自然な環境を提供して、その中で、子どもたち自らの意志と行動で、協調性を育み、つらさや困難を乗り越えて忍耐力を培い、喧嘩をして・話し合って・調停して・仲直りをして社会性・友情をあたためて育ち合うことが一番の目標としなければなりません。
 皆さん、本当の幼児教育は何なのか、しっかり考えて、我が子の本当の幸せの実現のために入園する園を決めてやってくださいね。

投稿者 femil928 : 14:17 | コメント (0)

2009年02月20日

人間・その原点 6

 さて、『オムツ』ですが、これが大問題です。人間・その原点が意義するところの第一問題です。
 昔々、その昔には「オムツ」は有ったのでしょうか。無かった時代もあったでしょうね。しかし、赤ちゃんの衛生面なら考えると有った方が良いですね。そこでオムツですが、有るとして考えるとき、オムツはやっぱり使い込なした晒し木綿の柔らかい布で作られ、何回も洗って使えるオムツが最良と思えのです。オムツ交換は親子の会話の、と云ってもまだ赤ちゃんですから会話と云うよりも母親からの一方的な話し掛けですが、赤ちゃんの健やかな成長には欠かせない大切な呼びかけを伴った仕事です。そして、その交換の時に、我が子の健康状態の点検や便の色や形状から病気の早期発見などの大切な仕事にもなります。また汚れたオムツを洗濯して天日で干して取り込んで畳む仕事を通して子育ての大変さと、我が子を愛しむ心の癒しを育み、健やかな成長を楽しむ歓びが味わえるものです。またお母さんたちにはそうあって欲しいもののです。

投稿者 femil928 : 10:35 | コメント (0)

2009年02月18日

人間・その原点 5

 さて、『誕生』から、人間・その原点をスタートしましょうか。
 赤ちゃんが、『男の子』か『女の子』か、それは人間として後々には大切なことですが、また、その性別で考え方も大きく考慮しなければならないことが沢山ありますが、それは、その都度また考える事にして、この段階としては、『赤ちゃん』として考えてみたいと思います。
 まず、赤ちゃんが生まれて直ぐに必要とするものは、産着でありおしめでしょうか。産着とおしめは、お母さんになると知った時点で、お母さんの仕事初めです。産着は2~3枚あれば充分でしょう。洗い尽くした、使いこなした浴衣地や晒し木綿地で作ってやれば、第二子・第三子にも使い譲れるものです。その方がむしろ肌に馴染んで赤ちゃんには快適です。是非、お母さんになる準備として、可愛い我が子を夢見ながら準備して欲しいものですね。
 さて、オムツですね。

投稿者 femil928 : 21:03 | コメント (0)

2009年02月17日

人間・その原点 4

 そこで「お産」の問題ですが、昔々の、今から何千年も何万年も昔の人々は「お産」はどうしていたのでしょうね。それは現代社会から比べれば、死産もあったり、新生児の生存率の問題なんかも比較の対象外でしょうが、「昔と今を同等に論じるな」とお叱りになられるでしょうが、もう少し近現代、明治時代とか大正時代、いや、昭和の初期頃の「お産」はどうだったのでしょうか。産科医が居なくて『お産婆さん』とか『助産婦さん』が新生児を取り上げていた(この表現は正しいですか?)時代は、「たらいまわし」は無かったと記憶しています。確かに「あそこの赤ちゃんは難産で死んじゃっただって」とかの話は現代よりも多く聞かれましたが、「どこの病院でお産したら良いか」とか「産科の先生が居ないからお産を諦めている」とかの話は社会問題になっていませんでした。
 私の荒っぽい考察ですが、昔の人は、『人の生き・死に』と云う問題はもっと神秘的に受け止めて、つまり、人間の生命は神のみぞ知る、運命的なものであったと思うのです。ですから、ある意味で『生死』を冷静に受け止めると共に、誕生を喜び・命を大切にし・死を心から悲しみ、死後も何回忌・何回忌と大切に弔っていたのではないでしょうか。ですから逆に現代社会ほど、子殺しゆ親殺しや無差別殺人や虐待による殺しなどは少なかったと思うのです。

投稿者 femil928 : 13:06 | コメント (0)

2009年02月16日

人間・その原点 3

 貴方にとって一番欲しいものは何でしたか? そして一番大切にしているものはなんでしたか?
 欲しいものや大切にしているものが、お金であったり、車であったり、マイホームであったり、と云うお考えが無かったでしょうね。倉本聡さんは、『水・空気・自然』であって欲しい、そして、『豊かさ』や『幸せ』や『贅沢』と云うものが物質的な物で判断されてはいけないと番組の中で力説されていました。
 正しく、私がこれから展開しようとしている『人間・その原点』はこのことなんです。もう一度『人間とは』『生きるとは』『豊かさとは』『幸せとは』を原点に立ち返って考えてみたかったのです。
 まずスタートとして『生命の誕生』と云うことから考えて見ましょう。う
 現代社会、産科医の絶対数が不足していて、妊産婦が安心してお産が出来ない、また、緊急医院をたらい回しされて、尊い命を・・・と云う事案が頻発していますね。この問題から入りたいと思いますが、大変な問題からのスタートになってしまいました。
 最初に、これから展開されていく文章は私の私的な生活経験に基づく考えであり、これによって皆様が考えるヒント等と云う大袈裟のものではなく切っ掛けになればぐらいに、軽く受け止めてください。

投稿者 femil928 : 07:12 | コメント (0)

2009年02月15日

人間・その原点 2

 こんな事を書いていたら、先日(2月11日(水)夕方7時頃)日本とオーストラリアのサッカー試合が中継されていた裏局で、『北の大自然スペシャル・森のラブレター 富良野自然塾長・倉本聡が自然の理念と地球への思いを語る』と云うタイトルで素晴らしい番組が報道されていたのを思い出しました。皆様はご覧になりましたか。きっとご覧になったでしょうし、見ていたと願いたいですね。
 その番組の中で倉本聡は自然塾を訪れたレポーターに、「貴方が一番欲しいものは何ですか?」と問いかけ、次に「貴方が一番大切にしているものは何ですか?」と問いかけました。
 どうですか?貴方なら何と答えますか? ちょっと考えてみませんか?

投稿者 femil928 : 14:57 | コメント (0)

2009年02月14日

人間・その原点 1

 現代社会、私たちの身の回りにはありとあらゆるものが氾濫、そう正しく氾濫していますよね。例えば皆様のご家庭にはボールペンは何本ありますか。私の家庭だけでしょうか?私の今目の前だけでも5本あります。後ろを向くとテーブルの上に3~4本、引き出しを開くとあっちに3本、こっちにはケースにそっくり12本その他に7~8本、きっと数えたら100本はゆうにあると思います。私の職場にも溢れています。多分貴方の家にも似たような状態で溢れていると推察します。しかし、こんなにあるボールペンでも文房具屋さんの店先には沢山の種類のボールペンが並び、いろいろな商店でも景品として数百本のボールペンが在庫され、メーカーでは一秒間に数本の割合で、流れ作業で生産されている事と思います。
 私たちの日常生活にボールペンが出現したとき、皆さんは覚えていますか?きっと皆様が生まれたときにはもうボールペンが溢れていたかも知れませんが、私ははっきり覚えています。あんなに新製品の出現に感動した事はありません。使い果たすと買い換える出費を惜しんで、替え芯を入れ替えて大切に使ったのに、・・・・。
 この項目では、人間として生きていく中で、本当に必要なものは何なのか。どれぐらいあれば充分なのか考えてみたいと思います。どれ程、どこまで考察できるか不安ですが、私なりに気がかりな面を、私なりに考察して見ます。お付き合いのほど宜しくお願いいたします。

投稿者 femil928 : 18:35 | コメント (0)

2009年02月13日

子育て論・13

 とにかく未発達の面にだけ照準を当てて、『発達障害児』と定義づけて『支援』するのでは無く、どんな表現が適切か分かりませんが、ある面で特別に発達している、仮に『超発達児』と定義づけた児童に対しても『支援』する事を公的機関が設置されなければ、『法』が定める『ひとり一人の子どもの能力に相応した教育を受ける権利』は不平等になり、子どもたちの『教育格差』はその子その子の能力に関係なくその子の育つ環境、特に経済的環境によって決定付けられてしまいます。
 つまり『教育格差』は『経済格差』に左右され、『教育格差』は『経済格差』を生み出し、『経済格差』はより大きな『教育格差』を子どもたち社会に出現させ、その『教育格差』はもっと大きな『経済格差』に・・・と悪循環は人間社会を『格差社会』にしてしまいます。
 『格差社会』は人間社会に『不幸』しかもたらしません。『格差』が教育によって派生する事、『格差』が経済にょつて派生する事は決して正しいものではありません。「駕籠に乗る人、乗せる人、そのまた草鞋を作る人」と云う諺がありますが、これは格差ではありません、それぞれの人がそれぞれの能力に応じて、それぞれの分野を受け持つ事で社会は成り立つと云う事で、自然の摂理です。それを『格差』とか『差別』と受け止める事は一種のうがった受け止め方です。この事は何時かまた別の項目で検証しましょうね

投稿者 femil928 : 06:47 | コメント (0)

2009年02月12日

子育て論・12

 こんな事を書いていたら、昨夜(2009.2.10)のNHKのクローズアップ現代で「なぜ進まない・発達障害児支援」と云うタイトルでイギリスでは10年前には7000億円だった障害児支援予算が今は10倍の7兆円になったとの報道がされていました。日本ではある400名規模の学校で支援を必要とする児童が約3割弱の100数名いるのに、その児童に対応するコーディネーターは2名で、教材も全て手作りであり、指導書も充実していないので暗中模索の上に、自信も持てずに指導に当たっているのが現状だとの報道もされていました。
 『発達障害児支援』確かに大切な政策ですし、私も否定はしません。しかし、アインシュタインもエジソンも(一説によれば前ブッシュ米国大統領も)発達障害児だったのです。番組の中でも、数学的には素晴らしいさ才能があるのに、言語的発達は未熟であるとか、芸術的素晴らしい才能があるが、じっとして学習する自制心が未発達な子、など等の発達障害児と云いますが、ある意味では『個性』と受け止めても良いのでは、あるいは全ての完璧を求め過ぎず、持っている素晴らしい才能をもっと自由に本人なりに満足するだけどんどん伸ばしてやる事の方が、本人にとっても幸せなんではないだろうか、と思いますが。

投稿者 femil928 : 06:46 | コメント (0)

2009年02月11日

子育て論・11

 経済的に恵まれた子どもはその能力をどんどん伸ばして輝ける未来に確実に突き進みます。一方素晴らしい能力を持っていても家庭的に恵まれない子どもは持てる才能を磨き育てる機械が無く何時の日か埋もれたまま唯の人に、これを『教育格差』と云うのではないのでしょうか。
 公教育が『法』の定めるひとり一人の子どもの能力に相応した幅広い能力差に応じた学校を設置しない以上は、教育格差は子どもの能力差とは無関係に、それぞれの子どもの育つ環境さによって決定付けられると云う悲劇が現実なのです。
 昔は「蛍の光窓の雪」と経済的貧困でも向学心があれば素晴らしい学校に進学でき、立派な社会人となり、貧困な人々の苦しみをわが身で正しく理解できる素晴らしい人間に育ちましたが、今の一流校と言われる大学や高級官僚と言われる社会人は経済的に恵まれた上流社会(?)のお坊ちゃま・お嬢様で蔓延して、人の苦しみに無関心で、経済感覚が無い、わが身の保身にだけ働く、「天下り」や「渡り」で税金の無駄遣いを強要する人々(皆がみんなとは言いません)になってしまうのです。(ちょっと余計な事の発展したかな)

投稿者 femil928 : 09:53 | コメント (0)

2009年02月10日

子育て論・10

 有能な優れた子どもに対するその子に合った教育を受ける権利が保障されていないから、優秀な子どもは学校教育を見捨てて(?)月額10万もする超エリート塾にせっせっと通うのです。その子は学校では経験できないその子の限界に挑戦できる難しい問題に魅了され、その難問を解いたときの達成感、成就感、知らなかった新しい知識との遭遇はその子にとっての生きてる証となり、輝ける未来への素敵な道への一歩一歩の確信なのです。どうでしょうか、その子を責める事は出来ますか。その親を私たちは否定する事は出来ません。しかし、そんな子に投資する経済的力があればその子は救われますが、経済的余裕の無い家庭に生まれた子には、その子の好奇心や向学心や学ぶ喜びは味わう事が出来ません。こんな子どもが世の中には沢山居るのではないでしょうか。これが教育を受ける機会均等でしょうか。素晴らしい人材がそのもてる能力を発揮する機会を与えられずに埋もれてしまっている事は日本国の計り知れない膨大な損失と考えるのはおかしな考え方でしょうか。

投稿者 femil928 : 16:30 | コメント (0)

2009年02月09日

子育て論・9

 障害者にはその子に合った施設を設けて教育するのは当然なのに、なぜ能力の優れた子どもにその子に合った施設を創設して教育する事を快しと認めないのでしょうね。皆さんそうは思いませんか。私は絶対に認めるべきだと確信しています。こんな事書くと皆さんに『総すかん』をくうかな。
 その子の能力に合った教育を受ける権利、この文言は皆さん受け止められますよね。その子の能力に合った教育がされていないために『落ちこぼれ』と云う現象が起きている。漢字も思うように読めないのに、もう六年生なんだからと漢字が沢山書き込まれている教科書を読まされる(?)から国語が嫌いになってしまう。掛け算が完全に修得されていないのに割り算をしなさい(?)とか、分数の通分をしなさいと言われても出来るわけがありませんよね。その子の能力を無視して『もう何年生だから・・・」と年齢で決め付けられて受ける授業ほどつまらないものはありません。ですよね。今『落ちこぼれ』で書きましたが、その逆はどうですか?貴方のお子さんで考えてみてください。算数は『落ちこぼれ』かも知れませんが、国語力ははるかに優れていると云った様に、科目別に見ると今は四年生でもA教科では四年生程度でも、B教科では六年生以上、C教科は二、三年生程度と得て不得手があっても当然ですよね。

投稿者 femil928 : 06:41 | コメント (0)

2009年02月08日

子育て論 8

 日本の子どもたちは『法』(憲法や教育基本法などの法ですが、あえて私はその根拠を書きたくありません、とかく日本人はその根拠やあるいは著名な方々による論説や調査データーが記載されると、それが嘘八百を並べられても鵜呑みにし信じ込んでしまいがちです)の下に、全ての子どもはその子の能力に応じた教育を受ける権利があり、親はその子に教育を受けさせる義務があるのですが、その権利や義務は守られていないのが現実ではないでしょうか。現実を見ると、例えば障害者に対する個別指導は充分とは言い難いですが、ある程度考慮されていますが、能力の優れた子どもに対しての公教育は皆無と言って過言ではありません。大阪府の橋本知事が、超エリート校を創設しても良いのでは、と云って物議を醸していますが、それは差別につながるとか、受験戦争を煽るとか、公教育には相応しくないとか、何やかんやできっと実現しないでしょうね。『法』でその子の能力に応じた、と明言されているのに、往々にして私たちは障害者に対しては理解を示しますが、有能な優れた人に対しては何かと難癖を付けて認めようとしませんね。

投稿者 femil928 : 16:39 | コメント (0)

2009年02月07日

子育て論・7

 一昨日、ある民放のお昼の番組の中で、『お受験』が報道されていました。ご覧になった方もきっと沢山いらっしゃると思いますが、内容をちょっとご紹介しましょう。ある小学校5年生が有名中学校を受験する事に目覚め、学校の勉強時間以外に1日10時間の勉強を、正しく寝食を忘れて、学校が終わるとお母さんの車で塾に直行、その車の中でも勉強、塾では夜の10時までひたすら勉強、帰りの車の中でも当然、帰って夕食(?)を済ませて入浴を済ませるや否や又勉強で寝るのは日が変わった1時過ぎに、そんな365日を2年間続けて、先日の有名中学校のお受験には6~7校の受験で全校に見事合格すると云う内容でした。塾の費用は月々10万掛かっているとか。何かすっきりしない気持ちでチャンネルを別に回すと、そこはアンデスの山の中の小さな村、そこの広場では、ボロボロになったボールひとつを数人の子どもが裸足で蹴り合っているが、その子どもたちの顔は楽しさで満面の笑顔、私には爽やかさすら感じられました。ふと『教育格差』と云う言葉が私の頭の中をよぎりました。

投稿者 femil928 : 11:28 | コメント (0)

2009年02月06日

我が愛する息子と娘へ 9

 最後にまとめておこうね。ここで伝えておきたい事は、学校の勉強も含めて社会学も世の中の仕組みも制度もどんな事でも学ぶ意志があれば、楽しい事だからしっかり学んで欲しい。そしてひとり一人が賢くなって、自分のことは自分がしっかり判断して、自分の責任の下に実行していって欲しいのです。他人に頼ったり、他人の責任にしたり、国に求めて補助を貰ったり、制度を設立してもらったりと、『福祉』と云う隠れ蓑に、甘えた言葉に頼っていたら、それは何時の日か『税金の無駄遣い』と云う膨大な負の遺産が積み上げられて、ゆくゆくは君たちがその借金を負担しなければならなくなる、と云う事に気付いて欲しいのです。今の社会で言えば、定額給付・非正規労働者への支援金・フリーターや引きこもりの若者への支援制度・働くお母さんが働きやすくするための施設の建設費や支援制度などなど沢山・沢山ありますが本当に支援策なのか、問題解決につながるのか、しっかり自分の頭で考えてくださいね。

投稿者 femil928 : 14:14 | コメント (0)

2009年02月05日

我が愛する息子と娘へ 8

 君たちは、なんで勉強していると考えていますか。そうなんです。正しく勉強の意味はここにあるのです。往々にしてみんなは「勉強しないと良い学校に進学できないよ」とか「良い会社に入社するためには良い学校を卒業しなければ」とか「より高収入を稼ぐには・・・・」と云われて、その『より良い・・・・」のために勉強していると強いられているから勉強が面白くない、と決め付けている事もあると思うが、勉強の本当の意義は、ひとり一人が人間らしくしっかりした理性の基に適切な判断力を働かせてより人間的な豊かさの生活を享受するために行われる、人間と云う賢い動物にしか出来ない活動なんだよ。
 「これはテストにでるかな?」「これはテストに出るから覚えなくちゃ」なんて考えながら勉強はしないで下さい。『なるほどこの考え方はあの政策の素なんだ』『こう云う意図の下にこの方針は立てられているんだ』と『知る事が増える事を楽しむために』勉強をしてください。『考える葦』に育ってくださいね。

投稿者 femil928 : 07:04 | コメント (0)

2009年02月04日

我が愛する息子と娘へ 7

 昨年の11月頃から、非正規社員のリストラやら、派遣社員の契約打ち切りやら前倒し、大企業が相次いで利益の見直しで、数千億円の黒字から数千億円の赤字へ修正等などと報道されていますね。そして、雇用の創出と云う事でワークシェアリングとやらで労働時間を分け合い、それに伴って賃金も分け合って実質的には給料の削減を強いられたり、・・・・。
 これらの報道に対して、国民の多くは鵜呑みにして、マインドコントロールされて、世の中厳しいんだから仕方ないよと諦めてしまっています。
 我が愛する息子と娘よ、なぜリストラなのか、非正規労働者の是非やあり方はこれで良いのか、ワークシェアリングは正しい対処法なのか、政府は、企業は、我々国民はどうあるべきか、しっかり考えなければならない時代が今なのです。

投稿者 femil928 : 15:03 | コメント (0)

2009年02月03日

我が愛する息子と娘へ 6

 大人が変われば子どもは変わる。社長が変われば会社が変わる。校長が変われば学校が変わる。の類のように、トップが変われば、確かにその組織は変わります。例えば『政治』の社会なら、私たちには選挙権がありますから、選挙をする時にあなた方の大切な一票を真剣に検討して投票すれば政治を変えられます。お父さんやお母さんと、または友だちとや仲間とならば話し合いで互いに意見を交換すれば互いに代わることが出来ます。せめて会社ぐらいまでは、無理かな、でも当たって砕けろの精神で直談判すれば会社も返られるかも知れません。
 しかし、この世の中、ましてや世界は、『強欲と強欲』が複雑に絡み合い、強力な権力が我々の想像外でしっかり筋書きされていて、オバマ大統領がどれ程の夢や希望を唱えても、限界があるのです。
 それでは、私たちはどうすればいいのか?

投稿者 femil928 : 19:07 | コメント (0)

2009年02月02日

我が愛する息子と娘へ 5

 しかし、人間は他の動物以上に『理性』があると同時に、大変『欲張り』な動物でした。この『欲張り』があったからこそ人間社会が発達したのですが、その欲張りで『自動車』と云う物を発明・発展させるようになって、つまり、より早く、より楽に、より気ままにと云う欲が人々の生活に具現化するようになって、人々はどんどんスピードを求めるようになり、それを得るために所得を貪り、我が利益のためには自然の破壊も人間関係の阻害も・疎外も、それが天に唾する様なやがてはわが身に降り注ぐ黒い雨の素であっても、今が良ければ未来がどうなろうと知らぬ存ぜぬと、それがあたかも文明の発達であり人間社会が求める至福の産物でもあるかのように貪欲に求め続けてしまったのです。
 オバマ大統領は黒人の悲哀を理解できる、身近に感じた人として『CHANGE』『YES WE CAN』と世界集の人々に夢と希望を抱かせる救世主の様に現れましたが、人間の『強欲』はそんなに容易く改まるものではありません。

投稿者 femil928 : 09:44 | コメント (0)

2009年02月01日

我が愛する息子と娘へ 4

 挨拶の次に来るタイトルではないが、先日米国では第44代大統領に黒人出身のオバマ氏が就任し、米国民は基より世界中の人々が世界は『CHANGE』する『YES WE CAN』と夢と希望にあふれています。こんな時だからこそ伝えて置きたいと考えて書きます。
 我々の生きていく世界、人間社会は漢字の『人』と云う文字にも表されているように、一人ひとりが支えあって助け合って知恵を出し合って築き上げられるものなのですが、それは原始社会のことで、現代社会はすっかり様変わりしてしまったと思うのです。
 確かに『人』と云う文字が出来た頃は、ヒトビトは生きていく事が生きる目的だったと思うのです。今日食べるものを求めて、今を生きるために食べ物を探して、それで明日への生きる喜びを得てそれぞれが生活していました。そこにはヒトビト全員が生きる事への共通目的だけが存在し、その他はひとりよりは集団で暮らす事が身の安全であり楽しさであったのです。そこに『人』の集団が出来、『社会』が発生したのです。

投稿者 femil928 : 14:34 | コメント (0)

2009年01月31日

我が愛する息子と娘へ 3

 『挨拶』でもう一つ大切なことは、『挨拶』には上下がない、と云う事です。部下はしっかり頭を下げて「おはようございます」と挨拶しているのに対して上司が横柄に頭も下げず(息子よ間違ってもこんな人間にはなるな! )「おう」とか「ああ」とか訳の分からぬ間違った日本語で挨拶もどきの挨拶をしています。挨拶の段階でも上下関係を誇示したい・・・その人はその人か?!? まあその辺は論じない事にして、挨拶は誰とでも、どんな時ににでも『心』でしたいものですね。『親しき仲にも礼儀あり』との諺もありますものね。
 ただし、親しき仲には、それなりの親しさゆえの「あいさつ」もありますよね。これはこれでまたまた大切な人と人との関係を楽しく明るくより親しみ深いものにする効果をもたらす「あいさつ」(敢えてひらがなで書く意義を汲み取ってくださいね)もあります。文字にすれば失礼なあるいはぶっきらぼうなあいさつに感じられますがそれはお互いのこころが認め合えるものなので、しかし、この場合にも『心』は大切にしたいものですね。

投稿者 femil928 : 14:22 | コメント (0)

2009年01月30日

我が愛する息子と娘へ 2

 初めに、人として人に愛される人に育って欲しい。そのためには人との出会いを大切にして欲しい。人との出会いで一番大切なのは、そして一番初めに行う事は『挨拶』です。『挨拶』一つでその人の人柄や育ちや教養がわかると云っても過言ではありません。挨拶では、まず初めに誰に対して挨拶するのかをしっかり表示するために、相手の顔をしっかり見つめて挨拶しよう。座っているなら立ち上がり、歩いてまたは走っているなら必ず立ち止まり、その人に向き直って顔を見つめて笑顔で、頭をしっかり下げて、明るく元気よく清々しい声で「はじめまして」とか「こんにちは」とか「おはようございます」と相手に聞こえる声で挨拶しましょう。私は挨拶で形・格好も大切だけど、一番大切なことは『心』だと確信しています。心の無い挨拶は時には儀礼的であったり、冷たさが感じられたりして挨拶が人と人との間に近寄りがたい一線を引いてしまう事があります、これでは挨拶の意義が半減します。『心』を込めれば、自然と笑顔になり、明るくなり、元気になり爽やかな挨拶になり、人との出会いを楽しくさせてくれます。

投稿者 femil928 : 09:20 | コメント (0)

2009年01月29日

我が愛する息子と娘へ 1

 子を持つ親として我が子が幸せになって欲しいと願うのは誰でも同じですよね。でも幸せになって欲しいと云う事を具体的にどうあることなのかと考えたとき、良い仕事に就ければ幸せなのだろうか? お金持ちに成れれば幸せなのだろうか? 素敵なお嫁さんに(お婿さんに)めぐり合えて幸せな家庭に暮らせれば幸せなのだろうか? いやそんな先の事でなく、良い学校に入学してよい成績をとって、良い友達に・良い先生に恵まれて、・・・・いや、もっと現実的に、五体満足で病気もせずに健康で、いつも明るく楽しく生きていてくれれば幸せなのだろうか?
どれもこれもが幸せの条件ですが、そればかりだろうか? いやいやもっともっと条件はありそうですし、とかく親は欲張り者で、ましてや我が子に対しては無いものねだり敵に、良い事ならば何でもかんでも欲張ってしまいますよね。この親の欲張りを気が付くままにひとつ一つまとめて置いて見たいなぁと思ってこの項目を書き続けてみたいと考えています。

投稿者 femil928 : 06:50 | コメント (0)

2009年01月28日

株式会社・福島市 6

 第3の職場は、福島市の安全確保の職場です。現在の福島市は大きな事件も無く平和な福島市です。でも、この平和は何時までも保障はされません。何時事件が起きるかも知れません。株式会社・福島市では、定年退職された皆様の第2の職場として、子どもたちの登校・下校の時間帯に街中を散歩してもらう仕事(?)をお願いしたいと考えています。朝は7時から8時くらい、昼は2~3時から4~5時くらいまで、黄色の揃いの帽子と上着を着てもらい、2~3人が一組になって街中の辻裏々までをのんびりと世間話をしたりして散歩をしていただくのです。一人ひとりが毎日規則正しく1~2時間歩く事は、単に市民の生活安全の確保以上にその人の健康管理に役立ち、如いては医療費や介護費の節約ばかりでなく、医療保険制度や介護保険制度にも波及する効果が大きいと確信します。
 第1の職場は投資資金もかかりますが、販売利益も考えられます、が、第2・3の職場は意識の高揚や肉体的利益はありますが、目に見える金銭的利益は生じませんね。これでは株式会社・福島市の株主としては大いに不満ですよね。もっともっと大きな利益が上がり、株主としても高額な配当やご利益を期待しますよね。それは次回にもっともっと大きな夢物語として述べてみましょうね。

投稿者 femil928 : 10:48 | コメント (0)

2009年01月27日

株式会社・福島市 5

 第2の職場は福島市の清掃です。車で走り抜けていると気にはなりませんが、一度福島市を歩いてみるか、自転車で走ってみてください。たばこの吸殻はいたる所に捨てられていますが、空き缶やペットボトルも、あるいはコンビニあたりで買った食べ物の包みでしょうか、ケチャップやマヨネーズがこびりついた紙袋が散乱しています。基本的にはゴミは持ち帰りましょうと云う慣わしにはなっているのでしょうが、一部の市民の不始末とは思いますが残念な事です。私は株式会社・福島市として、清掃部門を福島市から委託引き受けして、職の無い若者たちに揃いのユニフォームを着てもらって、箒とちり取りを持って、ローラースケートに乗って、そう、そうです、お気付きかと思いますが、ディズニーランドの清掃ボーイさんです、あのように格好よく、楽しみながら町を綺麗にする有意義な仕事を若者たちにやってもらいたいのです。これは単に町を綺麗にするだけでなく、若者たちが奉仕する心をも育む、一石二鳥のいやいやもっと副産物がつく素敵な職場にも発展します。

投稿者 femil928 : 14:13 | コメント (0)

2009年01月26日

株式会社・福島市 4

 第一の職場として、福島市内に点在する休耕田や荒地の再利用です。今の世の中、人体に危険な農薬を使った農作物や、産地が偽られた国産品や、遺伝子組み換えによる危険な食物が沢山流通されています。せめて、私たち福島市民は、私たちの福島市で汚染されていない農地で、農薬を使わずに手間暇を掛けた安全な、季節感のある、生き生きした美味しい物を食べようじゃありませんか。お米も春先にたった一回の除草剤を撒いて収穫される手抜き米ではなく、八十八っ手、手間暇掛けて真心のこもった米を食べましょう。フリーターやニートの若者が十名・二十名と集団生活しながら農作業に汗流す若者に変身した時、福島市の未来に一縷の灯りが、そして、その収穫した自然食の宝を販売した益金で給料を受け取り、所得税を支払えば、福島市の税金の無駄使いも減って、福島市は若者が働き、明るい元気な声が響き、税収の豊かな緑あふれた『美しい福島市』になります。第一の夢物語。

投稿者 femil928 : 09:56 | コメント (0)

2009年01月21日

株式会社・福島市 3

 今回は雇用問題について夢見ましょう。
 現代社会、フリーターとかニートとかと云った若者が全国では200万とか300万とかと云われ、福島市にもそれ相応の数の若者が仕事も無く、仕事もせずに居るとと思われます。そして、昨年来の不景気で解約された非正規社員や解雇された正規社員など沢山居ると思います。
 そこで『株式会社・福島市』の第一番目の仕事は、こう云う人々の職場つくりです。
 日本国では、やれフリーター対策費に何十億円の予算を組んで、働く技術を身に付けさせて、雇い主には補助金を支援してとか、解雇された非正規社員には非正規村を設けて、温かい炊き出しをご馳走してひと時の住まいを提供して、期間が来たらそれ出て行け、やれ退去しろと・・・。何でも付け焼き的な対策や税金のばら撒きで大判振る舞いして、根本的な解決策が施されません。これらの税金の無駄遣いは、いずれの日にか消費税のアップや、所得税の割り増し等で私たちにしわ寄せされ、子どもたちの未来に負の遺産を積み上げるだけなのです。

投稿者 femil928 : 07:00 | コメント (0)

2009年01月20日

株式会社・福島市 2

 『株式会社・福島市』の運営は、福島市民が一人一株以上を全市民が持つ株式会社です。つまり福島市民全員が株主であり、運営責任も利益の配分も持ち株数に等しくもたらされます。細かい点は私の頭の中にありますが、それを書いていたら何日もかかりますので、まあ、福島市民全員が株主の会社なんだ、と云った程度に抑えてください。
 事業内容ですが、これも福島市民が関係するあらゆる部門が対象になりますので、逐次、その都度その部門に付いて考えを、私の夢を語りましょう。

投稿者 femil928 : 07:00 | コメント (0)

2009年01月19日

株式会社・福島市 1

 『株式会社・福島市』は、私たちの愛する子どもたちが夢と希望を持って未来英語にそれぞれの人生をまっとう出来る福島市を、どうすれば提供できるかを模索した私の夢物語です。
 昨年の10月頃から、米国のリーマンブラザー証券の倒産、サブプライムローンの焦げ付きに端を発した金融危機で世の中はすっかり不景気になってしまい、非正規社員の即時解約や、大企業の操業短縮などなどで、又、来春からの就職内定者の解約など、世界経済は大不況に陥ってしまいましたね。
 この不況は100年に一度の不況ではありません。大企業が、ビックファンドが身勝手な我侭とエゴで好き勝手に世界経済を操っているだけで、私たち一般国民はそのトバッチリを受けて苦しんでいるのです。ですから、100年に一度ではなく、何時でも何年か後にも又大企業が、ビックファンドが駄々をコネルと私たちの生活は不況の波に飲み込まれてしまいます。
 私たちの生活は、福島市民の生活は、私たち福島市民が自らの知恵と工夫と努力で守っていかなければなりません。

投稿者 femil928 : 06:40 | コメント (0)

2009年01月18日

明治がまた一人 4

 『お袋の味』は沢山あって何がと云っても書ききれないのですが、こんな事を書きながらも、私の口の中にはあの懐かしいお袋の味がじわじわとにじみ出てきます。
 昔は「さんま」が量り売りで売られるほど安かった頃がありました。毎日毎日・朝・昼・晩と三食「さんま」だらけの日がありました。母に毎日「さんま」じゃ飽きちゃうよと云うと、母は「さんま」をぶつ切りにして油でカラッと揚げて野菜と炒めて餡かけにしてまるで酢豚の様な料理にしたり、三枚におろして骨を抜き、ころもを着けてサッと揚げてそれを焼いて「うなぎだれ」を掛けて「うな重だよ」と、それはそれは本物のうな重(その当時は本物のうな重は食べた事はありませんが)よりもずぅと美味かったものです。
 母は、いや明治の人は苦労しながら知恵を絞って質素ながら節約しながら上手にその人その人なりの味を創っていたのですよね。

投稿者 femil928 : 09:21 | コメント (0)

2009年01月17日

明治がまた一人 3

 私の父は明治42年3月12日に生まれました。丁度今年は生誕100年目になります。8年前に数え93歳で他界しました。母は明治45年4月13日生まれで、平成2年に79歳でなくなりました。二人とも明治の人で、今、平成も21年でははるか昔の人になってしまいましたが、私にしては今でも心の中では一緒に生きているのです。そんな父と母の思い出を、思い出すままに書いて見たいと思います。
 母は料理の名人でした。中国で生活していために中華料理が得意で、若い頃は福島県内の方々の公民館や集会所に出向いて料理講習会を開いていました。きっと今でもあの頃の若奥さん、今では7~80歳のいや90歳くらいのおばあさんたちは覚えているかも知れませんね。とにかく母の料理は早くて美味しくて、どんな素材でも簡単に料理して私たちの育ち盛りの空腹を満たしてくれました。
 『お袋の味』 そう、私にはお袋の味が沢山あります。現代っ子にはあるのかなぁ?

投稿者 femil928 : 13:14 | コメント (0)

2009年01月16日

明治がまた一人 2

 先日、ある報道機関で報道されていた事ですが、会津若松市のいくつかの小中学校の生徒が、自分の両親や祖父母の昔の写真を見て、両親や祖父母からその写真に付いて話を聞いて、総合の学習の時間に発表すると云う内容の報道でした。生徒たちは自分の親たちが育った環境に付いて、写真を通して話を聞いたり、滅多に話をした事も無い祖父母と話をする機会があったり、祖父母が昔を懐かしみながら、またあるときはその頃の苦しかった生活を思い出して涙ながらに話す祖父母に感動したり、思いやったりして、その感動を友だちの前で涙ながら発表する姿が報道されていました。本当に素晴らしい事だと思いました。皆様のご家庭でも是非されて見ては如何でしょうか。

投稿者 femil928 : 06:39 | コメント (0)

2009年01月15日

明治がまた一人 1

 明治がまた一人、このタイトルは私が尊敬する、大好きな父が亡くなって直ぐに考えていたことだったのですが、構想は頭の中で立派に出来上がっていたのですが、いざ文章にして表現しようと思うとなかなか難しく、今日までかかってしまいました。こうなったら立派な文章にするよりも、このブログを利用して、私の父や母の思い出を気の向くままメモ帳代わりに利用して書き残して置こうと考えました。皆様には興味の無い事かも知れませんが、明治の人の考え方や生き方には現代人が忘れてしまった大切な事があると思いますので、気が向いた時にでもちょっと覗いてみてください。私のメモ帳が皆様の何かに役立てば幸いに思います。

投稿者 femil928 : 07:24 | コメント (0)

2009年01月14日

『知能あそび』 6

 「あ」の字を見て「あ」と認識する脳細胞と「い」の字をみて「い」と認識する細胞がいて、二つの細胞が連結する事で「あい」と云う言葉を認識し『愛』と云う意味を認識する。そこに「か」と云う文字を認識する細胞がまざって、「あ」と「か」で『赤』になったり「あ」「か」「い」の三つがからみあって『赤い』と云う形容詞になったりとひとつひとつの脳細胞がより多くの細胞と絡み合い組み合わされて人々の頭はコンピューター以上の素晴らしい働きをしているのです。
 以上述べてきましたように、人間の脳細胞はまだまだ未使用の細胞が沢山あって、それらの細胞を楽しい遊びで揺り起こして遊ばせて活発な細胞に自覚させてより多くの思考回路を構築して頭の良い子つまり一を聞いて十も百も考えを発展させられる、考える事が楽しい子、生きてる事が歓べる子に育てようと云うのが『知能あそび』なのです。

投稿者 femil928 : 06:46 | コメント (0)

2009年01月13日

『知能あそび』 5

 起こした脳細胞にそれぞれの役目を持たせなければなりません。例えば『やる気』を司る細胞なのに『怠ける』気持ちにも働いたならその人は『やる気』を出せばいいのか『怠ければ』いいのか分からなくなりますね。ですから『やる気』を司る細胞は『やる気』を起こす時だけに活動させるさせるように、何度もなんども繰り返し訓練して、『やる気』の指令が出れば間違いなく活動開始出来るようにしなければなりません。これも専門用語では「髄鞘化」と云います。つまり細胞一つ一つが鞘を被って適切な時に適切に働くようになることですが・・・。
 しかし、脳細胞も一つひとつが単独で働いていては世の中そんなに単純なものではありませんよね。

投稿者 femil928 : 07:00 | コメント (0)

2009年01月12日

『知能あそび』 4

 ボーとして眠っている脳細胞を呼び起こして・活動化させる方法は・・・・。
 まず眠っている脳細胞を呼び起こす方法は、元気に働いている脳細胞が隣で怠けて居眠りしている脳細胞に手を差し伸べて揺り起こす事です。この手を差し伸べる手を専門用語ではシナップスと云いますが、そんな専門用語はいいでしょう。
 揺り起こすにはそれだけの魅力がないと起きませんよね。「起きて肉体労働をしなさい」とか「勉強しなさい」と云われればよけいに眠ってしまうかも知れません。眠気を覚まさせるには楽しくなければなりません。ですから『あそび』なのです。『知能あそび』は脳細胞を揺り起こす楽しいあそびなのです。

投稿者 femil928 : 10:04 | コメント (0)

2009年01月11日

『知能あそび』 3

 ソクラテスやアインシュタインたちですら140億の脳細胞のうち3割強4割弱だそうです。ですから左脳の70億のうちの50億前後しか使っていません。それでは皆様はどれだけ?
 一般的には2割強3割弱、つまり左脳70億の脳細胞のうち30億からせいぜい40億しか使っていないのです。もったいない話ですよね。
 そこで何とかもっと使えないものか、使いたいものだ、せめて50億とは云わなくともそれに近い数だけ使いこなしたいと考えたのが、『知能あそび』です。
 『知能あそび』とは使わず終いの脳細胞を活性化させようと『あそび』です。

投稿者 femil928 : 19:36 | コメント (0)

2009年01月10日

『知能あそび』 2

 全人間が平等に神様から創ってもらった『140億』の脳細胞を、どれだけ使いこなせるか、によってその人が、頭の良い人、そうでない人、に分けられるのです。
 さて、皆さんはこの140億の脳細胞のうちどれほど使っているとお考えですか。よく人間の脳の働きとか云う解説書に『右脳』『左脳』と云って、頭半分の脳の図が書いてありますね。一般的に人間は左脳で考え意思決定し行動します。運動能力などで多少の右脳が働きますが左脳が全てと云っても過言ではありません。ですから140億の約半分右脳は使われずに宝の持ち腐れになっているのです。そこで皆さんは残りの70億の脳細胞のどれだけを使っているとお考えですか。

投稿者 femil928 : 19:02 | コメント (0)

2009年01月09日

『知能あそび』 1

 『知能あひび』についてお話しましょう。
 昔は、でも現在でも「頭の良し悪しは遺伝だ」と信じている方が沢山いますが、頭の良し悪しは遺伝ではありません
 頭の良し悪しはその子の育つ環境によって大きく左右されるのです。つまり良い環境に育てば頭の良い子に、悪い環境に育つとどんなに立派な頭脳を持った子でも宝の持ち腐れで頭の働かない子に育ってしまうのです。
 人間だれでも、どんな子でも、生まれて来る時には『140億』の脳細胞を持って生まれてくるのです。これこそが神様が分け隔てなく全ての人々に平等に創ってくれた能力の基です。不幸にして生後病気で酸素が充分に脳に送られずに、または高熱などで脳細胞が死んでしまって細胞が働かなくなってしまうことがありますが、それでも細胞の数は『140億』あることには間違いありません。

投稿者 femil928 : 06:44 | コメント (0)

2009年01月08日

子育て論 6

 6年間学校に行ったから小学校卒業、3年間在席したから出席の有無は別として中学校卒業、ハイこれで義務教育は終了、とにかく入学試験に合格したので高校生になって何を勉強したかは分からないけど3年間が過ぎたので高等学校は卒業、9割以上の高校生が上級校に進学しているから、文学部って何だか分からないけど、理学部で何を学ぶか分からないけど入学できそうだからと、取りあえず大学生になって、あれあれ4年間授業料を払ったら大卒の資格を貰ったけど、どこにも就職できないから、就職浪人でもして、いやもう一年留年して・・・気が付いたらフリーターやニートになって・・・・
 これが現実でなければ、こんな我が子には絶対なりませんが、でも・・・今、世の中にこんな若者がたくさんいるとかの報道がされていますが、あれは嘘だよね!!そんないい加減なデタラメを公共の電波を使って報道してはいけませんよね。
 『学力』についての子育て論はこの辺にしましょうね。これ以上続けると私の持論の『教育改革論』になってしまうから。

投稿者 femil928 : 06:43 | コメント (0)

2009年01月07日

子育て論 5

 そうです! テストは先生のためにやるだけで十分です。先生自身が自分の指導力の反省のためにテストをすべきなのです。先生が生徒に指導した内容を生徒がどれ程理解したかを客観的に確認するためにテストを行い、生徒たちが理解できて無いのは、なぜなのか? どうすれば理解してもらえるのか? を研究するためにテストを行うべきです。1,2,3,4,5,やA,B,Cなどの成績は必要ないと考えます。
 成績をつけなければ子どもたちは勉強しなくなっちゃう、と心配するでしょうね。成績は必要ありません!!必要なのは子どもたちが修得したかどうかの確認です。どれ程の漢字を修得したか。どれ程の計算力を修得したか。どれ程の理解力を修得したのかなど等を確認して、一定の学力を完全に、ここで云う学力は正しく『学ぶ力』を身につけた子どもが、小学校や中学校や高等学校や大学を卒業できるような制度にしなければなりません。 

投稿者 femil928 : 08:50 | コメント (0)

2009年01月06日

子育て論 4

 私の持論ですが、テストの結果で、その子、その子らの学力の判断や決め付けに使う事を止めるべきと願っています。テストの結果で子どもたちをランク付けしたりするから、子どもたちは、親さんたちはどうすればよい点・高得点が取れるかと云うその一点に絞って「それ勉強」「やれ勉強」「何がなんでも勉強」とただただ勉強になってしまうのです。
 テストは先生のためのテストにすべきです。

投稿者 femil928 : 07:04 | コメント (0)

2009年01月05日

子育て論 3

 「なかなか家の子も大人な考え方をするようになったなぁ」「おおぅ家の子も難しい漢字が読めるようになったなぁ、使い方も適切だし成長がみえる」「なるほど家の子も強くなったなぁ、他人に対する思いやりや協調性もでてきたなぁ」など等と我が子の成長が感じられる場面がたくさんありませんか。
 漢字が読める。計算ができる。英語や外国語が話せる。何々・・・・・ができる。これこそが教育の成果でありますが、できるだけが成果ではなく生活の中でポロ、ポロと随所にあるいは忘れた頃に表現される教育の成果もたくさんありそれらの全てが学力ではないのでしょうか?
 短絡にできる・できないだけで一把からげて、学力がどうのこうのと論じる事は避けたいですよね。

投稿者 femil928 : 07:19 | コメント (0)

2009年01月04日

子育て論 2

 一般的な学力でも百論あって結論がでませんのに、我が子の学力になると親の欲が親の理想が親の無理が絡んで中々良い策・解決策が出ないものでしょうね。
 そもそも〖学力〗とは何でしょうか?
 ある機関が全世界のある一部の子どもを対象にして行ったある一部分のテストの結果で、韓国の子は何点で、米国の子は何点で、フィンランドの子は・・・・だから、それに比較すると日本全国の子どもは優れているとか劣っているとの結論で、日本全国の学者が一喜一憂してそれに振り回されているのでは、我が子にいたっては、ほんの一学校の一学級の極ごく一部のちっぽけな集団の中で、5,4,3,2,1とかA,B,Cとたった一人の担任とか担当の先生の判断でつけられた成績で、大切なタイセツな我が子の一生を決め付けてはいませんか? これが〖学力〗ですか?

投稿者 femil928 : 07:40 | コメント (0)

2009年01月03日

子育て論 1

 本当の子育て論では、私の専門分野ですので、私の子育て観と現実のギャップを色々な面から考えてみたいと思います。例えば〖学力〗について考えて見ましょう。
 皆様は一般的な学力と我が子の学力について如何お考えですか? 
 マスコミなどでは日本と子どもたちの学力が低下していると報道されますが、これに対しては、やれ詰め込み教育の弊害だ、偏差値教育が子どもたちの学習意欲を失くさせた、三割削減の教育改革の結果だ、ゆとり教育・週5日制による授業時間の減少が招いた現象だ、家庭学習の習慣化がつくられていないからだ、など等といわれます。どれも一理ある考察ですが、単にそれだけでないところに教育問題の難しさがあるのですが、そして、片方を正そうとすれば片方が崩れるという相関関係があるだけに中々解決しないのでしょうね。

投稿者 femil928 : 21:52 | コメント (0)

2009年01月02日

今年のタイトルは

 今年のブログのタイトルは、〖本当の子育て論〗〖知能教育とは〗〖明治がまた一人〗〖人間・その原点〗〖株式会社・福島市〗〖我が愛する息子と娘へ〗などの複数タイトルを気の向くままに書き続けたいと考えています。
 本題の、幼児教育に関する内容に統一すべきとは思うのですが、ある意味ではこのブログを私の「思考のメモ帳」としての役割も持たせたいと思っています。ですのである日は皆様へのメッセージであり、ある日は皆様への考えるヒントであったり、ある日は尊敬する我が父・母への思い出話であったり、ある日は親ばかな人間の恥さらしであったりしますが、暇つぶしのつもりでお読みいただけたら嬉しく思います。

投稿者 femil928 : 06:24 | コメント (0)

2009年01月01日

新年明けましておめでとうございます

 
2009年が明けました。今年はよい年になるように心から願わずにはいられませんね。
 昨年は3月頃から中断してしまいましたが、今年は一年間必ず継続する事を私の義務としました。皆様には、時々で結構ですのでこのブログを覗いて見ていただき、もし私が怠けていたら叱咤激励のメールを送ってくださいね。継続こそ力なりですものね。内容よりも続けることに意義があると思いますので、内容に疑問がありましたらどうぞ優しく厳しくご意見くださいね。一年間のお付き合い宜しくお願い申し上げます。

投稿者 femil928 : 18:30 | コメント (0)

2008年03月07日

『本当の教育』幼児編12

 さて、皆様のお考えは如何ですか? お子さんはまだ一才ちょっとですね。お話しをしてやることもあるいは選択肢の一つですが、まだまだ因果関係は理解できないのではないでしょうか? ここで一番大切なことは、どんな理由にしても他人をポコンと叩く事は許されません。直ぐ近くに我が子が居るなら、叩いた手を持って「人を叩いてはいけません」としっかり叱って下さい。叩いてはいけませんと叱りながら親が叩くとは・・・・と疑問に思うでしょうが、『ダメはダメ』を『しつけ』ている段階です。お子さんが三、四才になり自我が目覚めてから叩いたのでは、「なんで叩いちゃダメと云いながらお母さんはオレを叩くんだ」と考えますが、まだ自我が目覚めていない一才そこそこのお子さんはそんな屁理屈よりも『ダメをしちゃダメなんだ』と素直に親さんの『しつけ』を受け止めます。ですから、ポコンとしたその時がチャンスですから直ぐに叱って下さい。もし、近くに居なければ仕方がありませんが、ですから、よその親さんとの世間話などに夢中になって我が子の遊びを見ていないことの無いように出来るだけ我が子の近くで見守りたいものですね。ダメな事をしたら間髪居れずに『ダメはダメ』としっかり体で学ばせて欲しいのです。間違っても後で、遊びが過ぎてお家に帰ってから「さっきは誰々ちゃんを叩いてダメよ」等と云って、忘れた頃に叩いたりしないで下さいね。まず第一にとるべき対処は『ダメはダメ』と手を叩いてしっかり叱る事です。さて、次はどうでしょうか・・・・?

投稿者 femil928 : 19:47 | コメント (0)

2008年03月05日

『本当の教育』幼児編11

 乳児の遊びは静的な一人遊びでしたが、幼児期になると歩けるようになり動的で二、三人からなる友だちとの遊びになってきますね。見た目では二、三人の集団的に見えますが、良く見ると、例えば砂場で遊んでいる場合も二、三人が共同作業をしているのではなく、一人ひとりが一人ひとりの世界の中で自分の考えで遊んでいるのです。ですから自分の砂山を盛り上げるために他人の砂山を削り壊そうがお構いなしです。実に平和な世界です。しかし、やがてそんな経験を繰り返しているうちに、「せっかくおれがつくったすなやまなのにこわすな!」と他人のした事に不平を感じるようになると、もってる熊手で相手を『ぽこん』と叩いてしまいます。さあ~いよいよ貴方のお子さんも大切な学習のスタートを切るのです。子ども社会への第一歩を踏み出すのですね。慎重に真剣に対処してくださいね。ここで対処を間違えると後々の子育てで難しい問題に遭遇します。ところで皆さんはもし我が子が上記の子でしたらどのように対処しますか?ちょっと考えてみてください。シュミレーションして見てください。 

投稿者 femil928 : 13:05 | コメント (0)

2008年03月04日

『本当の教育』幼児編10

 年度末は忙しいですね。私のエミール幼児園もご多分に漏れず年度末に入り、水泳運動会、2泊3日のスキー合宿、ひな祭り、そして年度末の一年間の写真整理と注文の受付など等で、そこに私的な用事も入り大変ご無沙汰してしまいました。続きを書こうと思いつつも、今になってしまいました。今月弥生は一年の締めくくりの大行事卒園式と終了式もありますので、この後も飛び飛びの更新になるかと思いますが極力時間を見つけて書いて行きますので期待せづに、気が向いたら読んでくださいね。
 幼児期、特に『自我が目覚める前の』時期の一番大切な教育は『しつけ』である事を書いてきましたね。そして、『しつけ』とは『ダメはダメ』を体で痛みを伴ってしっかり学ばせる、教え込むと云う事を書いてきました。そこで是非会津藩には『什の掟』があるように、皆様のご家庭にもその様な『掟』を決めて『ならぬものはなりませぬ』と云う『厳しい家訓』を決めてくださいとも書きました。是非是非ご家族そろった夕時の団欒時に、しっかり決めてくださいね。我が子の幸せを、健全な成長を決定付ける、本当に大切な事ですから。そして、その『厳しい家訓』が決まったら家族全員が共通の舞台に立って一つの例外もなく厳しく体で教えてください。痛さで学ばせてください。『ダメはダメ』『ならぬものはなりません』が出来た子どもに育てればきっと貴方の子育ては楽しいものになります。

投稿者 femil928 : 15:14 | コメント (0)

2008年02月21日

『本当の教育』番外

 昨日は会議やら面接やら来訪者でブログの更新が出来ませんでした。御免なさい。そして、今日はこのブログを私のメモ帳代わりに使わせてください。みなさんも良かったらこのメモを覚えて置いてください。
 先日の民友新聞に『什の掟』(じゅうのおきて)の事が掲載されていました。みなさまもお読みになりましたか。『什の掟』と書かれていても、好奇心旺盛な、いや無学な私には何の事か分からず直ぐに民友新聞社に電話を入れてお聞きしました。親切ですね。5分もせずに新聞社から返答を頂きました。その内容を忘れないようにこのブログに書き留めておきたいと思います。
 『什』とは会津藩における藩士の子弟を教育する組織で、町内の区域を『辺』と云う単位に分け、その『辺』を細分化して『什』と云う藩士の子弟のグループに分けたそうで、その什では什長と云うリーダーが選ばれ、什長は毎日、什の構成員の家の座敷を輪番で借りて、什の構成員を集めて『什の掟』を訓示したとの事です。その『什の掟』とは七ヶ条から成っていて
   一、年長者の云うことに背いてはならぬ。
   二、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ。
   三、嘘言を云うことはなりませぬ。
   四、卑怯な振舞をしてはなりませぬ。
   五、弱い者をいじめてはなりませぬ。
   六、戸外で物を食べてなりませぬ。
   七、戸外で婦人と言葉を交わしてはなりませぬ。
       『ならぬことはならぬものです』
 と云う事です。ちょうど『しつけ』について書いていたときでしたのでメモりました。現代社会もこんな『什の掟』のようなものがあり、『什』のような組織があったら日本の社会はもっともっと素晴らしい社会が・・・。みなさん『しつけ』をしっかり『仕付け』ておきたいですね。

投稿者 femil928 : 11:20 | コメント (0)

『本当の教育』番外

 昨日は会議やら面接やら来訪者でブログの更新が出来ませんでした。御免なさい。そして、今日はこのブログを私のメモ帳代わりに使わせてください。みなさんも良かったらこのメモを覚えて置いてください。
 先日の民友新聞に『什の掟』(じゅうのおきて)の事が掲載されていました。みなさまもお読みになりましたか。『什の掟』と書かれていても、好奇心旺盛な、いや無学な私には何の事か分からず直ぐに民友新聞社に電話を入れてお聞きしました。親切ですね。5分もせずに新聞社から返答を頂きました。その内容を忘れないようにこのブログに書き留めておきたいと思います。
 『什』とは会津藩における藩士の子弟を教育する組織で、町内の区域を『辺』と云う単位に分け、その『辺』を細分化して『什』と云う藩士の子弟のグループに分けたそうで、その什では什長と云うリーダーが選ばれ、什長は毎日、什の構成員の家の座敷を輪番で借りて、什の構成員を集めて『銃の掟』を訓示したとの事です。その『宗の掟』とは七ヶ条から成っていて
   一、年長者の云うことに背いてはならぬ。
   二、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ。
   三、嘘言を云うことはなりませぬ。
   四、卑怯な振舞をしてはなりませぬ。
   五、弱い者をいじめてはなりませぬ。
   六、戸外で物を食べてなりませぬ。
   七、戸外で婦人と言葉を交わしてはなりませぬ。
       『ならぬことはならぬものです』
 と云う事です。ちょうど『しつけ』について書いていたときでしたのでメモりました。現代社会もこんな『什の掟』のようなものがあり、『什』のような組織があったら日本の社会はもっともっと素晴らしい社会が・・・。みなさん『しつけ』をしっかり『仕付け』ておきたいですね。

投稿者 femil928 : 11:20 | コメント (0)

2008年02月19日

『本当の教育』幼児編9

 さて、『しつけ』とは『仕付け』であって、こちらの『躾け』はその後の礼儀作法や身だしなみを指す事がご理解頂けたかと思います。そこで今まで皆さんが『躾け』も含めて考えていた「しつけ」とどう符号させるかと云うことについてちょっと書いてみましょうね。たとえば「挨拶」です。人と人が会えば『挨拶』した方が気持ちが良いですよね。中には挨拶されると不愉快になると云う人も居ます。居るんですよ。私は子どもが好きだから、朝夕の通退勤時間にすれ違う学生さんに「おはよう」「いってらっしゃい」「おかえり」「きおつけてね」等などと声かけますが、ほとんどの学生さんは気持ちよく返事してくれますが、中にはギョロと睨まれてしまいます。時勢が時勢だからですかね。まあいいか。『しつけ』がされていれば良い事は進んでやろうとします。それが大切であって、それで良いのです。頭を下げて、挨拶するときは立ち止まって、目上の人には、友だちとは、朝は昼は夜は等などは『躾け』です、つまり『作法』です。良い事をより美しくしようとする作法ですから、見た本人が、体験した本人がいいなと感じたら真似るなり実施すれば良い事です。『しつけ』『仕付け』では人と人との出会いには『挨拶しよう』と云う事が、つまり『良い事』ができていれば『仕付け』が良いのです。

投稿者 femil928 : 07:05 | コメント (0)

2008年02月18日

『本当の教育』幼児編8

 『しつけ』について書いてきましたが、『しつけ』は『善悪の判断力』を育てると書きながら、ここまで『ダメはダメ』に付いてばかりでしたね。『しつけ』における善と悪の比率は善が三割、悪が七割であり、悪のしつけ『ダメはダメ』がシッカリ『仕付け』られれば、後の三割、善は完成したと同じですし、一般的に云いますと、善の三割はほとんどのご家庭でむしろ十割に近いほど実施されていますが、七割の悪『ダメはダメ』の仕付けはゼロに近いほど行われていないのが現状ではないかなと思い書き続けてきました。二三日前の報道で、小学校における道徳教育の改定が答申されたとの事で、その内容に、小学一二年生は『挨拶と善悪』に重点を置いて指導すべきとの事でした。『挨拶』は道徳ではありません。ましてや『善悪』も道徳ではありません。「挨拶」は『礼儀作法』であり、「善悪」は『しつけ』であって学校で、しかも小学一二年生でやることではなく、もっともっと小さいうちにご家庭でやらなければならないことです。それが行われていないから遅まきながら学校で指導すると云う事です。口幅ったいことを云いましたが、皆様はどうお考えですか。子育てはご家庭で保育所で幼児園で学校で社会でそれぞれが分担してやらなければなりません。話しを元に戻しますが三割の善の指導方法は簡単です。良い事、正しい事をしたら満面の笑みを持って、心から言葉にして温かい胸で歓びを感激をしっかり抱きしめて褒めてやってください。唯一つやってはいけないことがありますね。もう皆さんも察していると思いますが、杞憂ですが、そうです、物などの代償は絶対ダメですよね。褒め上手になりましょう。 

投稿者 femil928 : 07:07 | コメント (0)

2008年02月17日

『本当の教育』幼児編7

 『しつけ』で次に大切なことは、しつけには代償は要らないと云う事です。こんな事に身覚えありませんか。子どもに『ダメ』を告げてその『ダメ』をしっかり守った子どもに「おりこうさんね、ご褒美に何々買ってあげるね」と云ったように、子どもの頑張りが嬉しくてついつい何かの代償を考えてしまう事がありますよね。ここで忘れないでください。『しつけ』とは『ダメはダメ』と理屈抜きで痛さを伴って体で覚え込ませることです。ダメなことをダメと守ったのに、それに代償が与えられれば、子どもはダメを理屈抜きに体で覚えずに、ダメを守ればご褒美が貰えると覚えてしまいます。つまりご褒美目当ての心の貧弱な子どもに育ってしまいます。どうしても健気な可愛い我が子の頑張りを褒めて上げたいのなら、『ダメといったことをシッカリ出来たね』とダメの意味を再確認しながら、心を込めて温かく思いっきり抱きしめてやってください。それで十分です。それが本当のご褒美です。物を買ったり、物を与えたりして嬉しさを伝えることは絶対にしないでください。子どもを物で喜ばすことは100害あって1利なしです。

投稿者 femil928 : 14:17 | コメント (0)

2008年02月16日

『本当の教育』幼児編6

 御免なさい、昨日は何かと忙しくて書けませんでした。さて『しつけ』で大切なポイント第3点は、『ダメ』は誰でも何時でも何処でも『ダメ』です。人によって許されたり、あるときはダメであるときは見逃されたり、家ではダメだけど出先では許されたりではいけませんよと云う事です。良く見かけますが、お父さんがダメとしつけている時に、わきからお母さんが「こんな小さい子に可愛そうでしょう」となだめていたり、いつもはダメだけど今日はお母さんのハッピーな日だから特別許すとか、お客さんの前ではお父さんが恥ずかしいから見逃してやる、後で家に帰ってからシッカリ叱ってやるからと云った光景を見かれますね。皆さんにも身覚えがありませんか。『ダメ』は『ダメ』を『しつけ』るのですから一貫性を持ってシッカリ『しつけ』ないと、お子さんは人を見たり、隠れて悪いことをしたり、タイミングを見計らって自分の我がままをごり押しする子になってしまいます。昔の家庭には『家訓』と云うものがあって、家族全員が心を一つにして暮らしていましたが、現代の家庭には無くなってしまってるでしょうね。一度家族で話し合って『我が家の家訓』を制定してみませんか。家訓の内容はそれぞれの家庭で独自性を持って結構じゃないですか。各家庭での『ダメ』は違っていても、『しつけ』は『ダメはダメ』を体に『しつけ』る事ですので、『ダメ』に一貫性があれば良い事です。

投稿者 femil928 : 10:02 | コメント (0)

2008年02月14日

『本当の教育』幼児編5

 『しつけ』で大切なポイント第2点は『時期』です。『しつけ』は生後半年から二歳頃まで、個人差がありますが、正確に云えば『自我が目覚める前』にしつけなければなりません。何故なら、体で教える訳ですから、理屈抜きで悪いことをしたら痛い目に遭うと云う事をおしえるのですから、自我が目覚めたら、叩かれることで反抗心が目覚めてしまいます、自我が確立すれば悪いことをして叩かれれば、悪い事への反省よりも、叩いた人への恨みの気持ちが募ります。良く見かけることですが、赤ちゃんや幼い子どもが悪いことをしても、まだ小さいからと見逃したり、時にはそれが赤ちゃんや幼子の愛らしさと認めてしまったりする光景がありますが、そして、三つ四つ位になってから、同じような悪さをすると叱られたり叩かれたりしますから、子ども心に、昔は許されたのに何で今は叩かれたり叱られたりするんだ、と頭の整理がつかなくなります。そのうち叩かれないように、見つからないように隠れてやれば・・・・等と考える子に育ってしまったら・・・・それこそ問題児になってしまいますよね。『しつけ』での第2ポイントは『自我が目覚める前にしつける』と云うことです。あすは第3ポイントです。

投稿者 femil928 : 11:30 | コメント (0)

2008年02月13日

『本当の教育』幼児編4

 昨日、『しつけ』とは『善悪の判断力を身につけさせる』事と書きましたね。特に云えば『ダメはダメ』と云う事を体で学ばせることなのです。ダメな事をしたら手とかお尻をしっかり叩いて、ダメなことをしたら痛い目に遭うと云う事を痛さで知ってもらう事なのです。ここで第1の注意点ですが、叩く時は『手かお尻』ですよ。絶対にその外の部位は叩いてはいけません。特に頭や胸や背中やお腹などは絶対にダメですよ。そんな所を叩いたら幼児虐待になってしまいますからね。手とお尻なら少々きつく叩いても、子どもには痛さがありますが、障害になることはありません。ダメなことをしたらしっかり手とかお尻を叩いてください。子どもはダメなことをすれば痛くされる、だからダメなことはしないと体で学びます。ダメなことをしたから手とかお尻を叩かれたとの因果関係を子どもが素直に理解できる、あるいは理解させるためには、理屈抜きでしなければなりません。理屈抜きで理解させるために『しつけ』るのです。体が条件反射的にダメと云われたことは絶対にしない子にしつけるのが『しつけ』です。ちょっぴり理屈っぽくなり、理解に苦しむかも知れませんが、私の文章能力の貧弱さに免じてなんとかご理解ください。まとめますと『しつけ』とはダメなことをしたら手とかお尻を叩かれて痛い思いをするから、ダメと云われたことは条件反射的に絶対やらないと云うことを体にしつけることなのです。叩くときに注意する事の第1点は手とお尻でしたが、注意点には第2、第3とあります。明日にします。

投稿者 femil928 : 12:48 | コメント (0)

2008年02月12日

『本当の教育』幼児編3

 みなさん、『しつけ』についてお考えいただけましたか。本当に難しいと思われたことでしょうね。そして、今まで『しつけ』と考えていたことが、実は礼儀作法であったり、道徳心であったり、約束事であったり、あるときは親さんの好みであったりと云う事で、それでは『しつけ』とは何ぞやと考え見直す期間になったでしょうね。結論から云います。『しつけ』とは『善悪の判断力を体にしみ込ませる』事です。つまり、『悪いことをしてはいけません』と云う事を体で学ばせる事です。そして、『良いことをしたら褒められる』と云う事を体で感じ取り受け止められる素直な子どもに育てる事です。具体的に云いますと、悪いことをすればビシッと叩かれて体で痛みを学ばせます、良いことをしたら満面の笑顔であたたかく抱きしめて褒めてやって体で安らぎの歓びを学ばせることです。『善と悪』それだけを『歓びと痛さ』で学ばせる事です。簡単ですよね。でもでもそう簡単ではないところに『しつけ』の大切さがあるのです。それらについて明日以降書いてみましょう。

投稿者 femil928 : 20:16 | コメント (0)

2008年02月08日

『本当の教育』幼児編2

 そて、どうですか『しつけ』とはどのように思われましたか。『しつけ』とはなんですか? とお聞きしましたら、突き詰めて考えてみると難しいですね、分かっているようで具体的に何だと云われると考えてしまいますね、『しつけ』とは漢字で『躾け』と書くから身だしなみを美しくするだから、つまり行儀よくする事かな、又、『仕付け』とも書くから、良くやり慣れていること、つまり日常の習慣をキチットやることかな、とか、『仕付け』は仮縫いの事を云うから、仮縫いを子どもの『しつけ』に例えると何なのかな、と益々分からなくなったり、家の娘に聞いたら『しつけ』と聞くと何だか「おしつけ」を連想して、何かを強制されることのように感じる、つまり大人や親の云う事を強制的に守らせることかな、と色々な考えが聞かれました。私たちは本当に安易に「しつけがなってないから・・・・」「しっかりしつけないと・・・・」「先生家の子のしつけを宜しくお願いします」「まったくあの子はしつけがされていないのよね」など等と云っていますが、何をさして云っているかもう少し考えてみませんか。明日から三連休になりますね、私も家族サービスで留守にしますので、ブログも三日間お休みさせていただきます。皆さんも家族サービスをしながら『しつけ』について考えてみてください。良かったらメールでご意見など頂けたらうれしいですね。メールお待ちしています。

投稿者 femil928 : 11:31 | コメント (0)

2008年02月07日

『本当の教育』幼児編1

 そろそろ乳幼児から幼児に成長しましょうね。乳児として書き忘れとか、問い合わせがあればその都度バックしますが、取りあえず今日から幼児編として進めたいと考えています。さて、昨日の好き嫌いにも関係しますが、『しつけ』について書きたいと思います。
 皆さんは『しつけ』をどのように考えていますか。『しつけ』とはなんでしょうか? どうすることがしつけなのでしょうか。最近の若者はしつけがされていないから・・・・とかと云われていますね。本当でしょうか。挨拶がキチットできないからしつけで解決されるのでしょうか。お行儀良くすることがしつけと云う方もいらっしゃいますがお行儀を指導することがしつけでしょうか。みなさん今日一日『しつけ』とは何をさすのかちょっと考えてみてください。うーん、しつけ? えーと、しつけ? しつけ・しつけ・・・・大切なことだけどいったい『しつけ』っ何だ????

投稿者 femil928 : 12:52 | コメント (0)

2008年02月06日

『本当の教育』乳幼児編32

 そこで、是非貴方のお子さんには何でも好きな、好き嫌いのないお子さんに育ててあげたいものですね。その一番の近道は、正道は、貴方も好き嫌いを無くす事です。でも貴方の年まで二十何年、三十何年もやってきた好き嫌いを今更我が子の為に改善するのは大変難しいことですよね。ですから、今更貴方は無理しなくてもいいですから、せめて可愛い我が子の食卓には何でも出してやってください。料理の上で貴方の嫌いなものが混ざっても、「私はこれが嫌いなのよね」などと云わずに、お子さんが見えない、食卓に上がる前に、貴方の分だけその嫌いな物を除いて食卓に上げてください。そして貴方の嫌いな物を除いたその料理をお子さんの前で楽しく美味しく食べてください。貴方が楽しく美味しく食べるその姿がお子さんの食欲をそそるのです。よく、お子さんに食べさせたいと「これ食べなさい」「これだけは食べなさい」と無理強いしているのを見かけますが、もし本当に我が子に食べさせたいのなら、まず貴方がそれを美味しく、楽しく食べて見せることです。お母さんが、お父さんが「美味しい」「美味い」と美味そうに食べればお子さんも美味いものだと思い込んでモリモリ食べますよ。食べる子は育つ、食べる子は健康、健康な子は頭の良い子!!!

投稿者 femil928 : 11:46 | コメント (0)

2008年02月05日

『本当の教育』乳幼児編31

 食事では、皆さんのお子さんは好き嫌いが出ましたか。好き嫌いは元来持って生まれたものではありません。好き嫌いはお子さんの環境がもたらしている事が多いのです。そもそも、お母さんに好き嫌いがあれば、自然とお子さんへの食事の環境は偏ってしまいますよね。「うちの子は私に似て何々が嫌いなの」とあたかも遺伝のように云いますが、一概に遺伝とは云いきれません。好き嫌いが親さんに似ているのは親さんがそうさせているのです。食環境は作るお母さんに大きく左右されます。根本的に云いますと、先日も話しましたように、『食事』は楽しく美味しく食べることが基本ですから、何でもかんでも好き嫌いを云わずに何でも食べなければならないと云う事はありません。バナナにはバナナの、ピーマンにはピーマンの、人参には人参の『食物』としての価値がありますが、それで無いとその栄養素は補填されない訳ではありません。他の代替品でも良いのですから。美味しく楽しく食べられればそれが一番なのです。でも、でもですよ。私はお酒が一滴も飲めません。お酒が飲めなくても今まで一応人並みには生きています。しかし、皆さんが風呂上りに一杯のビールを美味そうに喉を鳴らして飲むあの至福のひと時を経験できないと云うことは、私は不幸だと思います。バナナだって、ピーマンだって、人参だって美味しい食べ物ですよね。

投稿者 femil928 : 12:11 | コメント (0)

2008年02月04日

『本当の教育』乳幼児編30

 食事の時はお話を楽しみながらしっかり・ゆっくり『咀嚼』してください、と書きましたね。すると、食事の時は、お話せずに背筋を正して行儀良く食べるべきでは、とのご意見がありました。そうですね。確かに行儀・マナーを考えると、お話しながらの食事方法は疑問視されますよね。食事をどのように考えるかで、意見が分かれると思います。私は確かに行儀やマナーも大切なこととは考えますが、この時期のお子さん方の食事は『成長のために』欠かせない活動の一つと考えたいのです。何時までも食事は生きるための活動として行われるのでしょうが、特に成長期の子どもたちには大切な活動であり、行儀やマナー以前に何でもかんでも美味しく楽しく食べることを体で知って欲しいと思います。途中で食べるのを止めて遊び歩いたり、他人に対して不快感を感じさせる無礼は許されませんが、多少背筋が曲がっていて行儀が悪くても、楽しくお話をしながら食べることは許してやりたいと思います。テレビを見ながら食事をさせることは行儀以前の問題です。テレビを見せるぐらいなら、テレビのスイッチを切って家族全員で楽しいお話をしてはいかがですか。きっと我が子の心の中が見えてきますよ。

投稿者 femil928 : 07:00 | コメント (0)

2008年02月03日

『本当の教育』乳幼児編29

 しっかり・ゆっくり『咀嚼』して食事をすることで良い事がもう一つあります。しっかり・ゆっくり少なくとも20回から30回、出来れば50回から100回ぐらい噛むと良いのですが、しっかり・ゆっくり噛むことで食べる量が少なくても満腹感が早く来ます。噛んでいるうちに味覚が脳に伝わり、美味さが脳に満腹感を感じさせて、食を求める指令が途絶えて満腹感になるのです。その結果は押して知るべしで、肥満防止になるのです。肥満の子は個人差はありますが、大抵の人は飽食にあります。胃腸が健康すぎて食が細い人でも、食べたものを全部そつなく吸収してしまうために太ってしまう方もいますが、これは健全な太り方です。しかし、見ていると、私もそうですが、食いしん坊であったり、間食が多かったりが原因の肥満が多いと思います。こういう方はメタボになったり糖尿病の予備軍になったり健康上100害あって1利なしです。ハンバーガーの食べすぎか我が子の肥満の原因だ、故にハンバーガーを提供したハンバーガー店が悪いから損害賠償しろ、とハンバーガー店を訴えたアメリカのお母さんがいたと報道されていましたが、そんな、何事も他人のせいにする親さんにはならないでください。我が子を守るのはお父さん・お母さん貴方です。『食育』をしっかり心に留めて立派な健康な我が子を育ててください。

投稿者 femil928 : 07:39 | コメント (0)

2008年02月02日

『本当の教育』乳幼児編28

 お子さんもこの頃になると私たち大人と同じ物を食べるようになりますね。そこで是非食育として考えて頂きたいのは『咀嚼』そしゃくつまり噛み砕く事です。貴女のお子さんは食べ物を口に含んでから飲み込むまでに何回噛みますか。先日あるラーメン屋さんに行きました。待っている間、暇でしたのでお客の皆さんが何回噛むのか数えてみました。多い人で10回、ほとんどの人が5~6回、なんと1回から0回とまるで流し込む人もいました。現代社会ファーストフードや冷凍食品や食べやすく加工された食品が多く、噛み砕かないとならないような硬いものは少なくなってしまっているのも環境ですが、『咀嚼』は歯の健全な育成にも大切な活動ですが、噛むことでこめかみの活動が脳への血液の循環を促し健全な脳の活動にも良いことです。また、しっかり(少なくとも約20回から30回)噛むことで胃腸への負担も適切なものとなり、栄養の吸収が良くなり発育にも良いのです。是非ゆっくり・しっかり噛んで楽しい食事時間をお子さんと共有してください。食事は生きるための大切な活動です。その活動を楽しいひと時にしてあげることが大切な気配りですね。ゆっくり・しっかりお話を楽しみながら食事をさせてください。 

投稿者 femil928 : 10:09 | コメント (0)

2008年02月01日

『本当の教育』乳幼児編27

 さて、皆さんは玩具をお子さんに買い与えたり、頂いたときに、その玩具の包装や入れられていた箱などはどのようにしていますか。きっと直ぐに開けて、包装紙も箱も捨てていませんか。もったいないですね、捨てないでください、利用してください。その玩具で遊び終わったら、玩具箱に投げ入れて片付けるのではなく、ひとつ一つを買ってきた包装紙に、頂いた箱にきちんと元通りに仕舞ってください。出すときは無造作に取り出してしまいますが、元に戻そうとすると「あれ、こっちだったかな?」「こっちがうえだったかな?」「こうしてああして、あれこれはどこんな?」などと、いざやってみると結構難しいものです。その玩具で遊ぶ以上に子どもの脳に刺激を与えてくれるものもありますよ。そして、その包装紙を見ながら、その箱に入れながら「これは何時何時買ったんだよね」「これは誕生日のお祝いにおばあちゃんからもらったんだよね」などと思い出したり、言葉に出すことで感謝の気持ちを思い出したり、そして、玩具の片付ける場所も綺麗にカラフルに整えられます。捨ててしまったらそれまでです。資源の無駄遣い、物を使い捨てることへの無関心さを育ててしまい、燃やしてしまえば地球温暖化の加速と弊害ばかりです。

投稿者 femil928 : 11:02 | コメント (0)

2008年01月31日

『本当の教育』乳幼児編26

 『玩具』もこの頃になると好き嫌いが、性差が出てきますね。玩具の与え方で好き嫌いが出来たりしますし、男の子だから、女の子だからと云って与え方に偏りが出来てしまったりします。子どもは環境で変えられる実証です。ですので、玩具の与え方をしっかり考えてください。私はできる事ならこの時期にはいろんな玩具を与えて欲しいと思います。男の子だから、女の子だから、これは頭に良いから、お勉強にもなるから等と含みを持たずにいろんなものを与えて、子ども自身に自分の好きなものは何かを決めさせてやりたいと思います。多くの種類の中から自分の大好きな分野の玩具を見つけ出すまではじっくりと見守ってやりたいですね。そして、これ!!と云うお子さんが自分の好きなものが決まったら、それ以外のものは仕舞ってしまい、これから買い与える玩具もこの種のものに徹底させてください。「これはあるじゃない」「このまえかったじゃない」「たまにはこんなのもいいとおもうよ」等などと云わずに心行くまでその手の玩具で遊ばせて欲しいと思います。集中力・判断力・探究心等の力が育ちます。

投稿者 femil928 : 06:34 | コメント (0)

2008年01月30日

『本当の教育』乳幼児編25

 そろそろ公園デビューの頃かな。この頃には積極的に子ども社会へ遊びに連れ出してください。一人で遊んでいた時とは違って、ままならない遊びへ入っていきます。自分勝手に好き放題に遊んでいた時とはすっかり環境が変わるわけですからトラブルがあって当然です。さあいよいよ自分の社会における位置を学習する一歩目です。持たせる玩具もなるべく他人へ危害を与えないような柔らかいプラスチックのような丸みがかったものにしてください。お子さんの力はそれなりですので友だち(まだこの時期は遊び場に居合わせる人程度ですが)が自分の遊びに不適合であれは叩いてしまったり押したりしますので怪我を最小限にする意味でも考えて与えてください。鉄等で出来ている玩具は丈夫に出来ているだけ考え物ですね。喧嘩しても大きな怪我にならない程度に環境を整えて、思いっきり自分の意見を考えを戦わさせてください。仲間のお母さんとの話に夢中になって大怪我にならないようにそっと激励の気持ちで子どもたちの喧嘩を見守ってくださいね。『喧嘩』は自分の意見を考え方を試して見る絶好の機会です。子ども同士は喧嘩で溝を深めません。直ぐに仲直りします。仲間になります。親さんが間に入って仲裁に入ったり、叱ったりするから友だち関係が歪んでしまうのです。そっとソット見守りましょう。大切な勉強の最中です。

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2008年01月29日

『本当の教育』乳幼児編24

 オムツはもう取れましたか?そろそろオムツともバイバイしたいですね。でもでもまだの人も焦ることはないですよ。いずれ早かれ遅かれの事ですから。ただ、そろそろ考えることですね。オムツを無理矢理外そうとしたり、あるいは強要して子どもに無理強いしてはいけません。まず一番大切なことは子ども自身が汚れに対する不快感を感じさせるような働きかけが必要です。汚れたオムツを交換してやる時に一声掛けてください。「ごめんごめん汚れてしまったのねお母さんが気が付かなくてごめんね」等とは絶対に云わないでくださいよ。赤ちゃんのときはこれもありでしたが、そろそろこの時期には子ども自身の自覚を促すための言葉掛けが必要です。「あらあらやっちゃったの、気持ち悪いでしょう、出る前にお母さんに教えてね」ぐらいの責任を持たせてもいいでしょう。それとお母さんとしても時間を見てそろそろかなという時に「おしっこ出る?」「うんちはトイレでしようね」と声かれてください。そして、教えてくれた時、間に合ってトイレで出来た時には一生懸命褒めてやって下さい。お子さんと一緒に出来たことを心から喜んでやってください。大きな励みになりますよ。自覚して自分をコントロールする能力は大切な教育の目的です。

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2008年01月28日

『本当の教育』乳幼児編23

 規則正しい生活リズムを習慣付けるには、まずお父さんお母さんの積極的な協力、努力が必要です。お父さんお母さんも生活パタンを朝型に変えてみませんか。朝型に切り替えると、まず我が子が健康で頭の良い子に育ちます。そして、お父さんお母さんも健康になります。また、夜は早く寝ますので、照明やTVのスイッチも切りますし、暖冷房の光熱費も節約できます。これは経済的節約にもなりますが、子どもたちの未来に対しても地球温暖化防止策として一役協力できます。また、朝の出勤時間にもゆとりが出来、仕事も爽やかに出来ますので出世レースにもメリットがありますよね。どうですか良いこと尽くめじゃありませんか。こうして、家族全員が朝、太陽と一緒に起床することからスタートすれば、そして、朝みんなでラジオ体操でもやれば、朝食は美味しく食べられますし、お子さんもお昼寝も出来るほど活発に運動して、夜は、きっとお父さんもお母さんもTVなんか見る時間も惜しいほど疲れて全員でぐっすり休養出来る事請け合いですよ。子どもたちの未来のためにも、省エネ・温暖化防止のためにも、何よりも私たちが健康に生活できるためにも『朝型生活』に切り替えましょう。

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2008年01月27日

『本当の教育』乳幼児編22

 うちの子は朝起きれないのです。うちの子は夜寝ないのです。うちの子はお昼寝をしません。うちの子は食が細くて。いろいろとお悩みですね。これらのお悩みは失礼ですが、貴女のお子さんの責任ではありません。うちの子は・・・・と云いますが、それは、規則正しい生活リズムが出来ていないだけのことです。朝起きれないのは夜の就寝時間が遅いのではないですか?夜寝ないのは日中の運動が足りないからです。あるいはお父さんお母さんの生活リズムが夜型になっているからではないのですか?お昼寝をしないのは日中の運動不足です。もっともっと積極的に体を動かして遊ばせてください。食が細いのも運動不足が一因です。動けばお腹が空きます。疲れもします。寝る子は育つ。食べる子は育つ。と云いますが、寝るのも食べるのも遊ぶからです。思いっきり遊ばせてください。幼児期は体でいっぱい遊んで学ぶのです。絵本からも学びます。指導すれば学びます。しかし、この時期は心行くまで遊ばせてください。一人でも十分に遊べます。気が付いたら遊びつかれて眠っている我が子の満足そうな寝顔を是非見たいものですね。

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2008年01月26日

『本当の教育』乳幼児編21

 健康な子の育成こそが『本当の教育』の第一目標です。健康な子だからこそ頭の良い子に成長するのです。そこで健康な子の育成の第一番目のスタートは『規則正しい生活リズム』での日常生活です。規則正しい生活リズムで生活すれば健康なお子さんに育ちます。健康なお子さんであれば頭の良い子に育ちます。簡単でしょう。規則正しい生活をすれば健康になって頭の良い子に育つのですから、是非是非規則正しい生活をしてください。規則正しい生活リズムの基礎は太陽の動きに従うことです。太陽が東の空に顔を出したら起きましょう。起きたら朝の運動、お散歩でもラジオ体操でも良いですからやって、朝食を食べます。その後はお天気がよければ積極的に戸外で体を動かす活動をさせて、お昼ご飯を食べ、その後には1^2時間のお昼ねをさせて、又、いっぱい遊ばせておやつを食べ、お日様が沈んだら夕飯を食べて、お風呂に入ってお休みなさい。これが幼児期の規則正しい生活リズムです。食べて遊び、疲れたら寝る。幼児期の子どもたちは食べているか、遊んでいるか、寝ているかです。これをだらだらとさせていてはいけません。この三つの活動を規則正しくさせることが『規則正しい生活リズム』です。太陽と仲良く規則正しく生活させてください。 

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2008年01月25日

『本当の教育』乳幼児編20

 先日のワールドニュースで、市販の風邪薬を乳幼児に飲ませることは大変危険だとの報道がありました。その報道によると、市販の風邪薬を飲んだ乳幼児の何人かがひどい引付を起こし、二・三人が亡くなったとの内容でした。詳しく覚えていなくてすみませんが、とにかく、赤ちゃんの異状には適切な医師の診断に頼るべきです。が、私は、それ以前に、出来るだけ健康な・健全な子どもたちに育てる努力をお母さん方にお願いしたいのです。大変荒い話ですが、本来人間も動物の仲間であり、生命力は逞しく、自然に対応する能力もあり、自然治癒能力もあり、育て方によっては多くの病原菌から自分を守る能力も持っているのです。そんな逞しい・素晴らしい生命力を持ち合わせた赤ちゃんを弱くしているのは私たち人間社会が作り上げた環境です。可愛い我が子を大切に大切に『育む』その気持ちが、ついつい過保護になってしまっているのです。誰を攻めることも出来ません。親であれば我が子を大切に大切に育むのは当然ですから。でも、デモ、でももう少し、いや本当の愛情から『子育て』を考えてみませんか。我が子の本当の幸せは、ひ弱な子よりは逞しい子の方が幸せではないでしょうか。病院通いの子よりは元気に外で跳ね回る子の方が幸せではないでしょうか。健康な逞しい子に育てることこそ本当の教育ですよね。

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2008年01月24日

『本当の教育』乳幼児編19

 赤ちゃんの発達が正常かどうか、これはお母さんの最大の心配事ですよね。定期健診に行ったり、隣の赤ちゃんと比較したりして、なんか私の赤ちゃんは・・・・と心配になってしまいがちですが、基本的に機能障害、身体的障害があるのならこれは適切な機関へ行って治療なりしていただくのは当然のことですが、往々にしてお母さん方の心配で多く見られるもので、他所のお子さんと比べてみてうちの子は・・・・と云った心配事、つまり比較で、遅れているのでは、発達がおかしいのではと云う心配事で、お母さんのお気持ちは良くわかりますが、どうか心配しないで欲しいものです。なぜならこの時期の赤ちゃんの生育暦は一ヶ月の差は大変な違いです。ましてや三ヶ月・半年も違えば同じ一歳児でも比較の対象外です。そもそもこの時期は絶対に他との比較はしないで欲しいものです。我が子は我が子です。我が子が標準で、それ以外のなんでもない、と確信を持って自信を持って育ててください。今までのことをしっかり心に留めて育てていれば貴女の赤ちゃんは立派な子どもに育つこと間違いなしです。比較は絶対にしないでください。早かれ遅かれだけの話です。くれぐれもこの時期の個人差は私たち大人とは比べ物にならないほどに大きいのです。例え万が一遅れていても、五歳児・六歳児になれば、いやいや、中学生に、高校生になれば大逆転していますよ。心配しないで楽しく明るく・我が子を信じて保育しましょうね。

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2008年01月23日

『本当の教育』乳幼児編18

 昨日はTVのことでちょっとエキサイトしてしまいましたね。我が家では小まめにTVのスイッチを切ります。TVのスイッチが切れていると、食事をしていても子どもとの会話が弾みます。TVの切れている静寂な時間に家族が読書にふける時間も確保されます。私は好きですね。こんな時間が一番充実していますね。さて、絵本ですが、赤ちゃんと見るときにはいっぱい話しかけもしましょうね。お母さんの爽やかな声が、赤ちゃんの心の中にしみ込んで、赤ちゃんが一人で見るときにもその声が蘇って楽しい雰囲気で赤ちゃんは絵本を見ることが出来るのです。そして、何時の日か心にしみ込んだお母さんの声が赤ちゃんの口からこぼれ落ちて言葉となるのです。我が子は言葉の発達が遅れているのでは等と心配する前にもっともっと言葉掛けをしてやってください。絵本はその言葉掛けへの大切な媒体です。

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2008年01月22日

『本当の教育』乳幼児編17

 絵本もそろそろ大切な環境になりますね。本の好きな子どもに育てたければまず親が本を好きにならなければなりません。親さん自身が四六時中TVにかじりついていて、子どもに本を読みなさいと云っても子どもは素直に本好きになれませんよね。ここで寄り道ですが、TVのことに付いてちょっと述べましょうね。まず結論ですが『TVは百害あって一利なし』です。昭和30年代TVが登場したした時、大宅壮一と云う評論家が「TVは一億総白痴の国民にする」と云いました。あれから半世紀が経った現代社会、世の中の常識はすっかり様変わりし、先生・政治家・警察官・裁判官からはじめおよそ国民全員が常識的には考えられない破廉恥な卑劣な残虐な幼稚な犯罪や事件が日常茶飯事に起きています。これをして国民は健全と云えるでしょうか。荒っぽい、極論的決め付けかも知れませんが、大宅壮一先生が云った『一億総白痴』の原因をTVにしては過言でしょうか。TVも全てが全てとは云えないでしょうし、正しく判断力を持って活用すればそれなりの効果はあるかもしれませんが、放送局からの一方的押し付けによる現代社会のTV報道内容は下賎の一言に尽きると思います。TVに付いてはこれからも機会あるごとに話したいと思いますので今日はこの辺にしておきますが、TVなどに可愛い我が子の子守を委ねないで、TVのスイッチを切って、お母さんが考えて選べる、我が子により良い絵本をみせてやってください。これを機会にお宅のTV鑑賞時間を半減してみませんか。地球温暖化防止・省エネルギー対策にもなり、そして、我が子が利発な健康な子どもに育つ一石二鳥どころか三鳥、四鳥も徳しますよ。

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2008年01月19日

『本当の教育』乳幼児編16

 この頃の赤ちゃんには色鮮やかな玩具りは淡い色の物が好ましいですね。音もオルゴールのような澄んだ音やピアノのような爽やかな音の出る物が良いと思われます。まだ性差はありませんので、男の子だからこれ、とか、女の子にはこれがと云ったこだわりは必要ありません。また、何でも口に入れたり咥えたりもしますので角の無い丸みががった物が良いと考えられます。叩いたり振ったりもしますので、そんな時には優しい音が出ると赤ちゃんは喜びますし、遊びの中に因果応報を感じ取れることでより喜びが深まることを体感できれば好ましい発達を伴うでしょうね。つかまり歩きが始まると押すとパタパタと音が出る歩行器等がありますがあれ等も楽しい玩具だと思います。とにかくこの時期には赤ちゃんが叩いたり振ったり押したりする活動に反応してくれる玩具などが赤ちゃんの発達には良いと思います。 

投稿者 femil928 : 16:55 | コメント (0)

2008年01月18日

『本当の教育』乳幼児編15

 這えば立て、立てば歩めの親心、昔の人は良い事を云いますね。親は本当に欲張りなんですよね。我が子の幸せを求めて次から次への無いもの強請りをするものです。その心が良く言い表された言葉ですね。現代っ子は転んでも手で受け止めることが出来ずに鼻やほっぺたを傷つけるようですね。これ等は現代の赤ちゃんが『這う』経験が期間が少なくなってしまった事が少なからず原因です。昔は歩行器等と言う代物が有りませんでしたから、赤ちゃんにとって這うことが唯一の移動機能でした。家中を這って回ることで運動して背筋や腹筋を鍛え腕の筋肉も鍛えました。そして、顔を持ち上げることで首の筋肉も育てると共に危険物から身を守る咄嗟の感覚も自然に育みました。そして、力がついて物につかまり、引き付けて立ち上がりを覚えて立てるようになり、伝い歩きから徐々に独り立を体感して・・・・と云った具合に成長していったのですがこれらの発達過程を省略して歩き出す子どもたちが成長していくのですから、昔では考えられない子どもたちの怪我が多くなってしまったのでしょうね。『這う』と云う期間は赤ちゃんの成長には大切な省くことの出来ない期間なのです。どうか沢山たくさん這わせてください。長い人生焦らずにゆったりと『本当の教育』の期間を過ごさせてやりたいですね。

投稿者 femil928 : 14:30 | コメント (0)

2008年01月17日

『本当の教育』乳幼児編14

離乳食のついでにちょっと寄り道。みなさんは『料理』の定理(?)をご存知ですか。『料理』とはなんですか。美味しいものが料理でしょうか。レストランや食堂いやいや料亭で食べる物が料理でしょうか。私が小学校六年生のときに家庭科の先生に『料理の定理』を教わりました。子どもながらにさすがは先生だなぁ。なるほどなぁ。と感心して今でも鮮明に覚えています。時々機会があると得意になって皆さんに説いています。今また云わせてください。その先生は『誰が・誰のために・心を込めて作ったか・それがはっきり伝わる』物が『料理』です、と教えてくれました。どうですか? みなさんはこの説をどう受け止めますか。貴女が・貴女のご主人のために・真心込めて作っている日々の食卓に上る物が『料理』です。それが『ご馳走』です。貴女が・貴女の赤ちゃんのために・心を込めて作った離乳食が、赤ちゃんの一番の料理で喜びです。赤ちゃんの幸せです。離乳食の缶詰は誰だかわからない人が・誰のためかもわからず・機械的に作られた食べ物、いやもっと厳しく言えば「えさ」です。ペットフードと変わりない単なる「餌」です。云いすぎかな、離乳食を作る時間もなく働いているお母さん方には申し訳ない酷な話でしょうね。離乳食缶詰に頼らざるを得ない方もいらっしゃるでしょうが、せめて赤ちゃんの食の第一歩ぐらいは『料理』を食べさせてやりたいですね。それが出来る時間を確保してやることが本当の子育て支援ではないでしょうか。現代社会は本当に大変な社会になってしまったようですね。

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2008年01月15日

『本当の教育』乳幼児編13

 離乳食について、みなさんは離乳食をどうしていますか?今の世の中脱脂粉乳同様に離乳食が多くのメーカーによって提供されています。栄養たっぷり、赤ちゃんの成長にぴったりの、味も見た目も素敵な、それでいて簡単で格安で至れり尽くせりの離乳食です。きっと多くの親さんが利用しているのでしょうね。量販店に行くと朝並べられた離乳食の缶詰が夕方には無くなっています。どんな気持ちでご利用になられているのか考えると私の胸は痛みます。私には『お袋の味』があります。あの『お袋の味』を今でもこの喉が心が覚えています。無性に食べたくなる時があります。離乳食は『お袋の味』のスタートです。お母さんが心を込めて時間を掛けて可愛い我がこのために作った離乳食こそが『食育』のスタートであって欲しいものです。まるでペットフードのように缶詰から取り出してレンジでチーンしてどこの赤ちゃんも同じ味の離乳食を食べているのでは『食育』にはなりません。私からのお願いです。是非お母さんの真心こもった離乳食を作ってやってください。100人の赤ちゃんが居れば100人の赤ちゃんの好みに合わせた統一された味の離乳食を100人の赤ちゃんが食べていたのでは個性など育ちません。みんな金太郎飴のような個性の無い楽しみの無い子どもに育ちます。

投稿者 femil928 : 19:51 | コメント (0)

『本当の教育』乳幼児編12

 ちょっと寄り道、お読み頂いている皆さんから、なんで乳幼児編ですか?とかうちの子はもう5歳児になりました早く5歳児のアドバイスを、と言ったご意見を頂きました。お米を作るにも、野菜を育てるにも一番大切な作業は土壌の整備ですね。こう云えば賢明な皆様はご理解いただけると思います。農作業で一番大切なものは畑を耕し肥料を加える事ですね。立派な土壌が整備されてこそ初めて種が苗が植えられるのです。乳幼児期は正しく土壌作りの期間なのです。それが出来ればそこにどんな種を苗を植えてもきれいな花と実となってくれるのです。乳幼児期を大切にしましょうね。ところで、もううちの子は5歳児・・・とおっしゃる方へのアドバイスですが、もう5歳ではありません、幸いまだ5歳です。『もう5歳』は遅れてしまったと云う気持ちが含まれますね。でも『まだ5歳』にはゆとりが感じられます。今このブログで書かれていることでもしまだ我が子に習慣付けられていない事がるのならラッキーです。今から初めてください。5歳児ですから習慣付けるには5年かかりますが遅くはありません。10歳には立派な土壌が整備されます。7歳なら14年ですがそれでも遅くありません。気付いて頑張ろうと思ったときがスタート時期です。みんなよりは遅れますが立派な土壌になればそれこそがその子のしあわせですから。

投稿者 femil928 : 07:14 | コメント (0)

2008年01月14日

『本当の教育』乳幼児編11

 入浴は毎日させていますか?当然毎日させていますよね。いやいや、私たちの頃は各家庭に風呂はありませんでしたから、毎日お風呂に入れる、内風呂のあるご家庭がうらやましかったものですから。入浴も大切な教育です。衛生観念を育てることは当然ですが、暖かい風呂に入ると云うことは『家庭のぬくもり』を体で育む大切な日課です。人間に安心して暮らせる基地=家庭があると云う保障は生きるうえで一番の心の支えです。その家庭があたたかい家庭であったならばその人は幸せへの第一歩を踏み出せます。また、入浴の後に赤ちゃんの間接が柔らかい内に手足を伸ばしたり、うつ伏せにして背筋や腹筋の運動をさせたり、肌のマッサージでスキンシップをたかめたりしてください。当然満面の笑顔と明るい言葉掛けも忘れずにですよ。赤ちゃんにとってはこの時が全身を動かして出来る唯一の体操の時間です。体操が終わったら美味しいお水と栄養たっぷりの母乳を飲んで、おやすみなさい。

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2008年01月13日

『本当の教育』乳幼児編10

 赤ちゃんの生活リズム、これはその子の将来に大きく影響します。しっかりした心の持ち主になるか、ふしだらな不真面目な考えの子どもに育つかの原点的分かれ目とも云って過言ではありません。起床・就寝の時間が不定期で、食事も排泄も気まま勝手で、入浴時間も決められていないそんなリズムの無い生活をしていたのでは、赤ちゃん自身も『自覚』が育ちません。皆さんの周りにも自覚が育っていない人が沢山いらっしやるでしょう。例年成人式には自覚が育っていない子どもたちが大騒ぎしています。今年はどうでしょうか。現代社会は24時間社会になってしまって、生活リズムが十人十色の気ままに、厳しく言えば乱れてしまっているから、自覚が育たないのです。生活リズム、昨年の流行語、私は大嫌いですが、「そんなのかんけいない」等と軽視していたらあなたのお子さんも『自覚』が育たないで成人しますよ。『本当の教育』はここにあるのです。

投稿者 femil928 : 10:18 | コメント (0)

2008年01月12日

『本当の教育』乳幼児編9

 さて、みなさんは赤ちゃんの生活リズムをしっかり計画的に守っていますか。あさは何時に目覚めますか。オムツの交換時間は一定的に行われていますか。授乳の時間は決まっていますか。お昼寝の時間、入浴の時間、夜の本格的な睡眠の時間、それぞれしっかり守っていますか。私は専業主婦だから、24時間赤ちゃんのために時間が有るから、いつでも大丈夫なの、と場当たり的な保育はしていませんよね。24時間保育に専念できるその環境に感謝しなければなりませんが、24時間を大切に使って、お母さんのゆとりの時間もしっかり確保してください。生活リズムを守るということは単に赤ちゃんのためだけではありません、お母さんがゆったりした時間を持って保育するこのことが『本当の教育』では大切なのです。学校でも『ゆとり教育』が重視されましたが、学力低下の改善策としていまや見直されようとしていますが本末転倒の勘違いです。人が育つためには『ゆとり』つまり『心の安らぎ』が大切なのです。この事に付いては後で詳しく考えたいと思いますが、お母さんが『ゆとり』を持って保育に当たることは赤ちゃんの成長には大切な条件です。

投稿者 femil928 : 10:06 | コメント (0)

2008年01月11日

『本当の教育』乳幼児編8

 みなさんは赤ちゃんを寝かせるときに「子守り歌」を歌いますか?お母さんの胸に抱かれて、お母さんが歌う子守り歌で眠りに着く赤ちゃんはこの世の中で一番の幸せ者です。そして、この時がお母さんにとっての一番の安らぎの至福なひと時です。お母さんの暖かな胸は赤ちゃんの優しさを育てます。お母さんの歌声は美しいものへの感謝の気持ちを育てます。お母さんの柔らかな抱き心地は人への信頼を育てます。ここに『本当の教育』の原点があると云っても過言ではありません。お母さんたちが安心して子育てに専念できる環境を整えてやれるのが本当の『子育て支援』ではないでしょうか。お母さんが働かなくても生活できる経済的支援こそが本当の子育て支援です。赤ちゃんが健やかに育つ環境、それは我が子をお母さんが手塩に掛けて育てる環境こそが未来の日本・世界を築くのです。 

投稿者 femil928 : 08:21 | コメント (0)

2008年01月10日

『本当の教育』乳幼児編7

 昨日の続きですが、『夜泣き』に付いてもうちょっと触れておきましょうね。
 昨日も書きましたように『泣く』と云う赤ちゃんの行動は運動のひとつです。運動をしっかりやれば適当な疲労が赤ちゃんを爽やかな熟睡へと導きます。この原理・摂理をしっかりご理解いただけれは、『夜泣き』の問題は一刀両断すっきり解決です。まず夜に泣くと云うことは生活のリズムがずれているのです。夜中に目を覚まして運動をすると云うことは、日中の運動不足です。日中ぐっすり眠らせておくから夜中に目が覚めるのです。この生活リズムの乱れは『健康で頭の良い子に育てる』ためには大きなマイナスポイントです。夜型の子どもに育ててしまったら学校生活が出来ない子どもになってしまいます。現代社会、みなさまの周りにも多くの夜型少年、不登校の子がいらっしゃるでしょう。『夜泣き』を抱っこして止めるのでなく、生活リズムを昼型へ改善してください。夜泣きを直すには、日中の活動をしっかりさせてやることです。いかなる動植物も日中の太陽の下で成長するのです。それが健康な子どもの成長です。『本当の教育』は健康で健全な子どもの育成にあるのです。

投稿者 femil928 : 17:50 | コメント (0)

2008年01月09日

『本当の教育』乳幼児編6

 赤ちゃんの『泣く』と云うことに付いて、みなさんは我が子が泣くからすぐに抱っこして泣くのを止めたり、夜泣きが大変で困っていたりしていませんか。すぐに抱っこして抱き癖がついたり、これは母親としても大変疲れることであり、悩みでもあると思います。しかし、「抱き癖」つまり赤ちゃんに泣けば抱っこしてもらえると教えてしまった結果の癖ですので、お母さん方の考え方を変えればすぐに直せる癖です。
 赤ちゃんの『泣く』と云う行動には理由があります。目覚めを知らせるため、空腹を訴えるため、オムツが汚れたことを知らせるため、何か体調が、たとえば熱がある、お腹が痛い、どこかが具合悪いと云った変調を訴えるため、など等がありますが、それらの時には速やかに対処してやらなければなりませんが、それ以外で、大よそ赤ちゃんの『泣く』と云う行動は運動の一環です。母乳を飲んでは眠り、起きては母乳を飲むと云う寝たきりの赤ちゃんの生活で唯一できる運動は思いっきり泣くことです。成長するために泣くのです。運動のために泣くのです。肺活量を高めるために泣くのです。ですからある程度は泣かせてやることが大切なのです。よく泣いていた赤ちゃんがいつの間にかねむってしまっていることがありますね。適当な運動の後の爽やかな眠りです。無視した不適切な判断による『泣かせ』は絶対にいけませんが、心と優しいまなざしの基に『泣く』活動は是非させてください。

投稿者 femil928 : 10:46 | コメント (0)

2008年01月07日

『本当の教育』乳幼児編5

 赤ちゃんをあやす事も大切な乳幼児期の教育です。笑顔で話しかけたり、いないいないばーをしてやる事も赤ちゃんの脳の発達には欠かせない環境です。無表情な人は活動も鈍く、自己の表現力にも乏しいものです。あやす事はそのあやす人自身が明るく闊達だからやれることであり、その明るさと闊達さは自然と赤ちゃんにも影響します。明るさは教育一つでいくらでも育てられるものです。両親が根暗だから子どもも暗いと云った遺伝的に考えないでください。それは遺伝ではなく、そのご家庭の環境が暗いから自ずとその子も暗くなってしまうのです。沢山の笑顔と沢山の言葉と沢山の表情で赤ちゃんをあやしてやってください。その子は必ず明るく闊達なみんなに好かれる人間に成長します。みんなに愛される人間に育てることも教育活動の大切な成果です。それが『本当の教育』です。

投稿者 femil928 : 14:59 | コメント (0)

『本当の教育』乳幼児編 4

 ぐっすり眠った後の自然の目覚めは、眠り飽きた満足感からかな、お腹が空いたからかな、どこか痛み病むからかな、または、オムツが汚れて気持ちが悪いからかも。
 さて、オムツの取替えも大切な教育です。汚れたままに何時までも放って置けば、まして、泣いて訴えても無視されてしまえば、汚れに対して無関心になって何時までもオムツが取れない子に育ってしまいます。我が子のオムツ交換がタイムリーに出来るお母さんになれたら母親合格だね。
 オムツ交換で大切な教育は、タイムリーな交換と共に、言葉かけですね。「ああ、ごめんね、こんなに汚れたのね、気持ち悪かったでしょう、ほら、気持ち良いでしょう、さっぱりしたね、」と感情を素直に代弁するように言葉かけしてください。そして、きれいになったことに心一杯の爽やかさを込めてうれしい表現を代弁してください。感謝する心、喜びを素直に表現する子どもに育ててやりたいものですね。
 オムツでもう一つ大切なメッセージがあります。それは出来ることなら「紙オムツ」の使用を控えたいと思います。自然の資源を大切にしたいと云う気持ちがありますが、それよりも大切なメッセージは使い捨てへの戒めです。一方でリサイクル・リユース・リフューズ・リフォームなどと云いながら電化製品や自動車などの機械物は修理を放棄して全ては部品ごと丸々取り替えてしまう、それも取り替えるよりも、もう少し経済負担をすれば新製品が買えるといった無駄の勧めをしている現代、是非改めたいものですね。紙オムツの使用を控えることから改めて行きたいものですね。

投稿者 femil928 : 14:17 | コメント (0)

2008年01月05日

『本当の教育』乳幼児編 3

 赤ちゃんの成長は、食べて・寝ての繰り返し、食べる子は当然育ち、寝る子はさらに育つのです。寝ることは赤ちゃんの一番大切な生きるための活動、つまり教育です。ですから、赤ちゃんがより良い教育の成果をあげられる環境を整えてやることが大切です。
 まず、眠るには空腹では眠れませんね。しっかりとした母乳による授乳の後は、安らかな環境が必要ですね。TVの雑音の中や、まして、夫婦喧嘩やドタバタはいけません。静かな子守唄の中で、ある程度光源を下げた暗さの中でぐっすり眠らせてやりたいですね。楽しい夢でも見てもらえたらうれしいですね。そして、ぐっすり寝た後に自然に目覚めたときに開いた目には真っ白な無味簡素な天井ではなく、メリーゴーランド等のカラフルな動くものや、微笑み一杯のお母さんの顔と優しい言葉かけがあれば、赤ちゃんはきっと安心した心の安らぎを感じることでしょうね。
 真っ白な天井に、お母さんの気配も感じられないひんやりした目覚めに、泣き声で寂しさを訴えても返事が無ければ赤ちゃんの心はどんな成長をするのでしょうね。『子育て』と云う仕事は大変な仕事ですよね。片手間に出来る仕事ではないですよね。

投稿者 femil928 : 09:34 | コメント (0)

2008年01月04日

『本当の教育』乳幼児編 2

 授乳に付いて、是非母乳で授乳したいものですね。現代は素晴らしい乳製品が開発されて、母乳にも勝るとも劣らないほど(女性に対して大変失礼な、由々しき・許しがたい表現)とかの謳い文句で粉ミルクが販売されていますが、『母乳』に勝るものは絶対にありません。また、素晴らしい母乳が授乳できる健康なお母さんになれるような日々の体調管理ができる環境をお母さん方に提供できる心配りが国を初めとして行政も社会も家庭もなされなければなりません。そして、お母さんはしっかり我が子をふくよかな胸に抱きしめて、やさしい言葉かけをしなが授乳して欲しいですね。この『言葉かけ』こそが、優しさと感謝の心を育てる教育なのです。哺乳瓶に作られた人工のミルクをくわえて単に空腹を満たすだけの授乳では優しさも感謝の気持ちも育ちますか?
 やさしい母親のまなざしをあび、心温まるお母さんの言葉かけを聴きながら母乳を飲む我が子の満足しきった笑顔にこそ本当の子育ての喜びがあるのではないでしょうか。大切な教育ですよね。 

投稿者 femil928 : 08:48 | コメント (0)

2008年01月03日

『本当の教育』乳児編 1

 『本当の教育』とは『生きる力の育成』と意義付けた訳ですから、生きる力となれば、その人がこの世の中に生を受けた乳幼児期から教育はスタートする訳です。ですからこの考察はそこからスタートしなければなりません。
 その人が、「おぎゃーぁ」と生まれた時から教育はスタートします。まず第一の教育はその人の生誕を心から祝福することからスタートしたいですね。私たちその人、その赤ちゃんを取り巻く周囲の皆さんがその赤ちゃんの生誕を心から祝福する、その『喜びの声』が教育のスタートです。
 祝福されているそのことがその赤ちゃんの生きる原動力です。みんなが喜んでくれていることが、その赤ちゃんにとっては嬉しいことです。私たち大人は心から素直に喜びを『声』にしてその赤ちゃんに伝えましょう。赤ちゃんにはしっかりその『声』は聞こえます。その『声』の響きが、その『声』に含まれる大人たちの真心が伝わるのです。教育とは真心を伝えることなのです。この真心は教育の中でとっても大切な条件ですのでみなさまどうか忘れないでくださいね。

投稿者 femil928 : 09:19 | コメント (0)

2008年01月02日

本当の教育 1

 さて、『本当の教育』とかぎ括弧でくくり、単に「教育」で良い課題に『本当の』と付け加えていることに、一言説明をさせていただきたいと思います。
 私たちが一般的に「教育」と言うと、学校教育がどうのこうのと考えがちですよね。そして、テストが良かったの悪かったの、成績が宵の悪いの、良い学校へ進学できたの、一流校に合格したの、出来が悪いから上級校へは進学できないから就職したの、退学してしまったの云々と、
 でもこれが「教育」でしょうか、こう聞かれると皆さんは冷静に判断して「いやいや、それは教育の極一面で、教育とはもっともっと広域な・・・」とおっしゃられるでしょうね。
 そうなんです。『教育』とは学校だけでなく、社会全体で、いや、もっと正確に言えば『生きる』ことその活動が教育でありその積み重ねがその人を形成するのです。その意味を踏まえていただきたく『本当の教育』と表記しました。本当の教育と強調した私の気持ちを理解してください。

投稿者 femil928 : 09:05 | コメント (0)

2008年01月01日

今年こそ

 今年こそこのブログを毎日更新するぞ!! 
 もう還暦を過ぎて、世の中では立派な完成期の人間の仲間入りをしているはずの私が、念頭の挨拶に未だに腕白坊主のような「今年こそは・・・・」でスタートする若々しさ(本来は馬鹿ばかしさかな?)をお許しください。
 今年は10年分が一冊になった日記を買い込んで〖絶対続けるぞ〗とも決意をして一日一行でもいいから必ず書く事にしました。それと同時にこのブログも絶対に!!!と決意をしたのです。どうか読者の皆様も私が三日坊主でサボっていたら叱咤激励の愛のムチを憎しみを込めて力一杯優しく打って下さいね。

投稿者 femil928 : 18:05 | コメント (0)

2007年09月11日

幼児教育施設の選び方⑤

 ちょっと園の行事があってご無沙汰しました。続けましょうね。
 次に親さんとして判断しなければならないポイントは、その施設は、誰が主人公かと言うことです。
 第1の形態は、先生が中心になっている施設です。何事も先生が、その施設長が決定して運営されている施設です。子どもたちの自主性が、個性が伸びません。今の多くの施設はこれが主流ですね。
 第2の形態は、親さんの要望が強く反映されている施設です。親さんには満足感が感じられるでしょうが、一貫性が無く無事無難に運営されますが、「船頭多くして船山に登る」、になりかねません。
 第3の形態は、子どもが主人公の施設です。子どもの心を引き付けることだけに躍起となって往々にして、施設や遊具などが華美になって、中身の伴わない視点がボケた施設になりがちです。
 私は、三つの形態が融和された施設がベストだと考えています。先生と親さんとが同じ立場に立って子どもの立場をしっかり検討・理解して運営されの園こそが望ましい園ですよね。

投稿者 femil928 : 19:57 | コメント (0)

2007年06月29日

健康で頭の良い子の育て方⑮

 梅雨の時期、じめじめしてうっとうしく、梅雨寒になったかと思うと、梅雨の合間の晴れで蒸し暑く真夏のような暑さになったりと大変不順な日々が続きますね。さて、皆様のご家庭では、サッシの窓に冷房が完備して、暖房もセントラルヒーティングで快適な生活環境になっていることでしょうね。現代社会ではこれが当然の住環境になってしまっているのですから・・・。そう言う私の住まいもご多分に漏れずでえらいことを言えた筋合いではありませんが、この環境は決して良い環境ではありません。夏は暑く、冬は寒く、と自然に従った住環境が大切なことですが・・・。そこで出来る限り冷房施設や暖房機の利用を控え目にして暑い時にはしっかり汗をかき、寒い時には皮膚を引き締めて調整できる子どもに育ててやりたいものですね。当園では年間を通して、半そで半ズボン、裸足で下駄履きで子どもたちは生活しています。慢性の喘息も治ってしまいますし、ちょっとの風邪も自然治癒の力でいつの間にか治っています。暑さには敏感に反応し、寒風の中で元気良く走り回っています。子どもたちの足裏は硬く、土踏まずもしっかり形成されて山登りも疲れ知らずに楽しんでいます。子どもたちは鍛えればどんな環境でも逞しく生活できる能力を持ち備えているのですね。薄着で自然に順応した生活をさせてやりたいですね。

投稿者 femil928 : 20:16 | コメント (0)

健康で頭の良い子の育て方⑭

 皆さんはお子さんとどれくらいお話しをしますか? 生まれて間もない赤ちゃんですもの話しても反応もあまりしないから・・・等とはおっしゃられないとは思いますが、以外と黙って授乳していたり、TVに夢中になって余所見をしながらオムツの交換をしていることも、またそれらしきこともあるのではないでしょうか。子どもへの話しかけは大切な子育ての要因です。赤ちゃんには言葉の内容は理解できなくても、そのことば掛けに含まれる話し手の心意気はしっかり伝わります。やさしいお母さんの声の響きはあかちゃんの心の癒しです。オムツの汚れで感じていた不快感はお母さんの優しいことば掛けで快感に戻ります。空腹を訴えた泣き声はお母さんの清々しい笑顔とことば掛けで満足感を味わうのです。添い寝の子守唄と昔話同様に日常的にことば掛けを沢山してやってください。

投稿者 femil928 : 13:38 | コメント (0)

2007年06月28日

健康で頭の良い子の育て方⑬

 『ミーとホープ』の食肉偽装、私たち国民は何を信じて生活すれば良いのか迷ってしまいますよね。こんな時代だから私たちひとり一人がしっかり頭の良い人間にならなければなりません。私たち国民が『考える葦』にならなければ・・・。そこで、離乳食ですが、今の世の中手ごろで美味しくて表示としては(?)栄養満点で安心して食べられる(ミートホープの類似表示かも)缶詰の離乳食がスーパーの棚に並んでいますが、健康で頭の良い子に育てたいのなら、お母さんの真心こもった手作りの離乳食にしてくださいね。添加物・化学調味料・防腐剤等々を、ミートと言っても何のミートかも定かでないレトルト食品を可愛い我が子に食べさせて、健康で・・・と望むのはちょっぴり身勝手な願いではありませんか。子育ては『手間と暇』をじっくりかけて行うところに妙味があるのです。じっくり真心込めて時間をこめて煮込んでつぶして、お母さん独自の味付けをして食べさせてください。栄養のバランスもしっかり考慮してくださいね。

投稿者 femil928 : 20:48 | コメント (0)

2007年06月27日

健康で頭の良い子の育て方⑫

 読者の方から、早く3歳児の話に、いや我が子は小学生に成っちゃった、中学生でも間に合いますか、等などのご意見が、ですので話を進めたいのですが、城を築くにも土台がしっかりしていないと。と言うことは中学生では遅いのかと思われる方がいらっしゃるかと思いますが、頭の良い子に育てるには遅すぎると言うことはありません。良い子に育てたいと思ったその時が絶好のチャンスですので、我が子を信じてスタートしてください。諦めないでください! 親さんが変われば・親さんが願えば、我が子は必ず良い子に育つのですから。根っからの悪い子、頭も心も、はいません!!! 全ては私たち親が大人がそうさせてしまっただけです! 私たち親が大人が変わりましょう! 気づいてあげましょう! ただそれだけです! 明日は本題に戻ります。

投稿者 femil928 : 10:49 | コメント (0)

2007年06月26日

健康で頭の良い子の育て方⑪

 ごめんごめんお久しぶり! さて、話を続けますね。今日は添い寝の話です。皆さんは自分の幼少の頃の添い寝の思い出がありますか? 私はこの年になってもいまだに鮮明にあります。父の声で昔話を聞きながら眠ったあの日、母の子守唄に聞き入って眠った日、その声が今でも蘇ってきます。もう母も、父もいませんが私の耳の奥で生きつづけています。こんな私の私的な経験ですが、絶対に『添い寝』は大賛成です。余計なことは考えないでください。幼児期には幼児期らしき経験が必要です。添い寝が出来る時間的ゆとりを持って昔話を子守唄を聞かせてやってください。我が子の寝顔は何よりの幸せであり心の安らぎです。こんな心と時間を持っているご両親であれば、健康で頭の良い子に育つ条件の半分以上が叶えられています。

投稿者 femil928 : 16:51 | コメント (0)

2007年05月29日

健康で頭の良い子の育て方⑩

 『太陽と友の生活』人間が人間らしく生きる基本的生活環境です。と同じく、春は春らしく、夏は夏らしく、秋は秋らしく、冬は冬らしく、四季折々の季節にあった生活をすることも赤ちゃんの、いや、人間の人間らしき成長には大切な生活環境です。この四季折々の季節の変化が健康で頭の良い子を育てるには欠かせない生活環境なのです。自然界の全ての生物はこの四季の摂理に従って成長しているのです。
 なのになぜか、人間社会だけは、夏は涼しく、冬は暖かくあたかも自然の征服者のごとき生活ぶり、自然はそんな人間社会を許してくれるでしょうか。最近の異常気象は何か私たち人間社会への警告と受け止めるべきでは・・・・・。
 健康で頭の良い子に育てるには四季の変化に従順に従う逞しい身体の育成が欠かせません。暑さを楽しみ、寒さに耐え忍び、春の訪れを体で感じる自然体の子どもに育てましょう。

投稿者 femil928 : 10:23 | コメント (0)

健康で頭の良い子の育て方⑨

 基本的に人間の生活リズムは太陽の動きに合わせて生活するといいでしょうね。太陽が東の空に顔を出したら起きましょう。そして、太陽と友に一日の生活を送り、太陽が西の空に沈むとともに活動を休めて眠りの床に着く。こんな生活リズムが本来の人間の生活サイクルでした。
 しかし、現代社会はこの基本的な生活サイクルが乱れに乱れ、夜の夜中まで活動したり、太陽が南の空に昇りきっても寝ていたり、24時間営業の施設で昼も夜も時間を無視して生きているのが現代の人間社会です。省エネルギー時代を迎えながら、真夜中に真昼のような環境を作り出して電力を消耗しているのですから、電力を危険が一杯の原子力発電に委ねなければなりませんよね。危険と隣り合わせに飽食・豊満・贅沢三昧の生活は未来永劫に保障されているのでしょうか。今、21世紀に生きる子どもたちへの環境をしっかり確保する努力を私たち大人はしなければなりませんね。
 健康で頭の良い子が育っても、生きる環境が整わなければ何のための健康で頭の良い子でしょうか。

投稿者 femil928 : 09:54 | コメント (0)

2007年05月23日

健康で頭の良い子の育て方⑧

 赤ちゃんの『泣く』と言う行動には成長に大切な要素が沢山含まれています。どうか沢山泣かせてください。大きい声で思いっきり泣かせてください。赤ちゃんにとって『泣く』ことは運動です。ベットに寝かせられている赤ちゃんにとって泣くことはただ一つ自分の意志で行動できる運動なのです。沢山泣いて、沢山運動して、泣き疲れて又ぐっすり眠って休養させてください。泣く子は育つと言います。大きい声で泣くことは声帯の発達も促します。そして、大きい声で泣くことで肺活量も育みます。具合が悪くて、何かを求めて、何かを訴えて泣いている時は別として、赤ちゃんの泣き声を快く受け止めてやってください。
 『夜泣き』は生活リズムの狂いが原因です。日中沢山泣かせて運動して、沢山声かけして、スキンシップに心がけて親子の楽しい時間を作るように心掛ければ夜泣きは自然と少なくなります。

投稿者 femil928 : 18:58 | コメント (0)

2007年05月22日

健康で頭の良い子の育て方⑦

 皆さんは赤ちゃんの『泣き声』をどう受け止めますか。皆さんの心の状態で受け止め方も違ってくるでしょうね。ゆとりがある時はゆとりが有るなりに、イライラしている時はそれなりに、又、昼間は昼間なりに、夜泣きは隣近所や私たちの眠気がなすがままに、と受け止め方がいろいろですよね。
 でも、でもですよ、赤ちゃんはなぜ泣いているのでしょうね?
 私たち大人の感情に合わせて泣いているのでしょうか? それなら赤ちゃんの意志も尊重されますが、赤ちゃんは、お腹が空いて、オムツが汚れて、寝返りが打ちたくて、ひょっとしてお腹が痛くて、熱があって不愉快で、と言ったように色々な理由で言葉に出来ないので泣いているのではないでしょうか。
 大人の、お母さんの感情のままに受け止めて対処していたら、赤ちゃんは幸せでしょうか?

投稿者 femil928 : 19:47 | コメント (0)

健康で頭の良い子の育て方⑥

 赤ちゃんは寝ても覚めてもベットの上での生活しか出来ません。環境を整えてやるのがお母さんの役目です。そして大人の役目です。眠るときは美しい曲の子守唄を、目が覚めたら優しい母さんの笑顔と言葉かけでオムツが取り替えられ、目の前には、実は天井からになりますが、カラフルなメリーゴーランドとオルゴールの調べや、きれいな色使いの童画が、視線を振れば手すり越しに我が家の生活が見られるそんな環境を整えてやりたいものですね。哺乳瓶をくわえたまま、TVの騒音の中眠らされ、目が覚めたら買い物に出かけたお母さんはまだ帰宅せず、泣いても汚れたオムツはそのままに、目の前の天井は無味乾燥な白色で、視線を振ればベットの手すりには何やらお母さんたちの、お兄ちゃんたちの下着が干されて・・・・健康で頭の良い子に育ってねと言われても荷が重過ぎますよね。

投稿者 femil928 : 18:27 | コメント (0)

2007年05月21日

健康で頭の良い子の育て方⑤

 赤ちゃんの寝ている環境はどうですか? 住環境は各ご家庭でいろいろと差異はおありでしょうから、個室で云々とは無理は言いませんし、むしろ個室で無味乾燥な環境では決して良い環境とは言えません。ここで言う環境とは、赤ちゃんが寝ている側でテレビやオーディオの音などがガンガン鳴っていたり、低俗なお笑い番組に現を抜かして赤ちゃんの安らかな眠りを邪魔してはいませんか。赤ちゃんは眠っていても脳の働きは鋭敏に活動を続けています。低俗な言葉や下品な笑いを知らず知らずの内に学習しているのです。眠っているから大丈夫ではありません。眠っていてもより良い環境に心がけてください。

投稿者 femil928 : 10:38 | コメント (0)

健康で頭の良い子の育て方④

 赤ちゃんの寝かせ方について、皆さんのご家庭では赤ちゃんの寝る場所は一定の場所に固定されていませんか?きっとベビーベットが置かれてそこに寝かされていると思われます。そのベビーベットは時々向きを変えてください。又、窓際や明かりの来る方を左右時々変えてやってください。いつも同じ所で同じ景観で何の変哲も無い刺激の無い寝かせ方をしていては、まず頭の格好がいびつになります。脳に対する刺激も偏ります。右利き、左利きと言った偏りが生じます。子どもの成長には環境が大きく影響します。寝かせ方一つでも健康で頭の良い子に育てるためには大切な要因になります。心がけてください。少しでも沢山の刺激を子どもたちの脳に与えてください。

投稿者 femil928 : 10:10 | コメント (0)

2007年05月19日

健康で頭の良い子の育て方③

 授乳は母乳での次には、紙おむつの使用を極力控えたいものです。最近の紙おむつは何回小用しても何時でも爽やか感が保たれ、大用をしていても臭わず、もこもこ感が無くすっきりと・・・云々で赤ちゃんに優しい紙おむつですとのキャッチコピーで、若いお母さん方には大変好評です。
 しかし、この紙おむつを使うことによって、赤ちゃんは不快感を感じないことによって、自分のしていることに罪悪感を感じません。自分に自責の念がないのです。何をしても無責任な人間に育ちかねません。親は親でオムツを取り替える事に意義を感じません。我が子が下痢で病んでいることも、異様な臭いで胃腸に異変を来たしていても、無関心でいることで親子の信頼感も阻害しています。一日中一枚の紙おむつで間に合うために、両親は車に赤ちゃんを寝かせぱなしで一日中パチンコに現を抜かしわが子の生命の危機に無関心で、健康で頭の良い子に育つ訳がありません!
 布のオムツを使うことで、オムツの交換の度にお母さんは我が子の健康状態はしっかり把握出来ますし、「あらあらびっしょりね、ごめんね!気持ち悪かったでしょう、ほらほら洗いこまれた柔らかなオムツに取り替えてあげましょう、ほーら気持ちがいいでしょう」等と言葉賭け、心がけ、お母さんの暖かい手のぬくもりを伝えながら行われるおむつ交換は、子どもの素敵な、感謝の心を育み、母親への信頼を育てます。子育ては心の込められたお母さんの愛情で行われてこそ意義があるのです。
 男女共同参画社会の現代に、お母さん、お母さんと子育てをお母さんの仕事に・・・・・と、不満を感じている読者の方がいらっしゃるかも知れませんが、男女共同参画社会に付いてはもうちょっと先に書きましょうね。とりあえず今日はこの辺で。

投稿者 femil928 : 19:37 | コメント (0)

2007年05月18日

健康で頭の良い子の育て方②

 まずは、可愛い我が子が誕生しました。健康で頭の良い子の子育てがスタートしました。一番初めの仕事は授乳ですね。是非母乳で育ててください。我が子を胸に抱いて母乳を飲ませてやる。極当然のことですが、多くのお母さんはすぐに人工のミルクに切り替えます。子育て放棄の第一歩ですね。母乳を飲むいとし子をにこやかに微笑みながら母親のぬくもりを伝え、わが子の幸せそうな安らかな顔を見ながら授乳している光景は、正しく子を持つ親の幸せであり、子どもにしては一番安心できる心の基地の構築になるのです。又、母親は授乳を通してわが子の日々の健康状態がわかるのです。
 なぜ?人工のミルクに切り替えてしまうのですか?母乳が出ないのなら出るように、精神的援助、経済的援助をしてやるのが子育て支援ではないかと思うのです。
 まずは、母乳で育児をしようじゃありませんか!健康で頭の良い子に育てる第一歩です!!

投稿者 femil928 : 19:52 | コメント (0)

2007年05月17日

健康で頭の良い子の育て方①

 子を持つ親はどなたも、我が子に対する希望はタイトルに書いたような子ではないでしょうか。
 ここでは「健康」と「頭の良い」は別項目的に考えていると思われますが、皆様はどう考えていますか?
 きっと多くの親さん方は、健康は身体的に健全なことであり、頭の良いは知的な要素が多く含まれる利発なことと受け止めていると思われます。
 昔のハムのコマーシャルに「腕白でもいい健康であれば」と言うのがありました。この発想は、頭はちょっぴり悪くても、体が健康であれは、それが一番!と言ったものではないかと思われます。そして、多くの親さん方がこの発想に賛同してあのハムの売り上げが伸びたのです。
 ですから、私もタイトルのように「健康で頭の良い子の育て方」と併記しなければならなくなったのです。本当は頭の良い子は健康でなければ育ちません。言葉が適切ではないかと思いますが、不健康な子どもは頭は良くないのです。つまり、健康な子だからこそ頭が良い子に育つのです。全ては「健康が一番」であって、健康に育てることが頭の良い子に育つ必要・十分条件なのです。
 ですから「健康な子どもの育て方」と言うタイトルでこの文章を進めたいのですが、皆様の興味は「頭の良い子の育て方」にあるのでしょうね。でも、明日からの文章をお読みいただきながら、「健康」が全ての良い子の育て方のキーワードであることを読み取っていただければ幸いです。

投稿者 femil928 : 11:47 | コメント (0)

お久しぶりです

 本当にお久しぶりですね。明るい話題を提供したいとタイミングを探しているうちに、有ろうことか私のパソコンがウィルスに侵されて、にっちもさっちも行かなくなり昨日やっと治って来ました。
 新年度もスタートして一ヵ月半、気分を改めてこのブログを再出発しますので、時々遊びに来てください。
 今年度は時事評論的文章よりも、その都度一つの課題を持って文章を展開していきたいと考えています。皆様のご意見やご希望も是非是非お聞かせくださいね。
 まず、スタートとして私の専門分野である「健康で頭の良い子の育て方」に付いて書き始めたいと思います。

投稿者 femil928 : 11:12 | コメント (0)

2006年11月20日

いじめと犯罪

 いじめ、いじめと世間では騒がれていますが、果たして今、騒がれている問題を全て『いじめ』の一言でまとめて考えて良いのだろうか?

 仲間外れや嫌がらせ、いたずら等と金品の要求や言葉の暴力あるいは身体的虐待や暴力、これらが区別されなくイッパ一絡げにして『いじめ』として対策を考えても、解決策は見当たらないと考えるのです。

 仲間外れや嫌がらせ、いたずらは俗に言う『いじめ』と考えてもと思いますが、これらの問題は、人間が生きていく中では避けられない試練であり、むしろ、その原因には受ける人自身にも反省し改善すべき点があるかも知れません。

 しかし、金品の要求や言葉の暴力、身体的暴力・虐待は『犯罪』です。これらの問題は犯罪としてしっかり法律に基づいて処理しなければならないものです。

 学校内における犯罪、特に、未成年の犯罪と教育的現場の対処には沢山の大切な慎重に検討しなければならない問題が山積しますので、ここで簡単に言い切ることは避けますが、子どもたちが自殺にまで追いやられている原因の多くはいじめではなく『犯罪』であるところに多くの問題点があるのではないのでしょうか。しっかり、考察すべき事ですよね。

投稿者 norii : 10:37 | コメント (0)

2006年11月14日

おもちゃ

 最近、大人向けのおもちゃがブームだそうで、リモコンカーやリモコンのヘリコプター等が人気の的だそうで、家族内でリモコンカーの競争をして親子の会話の場としたり、マニアたちは室内サーキットに仕事終わりに毎日通い、毎週金曜日の夜にはレースが開催され大盛況とか、ヘリコプターは30分の充電で5分間遊べるので、タバコを吸う感覚で仕事の合間に遊べてリフレッシュが出来仕事もスムースに進むとか、大人にとっても家族の会話が楽しめたりで大変良い事ではとの報道でした。一方おもちゃ業界には、少子化で需要が減る一方なのに大人が新しい顧客になれば業績向上にもなり嬉しい事でもあるとの事でした。

 『おもちゃ』とはそもそもは子どもの遊具、そのおもちゃと称する玩具で大の大人が現を抜かす時代とは、正しく平和ボケ以外の何ものだろうか、と考えるのは間違いでしょうか。現代社会はストレスが溢れていて、心の癒しとしての玩具は・・・・と五十歩譲っても、こんな社会だから現代社会の諸々の問題が発生して止まないのです。

 大人には大人の癒し方があるべきです。プレステ3が年末商戦に併せて発売されて話題をまいています。徹夜して買った、買えなかったと大の大人が一喜一憂しています。

 大人が変わらなければ社会は変わりません。

投稿者 norii : 06:57 | コメント (0)

2006年11月13日

いじめで自殺

 連日、新聞でテレビで、いじめが原因で自殺したと云う報道がされていますね。皆様はこの報道をどのように受け止めていますか。

 『自殺』人生の中であってはいけないことですね。一般的には卑怯な手段、安易な解決策などと表現されますが、自殺の道を選んだ本人にしては、私たちには想像も絶する苦しみが、言葉には出来ない悩みがあったのでしょうと思うと、そんなに安易に非難する事は出来ない事でしょうね。

 いじめが原因で『自殺』の道を選ぶことを阻止する絶対の対策があります。

 それは『家族』です。

 具体的には一日にせめて一回は家族が揃って、一つテーブルを囲んで食事をする事です。

 昔は朝食と夕飯は家族が揃って食事をすることが当然の事でしたが、今では、『個食』とか『孤食』とか云って一人でレトルト食品をレンジでチーンして、ひどい場合はコンビニで買って食べたり、もっとひどくなると食事抜きで学校の給食まで何も食べないでいる子も・・・・。

 こんな家庭に良い子は育ちません!

 いじめっ子もいじめられっ子も皆『家庭喪失の子どもたち』と云っても過言ではありません!

 家族が揃って食事をする事で、『会話』が生まれます。子どもの悩みが聞かれます。子どもの寂しさが満たされます。子どもの笑顔が子どもの変化が見られます。

 いじめっ子もいじめられっ子も居なくなれば『いじめ』は無くなり『自殺』は無くなります。

 学校に求めないで下さい。社会に求めないで下さい。まして、国などに求めて『教育基本法』の改正などと云う手段を選ばせないで下さい。

 現代社会は一人ひとりが自分の力で自分を守るしかないのです。

 家族揃って湯気の立ち込める暖かい夕飯をとりましょう。

投稿者 norii : 15:26 | コメント (0)

2006年11月01日

就学時検診 その2

 就学時検診で、再度教育相談を促された方は、この地域でもかなりの数のお子さんがいるようですね。
 しかも、何の兆候も無くごく普通に成長してきたお子さんが、突然の教育委員会からの通知で再教育相談を促されているようで、多くの親さんが、びっくり・戸惑い・元気を無くしているようです。

 そんな親さん、勇気を出してください。不審な点を問いただしてください。我が子を一時の・一瞬の検査で再教育相談を必要とする子と認めないで下さい。

 子どもは素晴らしい未来を持つ権利があります。子どもは沢山の可能性を持っています。子どもはその子の育つ環境で良くもなり・悪くもなります。

 心配しないで、我が子を信じて、我が子の成長を見守りながら、子育てを楽しんでください。

投稿者 norii : 06:43 | コメント (0)

2006年10月25日

義務教育とは

 昨今の『教育問題』を考えるにあたってまず皆さんに確認しておきたい事です。

 皆様は『義務教育』とは何てであるか考えた事がありますか。

 『義務教育』とは、国民は、その保護する子女に、九年の普通教育を受けさせる義務を負う。

 と教育基本法に書かれています。親さんが普通教育を受けさせる義務であって、子どもが学校へ行かなければならない義務ではない事をしっかり把握してください。

 それでは、普通教育とは? 学校教育とは? に付いては明日以降に・・・・

投稿者 norii : 20:10 | コメント (0)

教育再生会議・教育基本法改定

 今日ある読者から、「園長のひとりごと」は読んでいて大変難しいけれど、何か私たちの子どもたちの未来に対して大切な課題が、今この国で決められようとしているんだなぁと感じられ、私も子を持つ親として関心を持たなければ・・・との感想を頂きました。ありがとうございます。私たちの子どもに代わっても、本当に本当にありがとうございます。難しいけど皆さんで真剣に考えましょうね。

 ところで早速、今日の昼のNHKニュース(NHKと云えど公共の公平な立場の放送局でない事を充分に心してください。むしろ国営放送局と受け止めるべきでしょうね)で、昨今の教育現場のいじめをはじめ履修教科の改ざん等の諸々の問題を考えたとき、教育再生会議での具体的検討と解決策の策定の緊急を要し、又、教育基本法の改正案の今国会での成立を目指すことを安倍総理が指示したとのニュースが一連の『いじめ』『虐待』『履修科目の改ざん』等の視聴者の不安を煽るニュースの後に報道されていました。今夜の9時からのニュースでも教育再生会議を特集で報道する予定です。

 皆さん、文部科学大臣が云うから、大学教授がそう云うから、何か偉そうな人が云うから、と無批判に受け止めないで下さいね。報道は報道する方の都合の良いものだけをピックアップして、都合の悪いものは消去して報道されているのですから!!!!

 子どもたちの未来を守るのは私たち子を持つ親の責任です。

投稿者 norii : 12:35 | コメント (0)

2006年10月24日

虐待・いじめ

 日本国全域で『いじめ』が話題になっているかと思えば、今度はまた『虐待』があっちこっちで起こっています。まさしく日本列島は子どもたちには住みにくい国になってしまっています。『美しいくに日本』にはなるのでしょうか???
 せめて、せめて、子どもたちが楽しく・生きる歓びを体感できるくに日本にしてあげたいですね。

投稿者 norii : 08:49 | コメント (0)

2006年10月23日

ぶつぶつ(2)

 最近のマスコミ、やたらと『いじめ』報道が多いと思いませんか。

 ぶつぶつ・・・このいじめ報道の過剰には何か異常を感じるぞ、何かの布石かも知れぬ・・・ぶつぶつ
 ぶつぶつ・・・ほれほれやっぱり、国民の心を現在の教育現場に目を向けさせるための手段だったんだ・・・ぶつぶつ
 ぶつぶつ・・・伊吹文科相のたまわく、いじめ対策には教育改革が必要、ほらほらやってきた。早い話が教育基本法の改正が狙いなんですよ・・・ぶつぶつ
 ぶつぶつ・・・先生の免許を定期的に更新させる、先生の指導力を向上させるために定期的な研究講習会の義務付けを・・・つまり、先生たちを上層部によるしっかりした管理下に統治しようと・・・ぶつぶつ
 ぶつぶつ・・・昔のどこかの国の軍国主義教育は先生たちをしっかり管理統治して、軍国主義へまっしぐらと突き進めた・・・まるでその時を再現しようとの魂胆。そんな先生たちに指導される子どもたちに本当の幸せはあるのでしょうか・・・ぶつぶつ
 
 教育の現場のみならず、いずれの社会でも『いじめ』は許されません!!! しかし、教育現場の『いじめ』は教育制度や教育法を見直す事で解決されるものでは絶対にありません!!! みなさんマスコミや長いものの言いなりに振り回されてはいけません。単に我が子だけでなく日本国全体の損失を招くだけですよ!!! なにが『いじめ』の根源かしっかり考えましょう。

投稿者 norii : 09:02 | コメント (0)

2006年10月20日

ぶつぶつ(1)

 ぶつぶつ・・・福島県知事選の自民党候補に森誰々とかと云う得体の知れない候補(得体の知れないとは失礼かな?でも自民党県議の誰もが知らない人だったそうで、自民党県議は先日初めて会ったそうですし、私も森の熊さんなら歌で知ってるけど・・・)人が決まったそうです。本当に県知事にふさわしい方なんですか?落下傘候補で操り人形と懸念しては・・・・ぶつぶつ
 ぶつぶつ・・・福島県には県知事にふさわしい方は一人も居ないんですか? 福島県議の皆さんは福島県を愛し、県民のために働きたいと言って県議になられたのではないんですか? それなら前県知事が汚れて首になってやめたのですから、自分が県知事になれる千載一遇の絶好なチャンスなのに・・・ははぁ~ん、彼らもひょっとすると前知事と同じ穴の狢で汚れているんだ!!そうだとしか考えられませんね・・・ぶつぶつ
 ぶつぶつ・・・懲りない面々が旧態依然の候補者選びをして、政策協定を結んで(政党や企業とではなく、私たち県民と協定を結んでくれるなら大歓迎ですけどね)、また莫大なお金を使って(今回は想像を絶する額になりますよ)旧態依然の選挙制度で選挙をすれば、又、同じ結果を招く事間違いなし、いやいや、手口がより巧妙になって、県民の知らないところで・・・・ぶつぶつ
 
 ごめんなさい、私のひとりごとでした。気にしないでくださいね。

投稿者 norii : 09:45 | コメント (0)

2006年10月18日

しあわせを歌にすると

 『しあわせ』を考えていると、私の頭の中に、皆様はご存知でしょうか、文部省唱歌『冬景色』のメロディーが流れてきます。

 歌詞は、
 ともしびちいかく 絹縫う母は 春の遊びの楽しさ語る 居並ぶ子どもは 眠さ忘れて 耳を傾け 喜び勇む 囲炉裏火は とぉろとぉろ 外はふぶき

 昔の歌です。きっとこんな歌詞だったと思います。

 家族がいました。家庭がありました。会話がありました。生きてる姿が見えました。

 貴方にとって『しあわせ』の歌はどんな歌ですか?

投稿者 norii : 17:12 | コメント (0)

2006年10月17日

いじめ・いじめ・うらみ

 先生の一言がいじめの原因で中学生が自殺
 校長先生のいじめ(パワァーハラスメントと云うそうです)で中学校の先生が自殺
 JR福知山線事故で、事後処理の不誠実な対処に怒りのやり場を失い『うらみ自殺』
 一年前の子どもの自殺の原因は調べた結果『いじめ』が原因でしたと認め、教育委員会のお歴々が辞職
 
 パワァーハラスメントで自殺・いじめで自殺・うらみで自殺、当人にはその道しか残されていなかったのだろうと思うと実に悲しく・空しく・私たち自身も暗い気持ちになってしまいます。

 でも、死んでしまったら何の解決にもならないのでは?
 
 でも、自殺と言う事件性にしないとマスコミも大衆も学校も会社もそして何よりも警察までも真剣に対処しようとも動かない『世間の無関心』はどうなっているんだろう。

 私たち自身が『いじめ』や『不誠実』や「パワァーハラスメント」に負けない強い精神力を育まなければ生きて行けないのだろうね!?!?

 そんなに私たちは強く成れませんよね!?!?

 そこで『三本の弓矢』です。一本の弓矢では勝てません。強くはなれません。二本、三本と助け合う事で勝てるのです。強くなれるのです。家族が助け合う事です。家族で話し合う事です。家族で力を合わせる事です。それでこそ勝てるのです。それでこそ逞しく成れるのです。

 『家族の絆』今を逞しく生き抜くキーワードです。失われつつある『家庭』を取り戻しましょう!

皆様のお考えをお聞かせ下さい。

投稿者 norii : 15:40 | コメント (0)

2006年10月16日

しあわせ

 今朝は清々しく爽やかに晴れわたり、「おはようございます」の挨拶が心のそこから素直に出でくる朝でしたね。そんな中娘の登校に付き合って下駄を鳴らして歩いていると、ふと、幸せってこんな時かなと思いました。皆さんにとって「しあわせ」な時とはどんな時ですかお聞かせ下さい。

投稿者 norii : 16:10 | コメント (0)

2006年09月28日

秋の一日

今日は素晴らしい秋晴れとなり、エミール幼児園らしく、急遽園外保育となりました。場所は信夫山第二展望台。秋の日差しが絶好調(?)のこの場所に福島市民は一人も来ていませんでした。エミールっ児の貸切状態で伸び伸びと遊んできました。

上記写真はロッククライミング。子どもたちは必死に頂上を目指して挑戦していましたが、中間ぐらいが限度のようでした。きっとそのうちに頂上に到達する児が出現する事でしょうね。その日が何時になるか楽しみですね。 ご覧の遊具は得意なもの、色鬼に活用したり、立って滑ったり、トンネルくぐりで迫力を増したり、それぞれに楽しんでいました。エミールっ児は裸足で駆け回っても平気でしたが、実習のお姉さんたちは素肌での遊具遊びはハードだったのか怪我をしていました。
思いっきり遊んだ後のお弁当は格別、汗を流しながら、冷たい牛乳でのどを潤し食欲の秋とモリモリ食べていました。  秋はスポーツの秋、行楽の秋、食欲の秋、そうそう、子どもたちは落ち葉拾いや、どんぐり集め、イモリの捕獲からヘビの収穫(?)まで、自然の秋を満喫した一日でした。

投稿者 t-norii : 12:43 | コメント (0)

2006年09月26日

安部新政権が発足

 ごめんなさい。ブログの更新にしばらく躊躇していました。なぜなら私のひとり言とは云っても皆様がお読み頂いている訳ですから、無責任なひとり言は軽率には書いてはいけないと確信していますが、これを書かないと(実はもう一つあるのですが)子どもたちの将来に申し訳なく、皆さんとも真剣に考えたいと、いや、考えなければならないと心ばかりが、苛立っていた日々でした。とにかくこれと次を書いて、エントリーしたら、又、いつものように日々のひとり言をエントリーして行きたいと思います。そんな訳で今日と次のひとり言は私の上記の気持ちを汲み取ってお読み下さい。本心は子どもたちの幸せ、子どもたちの明るい未来への提言だけなのです。他に他意はありません。

 安部新政権が発足しました。文部科学大臣に伊吹さんが就任したようです。この内閣は憲法改正と教育基本法の改革を進めることを重点政策と考えています。

 皆さん教育基本法はどの様に改革されようとしているかご存知でしょうか?

 先般、『日の丸・君が代の強要は違憲』との裁判所の判決が下された事はご存知ですよね。あの判決の違憲とは、教育基本法第10条に『教育は不当な支配に服してはならない』と云う条文があり、故に強要は違憲との判断が下されたのですが、今、これから安部新政権が国会に提出しようとしている改正案には、第10条はそのまま手をつけず、この、手をつけずにする事がしたたかなんです! 第10条を残しておいて、新たに『教育はこの法律や他の法律の定めるところで行われる』との文言が追加されているのです。皆さんここをしっかり確認して欲しいのです。『他の法律』とは何ですか。教育基本法は『教育』の根本を定める法律なのに、その教育を『他の法律』で取り締まろうとしているのです。私たちの子どもは得体の知れない『他の法律』の下で教育が統制されて行われようとしているのです。

 皆さん、教育基本法の改定は単にこの条文だけではありません。他にも沢山の玉虫色で改悪が隠されているのです。そして、教育基本法だけでなく『憲法』も同様に改悪されようとしているのです。

 ついでに、一気に書いてしまいますが、『他の法律』とは、『条令や服務命令』なども拡大解釈されます。そうなれば、日の丸・君が代の強要は違憲との判断は、『都条例』『校長の服務命令』と云う他の法律で『合憲』の裁判が下される事にもなるのです。

 一気・一気・一揆!?!

 私、個人的には、反対する人・賛成する人、それぞれに理由はあると思いますし、あって当然と考えます、しかし、トラウマのような思考から脱却して、『国歌・国旗』はあるべきと確信します。日本国民である誇りを、日本国民の心のよりどころとして国旗・国歌があり、世界に誇れる国民・国家『日本人・日本国』の精神は大切ではないでしょうか。トラウマ的思考はやめましょう。

 どうしてもトラウマなら、

 『日の丸』の中の赤い丸の中に白抜きで『鳩』のデザインを入れませんか。
 そして、『君が代』がいやなら、皆様は君が代に二番があるのをご存知ですか? あるんです! 一番でなく二番を歌いませんか。二番もいやなら、三番を皆さんで作ってみませんか?

 例えばこんな歌詞はいかがですか

 われ(我)らのくに(邦)は
 せかい(世界)のへいわ(平和)をめざし
               きよ(寄与)し
 しぜん(自然)をあい(愛)し
 とわ(永久)にさか(栄)えるにほん(日本)

 あっぱれ・あっぱれ(自画自賛)!!!!!!!

投稿者 norii : 17:16 | コメント (0)

2006年09月15日

子どもの暴力・学校だけの問題ではない

先日の朝日新聞の社説に、タイトルの見出しで、子どもたちの暴力行為について、

暴走に走りがちな子どもについて、二つの共通点が指摘されて来た。一つはストレスや不満をため込んでいること、もう一つはストレスの爆発を自制する力が弱いことだ。

との様な事が書かれていました。
 確かに社説の通り現代っ子にはストレスや不満が一杯あり、自制する力が弱いのですが、これは単に現代っ子だけとは限らないのではないでしょうか?
 私たちの子ども時代でも、その昔の子どもたちでも、ストレスや不満は沢山ありましたし、自制心とは何じゃと云わんばかりに暴れまくる子どもは沢山いました。しかし、そんな子どもたちの暮らす社会には『地震・カミナリ・火事・おやじ』と云ったコワイ親と、コワイ近所のおじさん・おばさんが存在して、ストレスだの不満だのと子どもがワメク前にゲンコツの二つ三つが落とされ、世の中は大変なところだと体で知らされ、逞しく生きなければこの世は生きて行けないと覚悟させられました。ここには現代社会で云う『子どもの人権』は微塵も見られませんが、『子どもの人権』以前の大切な『生きる』と云う教育が無言の中に行われていたと確信しています。『子どもの人権』大切な・尊重されなければならない事ですが、それ以上に大切なものが世の中にはあるのではないでしょうか。
 『生きる歓び』これは私の父が残してくれた私への最高の言葉であり、今では私の『宝』です。生きる歓びは人に与えてもらうものではありません。生きる歓びは自分自身が苦難の道のりを乗り越えたときに自分の心で感じ取るものです。『ストレス・不満』最高じゃありませんか ! ストレスや不満があるから快楽があり満足があり歓びがあるのです。
 私たち大人は間違った理解者にならないようにしたいと思いませんか。
 私たち親は、安っぽい同情や間違った愛情で子どもをダメにしていると思いませんか。
 学校の先生や他人が厳しくしてくれる事に感謝しても良いと思いませんか。

 傷ついて帰ってくる我が子の言葉に耳をかたむけ、我が子の非を優しく諭し、逞しく生きる力をやすらぎの眠りで育むそんな家庭を子どもたちに提供してあげたいものですね。

 子どもたちを育てるのは私たち『親』ですよ!!!

投稿者 t-norii : 14:17 | コメント (0)

2006年09月14日

いじめと暴力行為の発生が全国最低

 今日の民友新聞のトップ記事に表題の見出しで報道されていました。ご覧になったでしょうか?
 みなさんはどう受け止めますか。福島県は、いじめも暴力行為も全国では最低だから・・・・と一安心でしょうか?
 いじめも暴力行為もゼロです、と言う報道であればそれは嬉しい事ですが、発生率は最低でも、現実には発生しており、被害にあう子どもは私たちの身近に存在し、暴力行為の噂は日常的に耳にします。統計的に見て済まされる事ではないと思いますよね。
 記事を読むと、発生率は最低でも、発生件数は年々増加しており、普通と思われる子どもが突然暴力行為に及ぶ事も珍しくない・・・・との記事も読み取れます。
 いじめる子・いじめられる子、暴力を振るう子・暴力に合う子、いずれも私たちの一人ひとりのかわいい子です。どうして、そのかわいい子が、その当事者に育っていくのか・・・・・。
 もう一度、私たち親は・大人は『子育て』について真剣に考えあう集団にならなければならないのではないでしょうか。私たち親が・大人が真剣に『我が子の幸せを』考える集団に変化したとき、発生件数はゼロになり発生率は全国どこでも最低のゼロになるのでは・・・・ゼロにしたいですね!!! 

投稿者 norii : 10:48 | コメント (0)

2006年09月05日

さぁ ブログの再開

 お久しぶりです。夏休みになって何かと忙しく、パソコンに向かう時間が無かったり、子どもがパソコンをいじっていて、使い方がまずかったのか、いざブログを書こうと思ったら、パソコンが固まって動かなくなり・・・・と色々トラブッテ、今日やっと使えるようになりました。そんな訳で今日からまたブログを再開したいと考えています。皆様のご感想やご意見を是非是非お聞かせくださいね。楽しみに待っています。
 これからのブログには出来る限り写真を添付したいと思います。写真も楽しみにして下さい。

投稿者 norii : 20:22 | コメント (0)

残暑厳しい中

今日は残暑厳しい中、子どもたちはご覧のように楽しく水しぶきをあげていました。
今週末のいもリンピックの練習の後、火照った体を冷やすとともに汗を流した子どもたちはこの後美味しくお弁当を食べていました。子どもの世界は本当に羨ましい限りです。  今度の日曜日には是非多くの皆様にいもリンピックを見にいらして頂けると嬉しいですね。

投稿者 t-norii : 14:43 | コメント (0)

2006年07月10日

一家に一台「ロボット」の時代

 
 今朝の報道で、深夜の防犯用にロボットが活躍している。
 
 子どもの遊び相手用のロボットが実用化された。

 炊事や選択、お掃除まで手伝ってくれるロボットも出来ている。

 と云った内容の報道がされていました。皆様は如何受け止めますか。

 ロボットの開発がこの程度で終わるのならば、チョッピリ微笑ましくも感じますが、人間の欲望は限りないものではと思ったとき、次から次とその欲望を叶えてくれるロボットが現存したら・・・・・

 その内、私の代わりに生き続けるロボットが開発されて、『我が命は不滅なり』と何百年も私は生き続けたと・・・・・これって『生きている』てこと??????

投稿者 norii : 13:40 | コメント (0)

2006年07月07日

16光年!!

 今日は七夕、七夕と言えば、ひこ星と織り姫が年に一度のデートの日ですよね。年に一度とは実にロマンチックですよね。私もそんなセツナイ恋をしてみたい・・・・・。

 ところで、ひこ星と織り姫の年に一度の出会いにはどれほどの接近なのか、皆様は知っていましたか。

 ひこ星「織り姫、僕は君を心から愛しているよ」と光通信で、愛を告白すると、

 16年後の今夜、織り姫に、その告白が届きます。

 織り姫「私も、ひこ星さんが居ないと、もう寂しくてさびしくて・・・・」と応えると

 織り姫の気持ちは16年後に、つまり32年後に、やっとひこ星は織り姫の愛が確認され「今夜ぜひ会いたいね」とひこ星がデートを申し込むと、16年後、つまり、48年後に織り姫に届き、「私もすぐに会いたいわ」と応えると、16年後、お察しのとおり、64年後に・・・・・・。

 結局、二人が、銀河鉄道で待ち合わせ場所に向かって合えるのは・・・・・さて、何年後ですか?

 答えがわかった方はメールで答えて下さい。正解の方には素敵な・素敵な夢をプレゼントします。

 皆様のご応募を心よりお待ちしています。

投稿者 norii : 13:46 | コメント (0)

2006年07月06日

パソコン

 現代社会はどんな希望もすぐに応えてくれると云う点では素晴らしい社会になりました。その代表的なのが、パソコンと云える。

 しかし、私ごとき初心者には、一端パソコンが故障すると、どうにもならない只の金属の箱になってしまって、ブログの投稿も途絶えてしまった。

 楽しい反面、やっかいな時代にもなったのだろうか?

投稿者 norii : 14:37 | コメント (0)

2006年06月28日

いのちを大切に

 死んだら又生き返られると思う人、と質問したら、現代っ子の三人に一人は『生き返る』と答えるそうです。もう一度、いや、何度でも生き返れたら本当に嬉しいですね。
 
 次の人生では絶対失敗しないように努力します。勉強します。頑張ります。素敵な人とめぐり合えるように・・・・・。

 でも、又失敗したら、その次の人生で努力します。勉強します。頑張ります。

 でも、何度でも生き返られるのですから、つらい努力や、いやな勉強や、きつい頑張りはやめて、楽しく面白く好き勝手に生きて、失敗したら又生き返ればいいから・・・・・。

 そんな『いのち』と考えているから、いのちを大切にと云っても、簡単に、死んだり・殺したり・抹殺するのでしょうね。

投稿者 norii : 14:43 | コメント (0)

2006年06月27日

ボールペンは何本

 私たちが子どものころ、鉛筆は大切なものでした。

 夏休みの一ヶ月のラジオ体操のご褒美が鉛筆一本でした。

 学校に行く前に小刀で丁寧に削って、キャップで芯を守り、短くなると補助の軸を継ぎ足して、鉛筆が一センチ位になるまで大切にたいせつに使いました。

 大切にと云えば、鼻紙も何回も使っては乾かし、乾かしては使いました。

 着る物は二代目、三代目とお下がりが続き、膝や肘は充て切れで補修されていて、盆やお正月に買ってもらった新品は、学校での式や身体測定の時にしか着ないで大切にしていたものです。

 現代っ子は物を大切にしないと言われますが、

 皆様の家に、継ぎ接ぎされた衣類はありますか?

 鉛筆は何本・・・・いや、鉛筆は見た事も無いかもしれませんね。今では鉛筆に変わるボールペンが家の中にごろごろしていて、何本あるか分からないほどでは。

 現代っ子が物を大切にしないのではなくて、

 現代の大人が物を大切にする心が無くなっている事が一番大きな原因では・・・・・。

投稿者 norii : 16:03 | コメント (0)

2006年06月26日

飽きっぽい子

 現代っ子は飽きっぽいと言われます。本当にそうなんだろうか?

 何をやらせても集中力が無く、忍耐力が無く、次々と関心が変わってしまって飽きっぽいと言われますが、現代社会のように、TVが代表されるマスメディアの中で、大切なところ毎に中断されて、コマーシャルが入ると、熱中しようとしても、集中しようとしても、否応なしに中断されたのでは、集中力も忍耐力も熱中も出来なくなって当然ではないでしょうか。

 まして、自分に興味や関心の無いもの、好きでもない強制的な勉強では、尚更の事と思いませんか。

 でも、しかし、現代っ子も、TVゲームや大好きなアニメや携帯電話の操作などをやらせると、飽きっぽいどころか、もう程ほどにしなさいと言ってもやめません。・・・・ね。

 やっぱり、現代っ子は飽きっぽいのでしょうか??????

投稿者 norii : 17:48 | コメント (0)

2006年06月22日

ほのぼの

 垣根越しに三人のおばあちゃんが井戸端(垣根越し)会議をしていた。

 一人は家庭菜園の手間を休めて、もぎたてのきゅうりを5~6本片手に、

 ひとりは孫守の途中か、背に赤子を背負って、

 もう一人は犬の散歩の途中、いっしょのおじいちゃんは少し離れて菜園の草むしりに、

 何て事ない風景ですが、むかしはこんな風景が方々に見られたと記憶している。

 久しぶりにのどかな、ゆったりした時間の流れを感じて・・・・つい書き残したくなりました。

投稿者 norii : 14:30 | コメント (0)

エリート一家に何が

 エリート一家に何が、心優しいおとなしい子だった、理想的な家族の間に何が・・・。

 こんな見出しでマスコミは視聴者を惹きつけようと、その手練手管にまんまと乗せられてテレビに見入る。

 他人の不幸は蜜の味、等と揶揄され、知ったような振りしてコメンテーターが分析し、断定し、視聴者は何の判断力も働かせずに鵜呑みにして、面白半分に言いふらす。

 こんなTV社会で私たちの生活環境はどれほど破壊されているのでしょうね。

 私のひとりごと、私の杞憂でした。

 

投稿者 norii : 13:58 | コメント (0)

2006年06月19日

意欲を育てるコツ

 『意欲的な子に育てる』これは親さんの子どもに対する多くの願いの内で、勉強の出来る子に次ぐ願いではないでしょうか。
 
 『意欲』は親が作ってやるものではありません。どの子も『意欲の芽』をもっています。その意欲の芽を私たち多くの親は摘み取ってしまっていると私は思うのです。

 「そんな事ばっかりしていないで、たまには勉強でもしなさい」「あの子を見習いなさい」「誰々ちゃんは100点よ、あんたの点数はどうしたの?」など等の言葉は使ったことはありませんよね。

 これらの言葉が、子どもたちを無欲な・無気力な子に育てているのですよね。

 意欲を育てるには『ゆとり・根気・ほめ上手』 そして、『認め』ましょう。

投稿者 norii : 20:04 | コメント (0)

2006年06月14日

レンジにかけて・・・チィン

 老夫婦や一人暮らしの若者向けにと、デパ地下のお惣菜売り場で、レンジにかけて・・・チィンとするだけで、田舎風煮物やロールキャベツ等などが簡単に出来るセットが只今人気急上昇中だとの報道がありました。

 30分も1時間もかけて真心込めて作られた煮物が、わずか30秒で作られ、しかも味は一流シェフのお墨付きとか、

 素敵ですね。便利ですね。美味しいですね。早いですね。

 私にはお袋が作ってくれたあの煮物の味が今でも口の中に残っています。

 お腹を空かしてたどり着いた我が家には、今晩のおかずの匂いが漂い、耐え切れない空腹感にしみこむ母親の手料理は、一流シェフよりもはるかに満足と自慢でした。

 お料理を忘れたお母さん。

 ご飯の炊き方も知らない娘さん。

 これが現代。これが男女共同参画社会。グローバル世界。

 こころ・心・ゆたかさ・豊かさ・ゆとり・スローライフ

子どもたちの本当の幸せ。子どもたちの未来。・・・夢・希望

投稿者 norii : 20:06 | コメント (0)

2006年06月12日

就学援助の対象者急増

 6月12日の民友新聞のトップ記事は『就学援助の対象者急増』の見出しで書かれていました。

 記事によると、2000年と比較して、2005年には1.5倍に急増している。しかも都市部が顕著で、福島市では約1600人から3200人と倍増している。これらは『現代社会の貧富の格差』の表面化でもあり、母子家庭の急増、リストラによる失業率とも相関関係にある。と解説されていました。

 貧富の格差が『学力の格差』と顕著に関係される日も近いのでは・・・・・・。

 日本人は一億総じて中流意識が・・・・と、バブルの時代には持て囃されて現(うつつ)を抜かしているうちに気がついてみれば、貧富の格差が著しい『差別の時代』に突入してしまったのではないでしょうか。

 教育基本法の第1条『教育の目的』 教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値を尊び、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行わなければならない。(素晴らしい理念ですね)

 その教育が貧富の格差で万人が平等に受けられなくなった社会は・・・・想像するだけで思いやられますね。

 私一人の、ひとりごと・杞憂だったらいいなぁ~。

投稿者 norii : 09:54 | コメント (0)

2006年06月08日

『義務教育とは』

 先日の『義務教育』のつづき

 まづ『義務教育』とは何なのかを日本国憲法と教育基本法の両面からしっかりと確認して置きたいですね。

 まづ日本国憲法では

 第23条[学問の自由] 学問の自由は、これを保障する。

 第26条[教育を受ける権利、教育の義務] すべての国民は法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
 ② すべての国民は、法律の定めるところにより、その保護すの子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。

 と明確且つ名文にて謳われています。

 そして、その『法』 教育基本法には

 前文として
  われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。

  われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。

  ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するために、この法律を制定する。

  と書き出され、つづけて

 第1条 (教育の目的) 教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたっとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行わなければならない。

(ああ、なんと素晴らしい目的だろう。)私の感想です。

 第2条 (教育の方針) 教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない。この目的を達成するためには、学問の自由を尊重し、実際生活に即し、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によって、文化の創造と発展に貢献するように努めなければならない。

 第3条 (教育の機会均等) 大切ですが割愛します。

 第4条 (義務教育) 国民は、その保護する子女に、九年の普通教育を受けさせる義務を負う。
 ② 国または地方公共団体の設置する学校における義務教育については、授業料は、これを徴収しない。

 第5条 (男女共学)  第6条 (学校教育)  第7条 (社会教育)  第8条 (政治教育) ・・・と第11条まで細々と学問の自由を拘束する文言が続いています。

 さて、日本国憲法と教育基本法での『義務教育』のとらえ方を確認しました。

 この確認の下に、もう一度、義務教育の何たるかを検証してみたいと思っています。

 今日は長くなってしまいましたので、この辺で

投稿者 norii : 13:04 | コメント (0)

2006年06月07日

第三子の保育費を無料に

 6月7日の民友新聞の小さな記事に表題
の見出しで、政府は少子化対策として検討
しているとの事でした。

 これで少子化対策になるのでしょうか?

 こんな対策案しか思いつかない官僚を
『つける薬がない人』と言うと、ある数学者
が云っていました。

 産婦人科医師が激減して、お産もままな
らない現状。

 この一年間に平均出生率が1.29から1.25
人になってしまった現実。

 結婚しない若者の増加。

 第三子まで子どもがいる家庭は全国でどれ
ほどいるのでしょうか?

 数学者ではありませんが、私も本当に今の
日本の政治家を考えると、国会議員全員に、
『つける薬のない面々』と言い替えたいですね。

 少子化問題はもっと見方・考え方を変えなけ
れば解決しません。

 『つける薬のない』マスコミや政治家の言葉
遊びに振り回されることなく私たちの自主的な
自発的な根本からの問題解決策を真剣に考え
たいですね。

 現代社会は他人任せの出来るほど他人は
当てにはなりません。

 自分の幸せは、自分で創作しましょう。


 その第一歩は、
   『真剣な検討の結果の投票』
 ここからスタートしなければ・・・

 子どもたちの未来を考えると、ついこんな
愚痴が、わたしのひとりごと・・・・・

投稿者 norii : 20:08 | コメント (0)

2006年06月06日

犯人は二軒隣の奥様だった???

 村上ファンドの代表者が逮捕される

 ひき逃げ犯人は子どもを殺すつもりで
山中に放置した

 小学一年生の殺人犯は、二軒隣の
お母さんで、一ヶ月前に同じくわが娘
も殺された(?)その人だった

 こんな世界に誰がしたのでしょうね?

 子どもたちに夢と希望を!!!!!

 そんな世界に早く・早く
     戻してやりたいですね。

投稿者 norii : 19:43 | コメント (0)

2006年05月29日

ホーム・スクール

 皆様は『ホーム・スクール』と言う言葉を知っていますか。1980年代に米国で使われだした言葉・現象で、日本語にすれば『家庭学校』とでもなるのでしょうね。
 学校に馴染めない子、学校では満足できない子、等が各自の家庭で、親さんの指導の下で、その子に合った学習内容を学ぶのが目的だそうです。
 いじめに会っても適切に対処してもらえず登校拒否を起こしてしまった子、学校での学習内容が難しくて、進み方が早すぎて着いて行けない子、逆に学校教育の程度が低すぎて退屈している子、ある一面を徹底的に時間を費やして学習したい子、など等子どもたちは沢山の問題を抱えて生活しています。それらの子どもたちに充実した学校生活を提供してやりたいと考える親心は、子を持つ親として十分に理解できます。
 さて、この制度は今現在では、全米で承認され、それぞれのホーム・スクール間の横の連絡も密にされ、週一回とか二回とかには、各ホーム・スクールつまり各家庭の子ども、(一人とは限りません、兄弟全員が学校に行かずにホーム・スクールで学習している家庭もありますので、)が体育館や運動広場に集合して、集団の活動を定期的に出来る様な支援団体もあって、充実した日常生活を送っているとの事です。
 皆様はこのホーム・スクールをどう受け止めますか。そして、ふと、『義務教育』との兼ね合いが心配になりませんか。明日はこの『義務教育』との兼ね合いについて考えたいと思います。

投稿者 norii : 08:54 | コメント (0)

2006年05月27日

子どもの幸せ、親さんの幸せ

 子どもが幸せになることは、100%親さんの幸せと言う事は言い切れると思います。が、反対に、親さんの幸せは、子どもにとって100%幸せとは言えるのでしょうか?
 先日、近畿地方だったかと思いますが、ご両親が働きに出ている間に、三人の兄弟が火事の犠牲になってしまった、と言う報道がありましたね。
 ご両親は、家族の幸せを求めて、幼い兄弟三人だけを残して働きに出かけたのだろうが、その結果は無残な焼死と言うものでした。しかし、火事の犠牲になったから我々の知る結果となりましたが、もし、火事になっていなければ、幼い三人の兄弟は、今日も、明日も、ずーと留守番をし続けていたと思われます。三人が親さんの帰りを待ちながら、テレビを見ながら、一人、またひとりと無邪気な寝顔で眠ってしまう姿を想像したとき、そこには安らぎよりも空しさ・悲哀を感じてしまうのは私だけでしょうか?

投稿者 norii : 18:35 | コメント (0)

2006年05月22日

子育て支援週間

 5月の第4週は子育て支援週間とされ、第3日曜日を子育て支援の日と定められた様です。
 今日の新聞では方々で子育て支援の日に因んだ行事が行われた様子が報道されていました。
 そこで、子育て支援とは何をもって考えられているのか私はちょっぴり疑問に思うことがあるのです。と云うのは子育て支援の対象は誰なのかと云う点です。子を持つ親のために、子育てするのに配慮されたより良い環境を提供することが子育て支援なのか、子ども自身のために、より良い環境の下で育つ、その環境を提供することが子育て支援なのか、と云う疑問を感じるのです。
 親の幸せが子どもの幸せでもある、と云う意味では、親のためであろうが、子ども自身のためであろうが、より良い環境を提供することは大切なことではありますが、すべての面でそうとは云い切れないとも思うのです。
 例えば、親さんが子育てと仕事が両立する安全で安心できる環境を提供することが、子どもにとっての幸せでしょうか?親さんにとっては安全・安心かも知れませんが、学童施設に帰って、親さんの帰宅を待つ子ども自身は幸せを感じているのでしょうか?
 経済的に裕福であれば、即幸せとは、何方も云いきれませんよね。
 子育て支援とは、・・・・・・・? みなさまのお考えや、ご意見がお聞かせいただければ嬉しいですね。

投稿者 norii : 10:13 | コメント (0)

2006年05月19日

最近思うこと

 私たち大人にとってたわいないことでも、子どもたちが夢中になってとことんのめり込んで遊んでいる姿を見ていると、「最近の子どもたちは集中力が、耐性が無くなった」と云われているけど、本当だろうかとふと考えさせられる。
 一方で、高校卒業生の就職者の離職率は、一年目で30数%、三年目で見ると半数以上が離職しているとの報道も見られる。
 子どもの時には夢中になれるのに、成長するに従って耐性が無くなり、飽きっぽくなるのはどうしてなのだろうか?
 子育ての過程で何かが・・・・。

投稿者 norii : 12:00 | コメント (0)

ブログをスタートしました。

 今日からブログをスタートしました。
 この紙面を使って皆様と子育てや学育(教育)について考えていけたらうれしく思います。
 皆様のご意見やご感想、また質問等もお聞かせいただければなおうれしく思います。
 

投稿者 norii : 10:56 | コメント (0)